__平和だなぁ。

教会での一日の仕事を終え、休憩中の私は、夕陽を呑み込もうとしてオレンジ色が混じった海を眺めながら、しみじみと心の中で呟く。
波打ち際から少し離れた浜辺に座っているのは、波に巻き込まれてしまう恐れがとても高いから。座った後に「何か敷けば良かった」と思ったけど、遅かった。まあ、いいか。いつものことだ。
そしてもう一つ、いつものことがある。
複雑な考え事をしていても、海を見つめていると気付かない内にボーっとしてしまっていること。とても不思議だけれど、「不思議だなぁ」以上、考えようとはしない。どうしてなんだろう。不思議だなぁ。
潮風に吹かれながら海を眺めるのは最早日課になっていた。ずっと森の中に住んでたからその反動、かな?
森の中に住んでた……。そう、私はずっとあの森に、エルドの森に、エルフェゴートに住んでた。
私を育ててくれた優しいお母さんと、私の初めての友達、ミカエラと。

たまに、ふとミカエラのことを強く想うことがある。
そして、ミカエラの歌も、歌声も、想い出す。
今でもはっきりと覚えてる。神秘的なまでの美しい歌声。貴方の歌を初めて聴いた時の胸の騒がしさも、覚えてる。
実はね、その…ちょっと恥ずかしいんだけど……私、たまに貴方を真似て歌ってるのよ、ミカエラ。一人きりになれる、この時間にだけ。
上手く歌えてないのは分かる。でも、歌うと言うことがとても楽しいの。今になって知るなんて……遅かった。

……ミカエラのように、歌ってみたい。

立ち上がって、服に付いた砂を払う。顔を上げて、手を胸に当て、夕陽と海と向き合い、少し緊張しながら、歌い出そうとする。
でも一人とは言え、恥ずかしいし気後れしてしまう。ソワソワしながらも、ワクワクしていて、胸の辺りがくすぐったい。
漣が浜を打つ音だけがする静かな空間。余計に緊張してしまう。
ミカエラはどんな気持ちで歌い出してたのかな…。
そっと目を閉じ、ミカエラが歌っていた時のことを思い浮かべる。
そうすると、だんだん緊張の糸が緩んできた。
今なら、歌えるかな。


決して上手くない。クラリスはそう思っているだろう。だが、彼女の歌声は漣と調和するように辺りに広がる。静かな声色ながらも、低くなく、落ち着いた柔らかい声の調子。聴いていると、自然と微笑んでしまう、不器用ながらも優しい歌声。
ミカエラが歌っている姿を浮かべながら歌っているのだろう。

……いや、一緒に歌っているのかもしれない。


歌い終えた。
目を開くと、夕陽は燦々と、海は煌々と輝き続けている。
自惚れかもしれないけど、自然から称賛されている気がした。勝手な想像なのに、恥ずかしくも嬉しくもなって、思わずフフッと声を出して笑ってしまった。

「貴方の歌なんて、初めて聴いた」

一変。
脳は沸騰して、心臓は弾けたような、縮まったような感覚が突如私を襲った。
さっきの爽快な気分はどこへ行ってしまったのだろう。一瞬で行方不明になってしまった。このまま振り返らず捜しに行きたい。
でも、叶わない。何故なら、私に近付く足音がするから。
「?クラリス?急に縮こまって…どうしたの?」
明らかに挙動が不審になった私の背後に立つ彼女は話しかける。声が出ない。愛想笑いで誤魔化そうと口元は笑うものの、上手く口角が上がらない。顔の筋肉が引き攣ってピクピクしているのが分かる。
「ねえ、クラリス。どうし……わっ!」
心配してくれ、顔を覗き込んだのが仇になった。私の不気味な表情を見た彼女は軽く飛び跳ねて驚いた。正直に言うと少しショックを受けた。
「あ、あの………き、聴いて……なかった…よね…」
一縷の望みに賭けて、彼女が「うん」と返事を出来るように必死で喉から声を押し上げ、尋ねてみた。彼女は私の質問に、素早く、軽く返事をした。
「うん。聴いてたわよ」
望んでた「うん」じゃない!
顔が熱い、目も熱い、全身が熱い。爆発してしまいそう。してしまうのかな。
助けて助けて助けて!時間よ戻れ!もしくは歌を聴いた人の記憶を消す魔術よ起これ!
「上手いじゃない!もっと歌ってよ!」
___へ?
「……へ?」
あまりにも間の抜けた声が出てしまった。
「途中からしか聴けなかったのよ。最初から歌って!」
少女のように、海のように、キラキラした瞳でそんなことを言われた。何を言っているのかさっぱり分からない。
「う、うう、上手いわけないじゃない……お、お世辞が下手よ…」
後ろ向きな思考が涙を誘う。彼女の優しさが胸を重くする。
消沈とする私に構わず、彼女は言う。
「お世辞なんて言うほど他人行儀だったっけ……知ってる?歌は、歌い手と聴き手では違って聴こえるのよ。歌は自己評価出来ないわ」
とても為になる話だ。でも、たとえそうだとしても……私なんかの歌が上手いわけないじゃない………。
心の声が聞こえたのか、フゥ、と小さく溜め息を吐いてから、彼女は言った。
「クラリスが下手って言うなら、下手でいいわ。でも、私は上手いと思うし、好き。個人の感想ですってやつよ!」
……何だか今日は知的な発言が多い。信じたくなってしまう。
……歌い終わった後の夕陽と海の煌めきを思い出しながら、頭を抱え、恐る恐る髪の間から目を覗かせ、勇気を振り絞って訊いてみた。
「……自惚れても……いい…?」
私の姿を情けなく思ったのか、それとも発言の傲慢さにか、はたまた両方にかは分からないけど、彼女は大きめに笑った後、腰に手を当て、笑って言った。
「ええ!存分に自惚れなさい!」
知らないのに、『以前の彼女』が蘇った気がした。
恥ずかしくて恥ずかしくて堪らない。
熱くて熱くて倒れそう。
でも、嬉しくて嬉しくて喜びが溢れる。


「ありがとう、リン」


クラリスとリンが去った浜辺から見える地平線では、夕陽と海が溶け合っている。

この作品にはライセンスが付与されていません。この作品を複製・頒布したいときは、作者に連絡して許諾を得て下さい。

diva of the beach

今も尚、愛し続けてやまない悪ノ娘コラボと言うことで投稿させていただきました!

クラリスへの想いがことごとく空回りするエインのお話も書いてみたかったのですが、対象キャラにおらず…仕方ない…
好きな女の子が女の子に薬を飲ませる現場に遭遇したエインは冥界の門とは別の門をくぐってそうですね。

閲覧数:138

投稿日:2018/09/27 15:00:18

文字数:2,409文字

カテゴリ:小説

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