「リン、大きくなってもずっと一緒だよ」
そう言って彼は私に摘んだばかりのデイジーの花を差し出した。私は笑って言った。
「うん。約束よ」
デイジーの花が手の中で揺れた。私はその花に頬を寄せて、それから彼に抱きついた。
あたりでは一面にデイジーの花が咲き誇り、私たちの幸福な日々を彩っていた。
荒々しい風が吹く中私は一人立っていた。この約束の場所で。私は鞄から封筒を取り出した。封筒の中には小さな種が入っている。私はその種を大事に手の平に取り出すと大地にまいた。決して咲くことはないと分かっていながら。
ふいに風が舞い、騒音と共にヘリコプターが降りてきた。ヘリコプターは砂塵を巻き上げてリンの横に着地する。中からは厳重な防護服とガスマスクをつけた職員が降り立った。
「やっぱりここにいたんですね、Dr.リン」
「よく場所が分かったわね」
「博士の端末にはGPSを入れてありますから」
リンが肩をすくめるのに構わず職員はヘリからガスマスクをおろした。
「この場所は汚染されています。博士もマスクをつけてください。博士の体に何かあれば地球の損失です」
「わかった、わかったわ。でも、最後にもう少しだけ」
そう言うと私は荒野の中に建てられた墓に目を向けた。その墓石には私の最愛の人の名前が刻まれている。私は風で乱れた髪を撫でつけるともう一度その墓に向かって両手を合わせた。
その日は突然だった。いや、突然ではなかったのかもしれない。ニュースはだんだんときな臭い話ばかりを放送し始めていたのだから。それでも自分の身に降りかかるまで人はその恐怖に気づきなどしない。私もそうだった。何かが起こるわけはないといつも通りの朝を過ごし、その時が来た。
最初は轟音から始まった。地響きと遠くで湧き上がるキノコ雲。この世の終わりのような眺めだった。サイレンが響く中、私たちは逃げ惑いながら黒い灰を浴びた。
私たちは幸運な方だったのだろう。瞬時に焼き尽くされた人々もいるなか、その瞬間はどうにかして生き残ることができたのだから。
だけどその数週間後、避難所で過ごすうちにあなたは急に血を吐いて倒れた。黒い灰は着実にあなたを蝕んでいた。私はどうすることもできず、日々やせ細っていくあなたに配給の食事を運び、体を拭いた。それだけしかできなかった。周囲には同じような人々がたくさんいたのだから。
最期の日、私は繋いだ左手が絡まるくらいにきつくあなたの手を掴んだ。
「リン、いつかまた、あの場所で」
あの場所で、なんと続けようとしたのかはもう分からない。でもあなたの澄んだ青い目は避難所の天井の向こうの青い空を見ていた。私はきつく左手を握りなおし、それからあなたに覆いかぶさって泣いた。
神様、どうか一度だけ願いを聞いてください。そう何度も祈った。
「あなた、神様はいると思う?」
私はふいに職員に向かって聞いた。
「…わかりません。どうして急に?」
「私は神さまはいないと思っているわ。だってあんなに祈ったのにこっちの話は聞いてくれないんだもの」
職員は黙って私の話を聞いている。私は続けた。
「だからね、私たちは神様に頼らず自分の力で歩まねばならないと思うの」
そう言って私はガスマスクを顔に取り付けた。職員がガスマスク越しに安堵した表情をみせる。
「同意です。私たちは自らの手で勝ち取らねばなりません。地球の未来を」
私たちの祖国は自国への核攻撃の報復として、即座に相手国へ核攻撃を仕掛けた。報復は報復を呼び、いくつもの核兵器が各国で使われた。人々が反省したころには遅かった。そのころには地球の中で人が住める場所はほんの一握りとなっていたのだから。
その世界の流れの中私は止むことなく勉強を続け、避難所から国連の助けを借りて留学した。寝食を忘れて研究に励み、気づいたころには博士と呼ばれるまでになっていた。
そして私はプロジェクトに参加した。それは皮肉にも過去の敵国と祖国の共同のプロジェクトだった。そのプロジェクトの名は、地球再生プログラム。
「私はいずれ絶対にこの場所に戻ってくるわ。私たちの還る場所はこの星なのだから」
いつかこの場所は元通りデイジーの花畑になるだろう。その時まで私たちは歩みを止めてはならない。職員が頷き言った。
「行きましょう。火星行きの便が出ます」
たとえこの星を離れても、私はいつまでもこの場所を忘れはしない。
あの日のようにこの場所で二人笑いあうことができる、その日まで。
星命学
Noz.様の『星命学』をノベライズさせていただきました。
私は必ず戻ってくる。
私たちの還る場所はこの星なのだから。
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▼ノベライズ元の楽曲▼
『星命学』
YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=xNCDwys3iig
ニコニコ
https://www.nicovideo.jp/watch/sm37051752
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