小説版 Re:present パート3

 札幌にも、短い夏がやって来た。
 例年通り、よさこいソーラン祭りは大盛況の内に終了し、そしてそろそろ夏休みに突入しようとする頃、大通り公園ではさっぽろ夏まつりが盛大に開催される。何しろ、七月の下旬から八月のお盆過ぎまで、一カ月もの間ずっと祭りを開催しているのだ。夏の間に札幌を訪れる観光客目当てという要素はおそらくあるが、地元の人間である俺にとっても楽しい祭りであることには変わりない。
 そんな夏のイベントを目の前にした頃、俺は久しぶりに軽音楽部の部室の扉を開いた。バンド活動は控えているとはいえ、俺にとっては受験勉強と並んで重要な活動であることには何ら変わりはない。時々ドラムを叩いておかないと、どうにも落ち着かないのである。
 「お、ようやく来たか。遅いぞ。」
 古びた部室に入室した瞬間にそう言ったのは、今俺がメンバーを組んでいるバンドでベースを担当している山崎だった。
 「実質開店休業なんだ。別に遅れてもいいだろう。」
 俺は僅かに口元をとがらせると、山崎に向かってそう言った。今俺達のバンドは二人しかいない。去年まではボーカルとギターを合わせて合計四人で活動していたのだが、残念なことに二人とも昨年無事に卒業してしまったのである。その後新しくメンバーを募っても受験との兼ね合いが難しいと考えた俺と山崎は結局新規メンバーの募集を諦め、こうして時々感覚を忘れない程度に練習をしているだけになっている。
 「まあな。でも、このまま卒業していいのか?」
 俺が手近な机に鞄を置き、鞄の中から愛用のスティックを取り出すと、背後から山崎がそう声をかけてきた。
 「どういうことだ。」
 「このまま、最後の一年、一度も舞台に立たなくてもいいのかよ、ってことさ。」
 「そりゃ、立てるものなら立ちたいが。ギターもボーカルもいない状態でどうする。」
 「誰か弾ける奴、いないか?」
 「そんな都合よく登場するもんか。」
 呆れて溜息交じりにそう答えると、山崎は肩を落としながら、こう言った。
 「分かっているさぁ、そんなこと。でも、寂しいじゃねえか。お前は大学で東京に行くんだろ。もう、一緒にバンド組めないと思うと。」
 「・・ああ。」
 俺はそう言って、僅かに溜息をついた。俺の第一希望はこの高校に入った時から決まっている。立英大学の理工学部だった。俺の将来の夢を叶えるには、立英大学で教鞭を取る新藤教授の教えを請う必要がどうしてもあったからだ。みのりにはまだ、話していない。正確には、話せていない。
 高校三年間しか同じ時間を過ごしていない山崎ですらこうなのだ。別れを前にして、兄妹の様に育って来たみのりに対してどのような態度を取ればいいのか、俺は全く分からなかったのである。

 そんな憂鬱な表情が前面に出ていたのかは分からないが、翌日高校に登校した俺に向かって、みのりはわざと盛り上げるような笑顔を見せると、こう言った。
 「どうしたの、満。何か嫌なことでもあった?」
 「何もないよ。」
 いつも一緒にいるせいだろうか。こいつには俺の表情の変化を的確に読み取って来る。といっても、居心地が悪いかというと、決してそんなことはない。逆に、みのりに指摘されることで安心している自分がいることには、とうの昔に気が付いていた。
 「勉強疲れ?」
 「そんなところだ。」
 「したら、久しぶりに遊びに行かない?」
 みのりは笑顔でそう言った。
 「遊びって・・勉強があるだろ。」
 「いいじゃない。一日くらいサボっても。あたし、久しぶりに豊平川の花火大会に行きたいの。」
 豊平川花火大会は七月末に開催される、札幌では一番大きな花火大会だ。最後に行ったのはいつだったろうか。中学生の時に、みのりをはじめとした同級生のグループで遊びに行った記憶があるが、おそらくそれが最後だろう。
 「まあ、たまにはいいか。」
 俺はそう答えた。久しぶりと考えると、途端に行きたくなったのである。
 「じゃあ決まり!ちなみに明日だからね!」
 「そうだっけ?」
 俺はそう答えてから、頭の中で予定を反芻する。確か、明日は予備校も無かったはずだ。俺がそう考えていると、後ろからくすり、という笑いが漏れた。鏡だった。
 「なした、鏡。」
 今の会話を聞かれていたと考えて、俺は少し恥ずかしくなりながらも後ろを振り返った。考えてみれば、みのりと二人で遊びに行くなんて初めての経験だった。一般的に言うデートの約束をたった今行ったらしい、と鏡の反応で気付かされた訳だ。
 「楽しそうでいいな、と思いまして。」
 からかわれると身構えて振り返った俺の網膜に映った鏡の表情は、何故だかひどく思いつめているように俺には見えた。
 「鏡君も来る?」
 その様子を見て、俺と同じように何かを感じるところがあったのだろう。みのりは少し困惑した表情で鏡に向かってそう訊ねた。
 「光栄ですが、遠慮しておきます。僕がいてもお邪魔でしょうし。」
 高級感のある会釈を見せながら、鏡はそう言った。どこで学んだのか皆目見当がつかないが、最近札幌にも出来た執事喫茶でアルバイトでもすればいい客寄せになるに違いない。
 「別に、遠慮なんて・・ね、満?」
 僅かに頬を染めながら、みのりはそう言った。俺はみのりのその視線に耐えられずに、僅かに視線を逸らした。
 こいつは妹の様な存在であって、別に恋人という訳じゃない。
 無理に納得させるように、俺はなぜか心の中でそう呟いた。

 翌日、学校が終わると俺とみのりは僅かに急ぎながら校舎を出ることにした。この時期は短縮時間である為に学校は午前中に終わる。花火大会まで時間があるが、その間先日始まったばかりの札幌夏まつりを冷やかしに行こうという話になったのである。目的は大通公園だ。観光用のパンフレットに良く登場する、札幌の中央部分を横断する広大な公園である。
 学校の最寄り駅から大通駅までは地下鉄一本で行くことができる。俺とみのりは来た電車に飛び乗ると、そのまま大通駅へと向かった。
 「わあ、結構人がいるね。」
 再び地上に出た時、みのりはそう言って歓声を上げた。一応平日のはずだが、公園にはかなりの人が存在している。俺達と同じような学生連中から、ピークを迎える前に観光に来たらしい老夫婦まで、その人種は様々だった。
 「とりあえず昼飯にするか。」
 俺は公園を歩きながらみのりにそう訊ねた。夏まつりの期間中の大通公園は出店で溢れているから、食糧の調達に困ることはない。適当に肉でも摘まみたいな、と俺が考えていると、みのりはある一点を指さして、こう言った。
 「満、もう朝もぎが出ているよ!とうきび!」
 みのりは満面の笑顔でそう言った。一応解説しておくと、とうきびとはトウモロコシのこと。朝もぎといえば冷凍のトウモロコシではなく、その日の朝に収穫したばかりの新鮮なトウモロコシを指す。はっきり断言しておく。道民以外はゴールデンウィークの冷凍とうきびで満足するらしいが、正直に言って人生損している。朝もぎを食べて初めてトウモロコシの真の味を知ることができるのである。
 「そうだな。まだ、今年は朝もぎを食べてないし。」
 ということで、俺はみのりの意見にすぐに賛成した。二人で並んでとうきびの屋台の前に並ぶ。一応焼きもろこしと茹でもろこしが販売されているが、俺達は二人とも焼きもろこしを注文することにした。
 「わあ、おいしい!やっぱり朝もぎだね!」
 早速と言わんばかりにもろこしにかぶりついたみのりは、一口飲み込むと笑顔でそう言った。天然の甘味に満ちているとうきびは間違いなく絶品の一つに数えられるだろう。食べ物にはうるさいつもりだが、俺の舌を唸らせるだけの旨さがその一つ一つの黄色の粒に凝縮されているのである。
 「少し散歩しよ!」
 とうきびを食べ終わり、とうきびの芯を大通公園の至る所に設置されているゴミ箱に放り投げたみのりは、上機嫌そのままの表情で俺に向かってそう言った。
 「分かった。」
 一つ頷いて、俺はみのりを促して歩き出した。東西に広く設置されている大通公園の東側と西側、どちらに進もうかと考えたが、俺はなんとなくテレビ塔とは反対の方向に向かって歩き出した。大通公園の東側の起点ともなっているテレビ塔には観光客で混雑しているだろうと考えたのである。
 そのまま、俺はみのりを連れて歩くことにした。日光は若干厳しいが、その分、所々に設置されている噴水が日光の熱を和らげるようにふんだんな水を撒いている。その噴水の中で水浴びをしている子供の姿が何ともいえず微笑ましい。そんな平和な一日の様子を眺めながら、更に大通公園を西側奥に歩いてゆくと、公園内に設置されている野外ライブステージが見えてくる。その頃になると、俺達の耳にバンドの音が届くようになった。
 「今日はステージをやっているのかな。」
 みのりがその音を聞きながら、そう言った。
 「そうだな。」
 俺はそう答えて、耳をそばだてた。ここからではどのバンドが演奏をしているのか皆目見当つかないが、相当の実力を持っていることは理解できる。同じミュージシャンとしてどうしても気になり、俺は無意識に歩く歩調を僅かに速めた。その後ろを、みのりが一生懸命についてくる。
 いいセンスしている。
 ライブステージに辿り着き、そのバンドを見た時、俺は正直にそう思った。作曲のセンスのことだ。ギター片手に熱唱している、高校生らしい男がこのバンドのリーダーの様だった。
 「あいつ、上手いな。」
 俺はギターの男を見ながら、隣のみのりに向かってそう言った。
 「へえ。いつも手厳しい満がそう言うのだから、本当に上手いのね。」
 みのりは少し驚いたようにそう言った。確かに、俺は人を褒めることが少ないかもしれない。
 「正当な評価のつもりだ。」
 俺は苦笑しながら、みのりに向かってそう言った。
 その男と一年を経たずして同じバンドのメンバーになるなんて、その時の俺は想像もしていなかった訳だ。運命と言うやつは、もしかしたら随分と軽いものなのかも、知れない。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 Re:present ③

第三弾です。

ってか『Re:present』はいつ出てくるのよ、という突っ込みに対して弁解を。
ぶっちゃけ、かなり最後の方になります。
ごめんなさい!

もっと短くまとめられるんですけどね・・・それだと、今考察している次回作以降につながらなくて。この作品自体が大きな伏線になっているので、ご容赦いただければ幸いです。

とりあえずボカロとの関連が必要ですよね・・。
関連になるのか分かりませんが、クリプトン社は今回登場した大通公園の近くにあるそうですよ。訪れたことはありませんが・・。

ということで勘弁して下さい。
本当に申し訳ないです。

ちなみに、この会からちょくちょく札幌の方言を混ぜることにしました。
よりリアル感が出るかな、と思ったのですが、いかがでしょうか?
単語がおかしいな、と感じられたところは方言か誤字です。
(誤字だったらすみません。一応チェックはしているのですが、どうしても残る時があります。)
そのあたりもお楽しみ頂けたら幸いです。

閲覧数:172

投稿日:2010/02/11 23:33:19

文字数:4,174文字

カテゴリ:小説

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