「聞いてー、ルキ君! ルカさんのね、新曲が出たんだよー!!」
テンション高く、まっすぐ俺の処にやってくるから何かと思えば。
「ふーん」
また、姉貴の話。
「すぐにダウンロードしちゃったー。すっごくいい曲だから、ルキ君も聴いてー」
「……めんどい」
「えー何でー!? すっごく恰好良くて、素敵なんだよー。聴かなきゃ損、なんだから」
そう云って、彼女は人差し指を俺に向けてくる。人を指差すな、とその行為を諭し、ため息をひとつ吐いてから、諦め半分で云う。
「そこまで云うなら、ケータイを出せ」
「……え?」
「お前のケータイで取ったその曲、聴くんだよ。判ったら早く出せ」
「そっかぁ! 分かったー。けどちょっと待っててー」
「早くしろよー」
俺の声を背中に浴びて、彼女はどこかへ駆けていった。そして数秒後、再び現れた彼女はケータイとイヤホンを手にしていた。イヤホンも持って来い、と云った覚えはないが、おそらく周りに配慮してのことだろう。
ここはスタジオ内の、休憩所のような溜まり場。だが、ここでは皆「音」には敏感だ。もしかしたら、誰かが向こうで実際にレコーディングをしているかもしれない。VOCALOIDにとって、ここは何よりも大切な場所なのだ。
「おまたせー。
んじゃあはい。右に付けてね」
手渡されたのは、イヤホンの右片方。渡されなかった片割れは、彼女の手の中から零れ落ちて無秩序に揺れていた。
「は? 左は?」
「わたしが付けるんだよ。わたしだってまだ何回かしか聴いてないんだもん。一緒に聴こー」
「あーまあいいけどさ。
って何してんの!?」
ソファに無造作に座っていた俺の脚を正し始めた彼女に、驚いて問う。
「え、何って。座らなきゃ、でしょ?」
当然のように云い、さっさと座ってしまった。
「あーいやそれはもっともだけどもさ、……何でわざわざ俺の膝の上に乗る必要があるんだ?」
振り返って俺の顔を見つめ、彼女は清々しい顔で云う。
「だってこの方が聴きやすくない?」
座布団代わりにされた俺の膝の分だけ高くなっても、まだ彼女の顔は俺と同じ高さには達しておらず、彼女は俺を見上げる形になっている。いつも通りの高低差。そして俺も、いつも通りやや首を下げて、彼女の言葉に反論をする。
「いやー、隣に座った方がいい気がするけど。まあ別にいいです、はい」
「適当だなーもう!」
それでも彼女の笑みは絶えない。俺がきちんと聴くことを信じきっているのだろうか。あるいは、有無を云わさず、聴かせてやんよ! という精神があるのかもしれない。
会話を一時中断し、彼女は視線を前に向けて、曲を流す準備をし始める。
「適当に聞き流さないでちゃんと聴いてよー」
「はいはい、分かりましたよお姫さま」
「はいは一回にしないと本気に聞こえないんだから!」
彼女がそう云った直後、右耳に付けられた片っぽのイヤホンから、曲が流れ始めた。
「……いい曲じゃん」
それが曲を聴き終わったあとの、俺の素直な感想だった。
姉の声にぴったりと合ったジャズ曲。耳に残る旋律と意味深な歌詞。彼女が「聴かなきゃ損」だと云ったのにも頷ける。
「でしょ? ルカさんの曲は名曲ぞろいなんだから」
してやったり、というような顔をして、まるで自分のことのように誇らしげに云う。それくらい、姉貴のことが好きなのだろう。
「あ、そーだ! これからルカさんの新しい曲が出たり、他にもいい曲を見つけたら、また聴かせてあげる! その時もまた、ちゃんと聴いてね」
「あ、はい」
にっこり笑った彼女の無邪気すぎる笑顔に押されて、考えもせずにそう口にしていた。しかも敬語口調で。
……まあ、聴くくらいなら構わない、か。
「良かったー。
あ、わたしこれから新曲のち合わせがあるんだった」
そう云って立ち上がり、軽く手を振りながら、彼女は嵐のように去っていった。
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