街へ出かけた帰り、何年も何十年も踏みしめてきた道をカイトと一緒に歩いていると、ふいに誰かに呼ばれた気がして私はその場に立ち止まった。地面に落ちた夕暮れの長い影が一瞬だけゆれて、私とそっくり同じに動きを止める。
「ミク?」
昔からの習慣で私よりも一歩先を歩いていたカイトが私の名前を呼んでふり返った。
さっき聞こえた声はもちろんカイトのものじゃない。ずっと響いている勇ましいセミの合唱とも違う、もっと弱々しい声だ。
「猫」
私は縦に伸びた影の先に、小さな箱から顔を出している二つの丸い目と、三角の耳と、細いしっぽを見つけてそうつぶやいた。
そっと近づいて箱から抱き上げる。まだ子供らしい大きな目がすがるように私をじっと見ていた。わずかに開いた口からは、か細い鳴き声がこぼれ出る。
「昔もそんな風に猫を拾ったことがあったっけ」
「うん。あの子は片目がつぶれていたけど」
私の肩越しに腕の中をのぞきこんできたカイトにそう答え、私は視線を落とした。
今この両腕にある子猫の二つの目は、海のような澄んだ青色をしている。カイトの瞳の色に似ていた。ということはマスターにもきっと似ていただろう。
「ねえ、この子をつれて帰ってもいい?」
首をひねるようにして隣にいるカイトの顔を見上げ、私が尋ねると、彼はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべてうなずいた。
「家族が増えるのは僕も嬉しいよ」
そう言ってカイトは行く先に見えるコンビニエンスストアを指差してみせる。たぶん猫のために牛乳でも買おうというのだろう。
言葉のかわりに身ぶり手ぶりで語るその様子がまるで、マスターがいた頃に戻ったようで、私もつられるようにして笑ってしまった。この心境を表す最適の単語を選ぶなら、「懐かしい」というのがきっと一番近い。
今でこそカイトは人間流に言えば肉声で話しているが、以前はその声を聞くことなどほとんどなかったのだから。
「あの時はマスターも一緒だったかな。彼の方がずっと耳が良かったはずなのに、最初に猫の声に気付いたのは君だった」
話すことを思い出したかのようにカイトがそう口を切って歩き出す。私はそれに続きながら「呼ばれた気がしたの」と答えた。
カイトが首だけをこちらに向けてふり返る。
「呼ばれた? さっきも?」
「うん。私を必要としている人の声が聞こえるんだよ、たぶん。だから私はマスターのところに来た……それはカイトも同じでしょう?」
私がそう言うと、カイトは数度瞬いたあと「そうだね」とつぶやいて小さくうなずいた。
1.「はじめまして、マスター」
私がマスターのところへ来たのは、登下校中の日焼けした学生たちの顔からようやく長期休みのあとの憂鬱(ゆううつ)さが抜けた、夏も終わろうかという頃でした。毎年何かしら更新される異常気象の記録のうち、最高気温と連続熱帯夜の記録を同時にぬりかえた年のことです。
とても暑い年でした。
私には暑さを感じる機能はありませんが、体内に仕組まれた温度計がたたき出した数値は機械の私から見ても「うんざりする」ほどで、マスターと一緒に外へ出かける時は私の方が先に熱暴走で動けなくなるのでは、と危ぶんだくらいです。
稼動している間中、少しも休まず体の中でうなっている冷却装置の音を聞いていた私は、それを口真似で再現できるまでになってしまいました。もっとも、あまりいい音色ではなかったので実際に真似をしたのはほんの数回でしたが。
しかし幸いにもマスターの家の中では暑さや、体内に響く冷却装置の音に気を取られることはありませんでした。というのも、マスターの住む家は通気性が良く保温にも優れた人気の新建材で作られていましたし、それ以上に、殺風景と言っていいくらいがらんとした屋内には、不思議なほどの涼しさと静けさが満ちていたからです。夏だというのに、この家だけが四季の外へ切り取られたかのようでした。音のしない冬の夜の気配に似ていたかもしれません。
そんな空気に満ちた、独特の温かみと丸みのあるクリームのようなやわらかい光沢を放つ壁に囲まれた部屋の一室で、私は目覚めたのです。
私が目を開いて初めに見たのはクロームカラーのサングラス――ミラーシェードと、それをかけた男の人。そしてその背後から興味深そうにこちらをのぞきこんでいる、彼とどこか似た雰囲気を持つもう一人の青年でした。
天井に付いている照明の明りをさえぎるようにして身を乗り出し、首の後ろにある私の電源を入れてくれたのはミラーシェードの男の人の方で、彼の顔の上半分に私の緑色の髪が映りこんでいるのが見えます。
私は「棺桶(かんおけ)」と冗談めかして呼ばれる輸送用の箱から身体を起こし、未だ私の首筋に触れたままの彼に向かって笑顔でこう言いました。
「はじめまして、マスター。私は初音ミクです。これからよろしくお願いします」
しかし、メーカーお墨付きの笑顔だったにもかかわらず返事がありません。
かわりに彼は口の端を少し上げ、うなずいてくれました。その目はミラーシェードに隠れて見えないものの、弓状に曲がった口元から察するに笑いかけてくれたようです。
彼は私に触れていた手を引くと顔を正面に向けたまま、膝の上に置いていた紙を指先でつまみ、私の鼻先へ差し出しました。
何だろうと首をかしげながらそれを受け取ってみると、ありきたりなコピー用紙に活字が並んでいるのが見えます。一番上には私の宛名があるところからして、どうやらそれは手紙のようでした。
「初音ミクさんへ。はじめまして、私があなたのマスターです」
声に出して読み上げ、目の前にいる男の人を見やると彼は再度私にうなずきかけました。それから続きを読むようにと手で示します。
私は、何故この人は言葉で言わずこんなことをわざわざ手紙に書いたりしたのだろうと不思議に思いながらも、うながされるままに続きを読み始めました。
「隣にいるのは私の身の回りの世話をしてくれているカイト。あなたと同じヒューマンフォーム・ロボットで、この家に一緒に住んでいます。私は、できることならあなたと目を合わせて自分の口でこういったことを話したいのですが、残念ながらそのどちらもかないません。何故なら、私は目が見えないし口も利けないからです。しかし音楽を聞く耳と作るための知識、そしてそれを楽しむ心はあります。だから、私にはない『声』を貸して下さい。私は曲を作りたい。それにはVOCALOIDであるあなたの歌声が必要なのです」
そこまで読んだ私はまた顔を上げ、マスターであるミラーシェードの彼と、その後ろにいるカイトというヒューマンフォーム・ロボットの青年を交互に見つめました。すると今度は後ろの青年が、やはり無言のままかすかな笑みを浮かべてうなずきます。その仕種(しぐさ)がマスターにそっくりで、二人はまるで血のつながった兄弟のように見えました。ロボットだと知らなければ本当に兄弟だと勘違いしてしまうに違いありません。
マスターとカイトは示し合わせたみたいに、ほぼ同時に私へ手を差しのべました。それは握手を求めるためのものでしたが、二人で左右別々の手を差し出したところや手紙の最後の一文からして、案外と事前に打ち合わせでもしていたのかもしれません。
手紙の最後を締めくくる言葉は、「私たちはあなたを歓迎します」でした。
2.手を取って、鼻歌でワルツを
⇒http://piapro.jp/t/FBRb
【小説】リトル・オーガスタの箱庭(1)
今日がミクさんのお誕生日と聞いたので祝い上げ。
全部で(7)くらいまでの中篇です。
⇒予定通り7で終わりました。
少しずつ修正中。
そしてミクさん、お誕生日おめでとう。
資料http://piapro.jp/t/AP7w
(2)http://piapro.jp/t/FBRb
(3)http://piapro.jp/t/VX4d
(4)http://piapro.jp/t/Qv0v
(5)http://piapro.jp/t/Hu05
(6)http://piapro.jp/t/QFGv
(7)http://piapro.jp/t/YZb3
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