「失敗した!」
「できない!」
「怒られた!」
「わかんない!」
「「もう、やってらんない!!」」
一日の仕事を終えた夜のひととき。
うまくいった仕事の後のバナナプリンはさぞかし旨いだろう。しかし、今夜はさしずめラズベリーパイだ。
「さて、なぜうまくいかないのか? これをテーマに、これより反省会を開催したい」
「ぱふぱふぱふ~~!」
「あー、鳴りモノは遠慮してくれたまえ」
こいつならいつもどおり、みかんゼリーがうまいとか言うだろうな。
「先ずはリン、うまくいかない原因は何か? 意見を述べよ」
「相手役がレンだから!」
「・・・・・」
話が終わっちまったよ。
そうなんだ。確かにそうなんだが・・・
「・・・配役をすぐには変えられないから、その問題はひとまず措くとしてだ、オレの何がいけないんだ? 具体的に述べよ」
「だってさ、あんた恋人に見えないし」
だからなあ・・・
「ああ、そのとおりだ。だからってどうすりゃいいんだ!?」
「もうちょっと、あたしを恋人らしく扱ってくれないとね~」
それなんだよ、問題は。
「だからって今さらなぁ・・・」
「今さらって何よ? あたしが恋人じゃ不満なわけ?」
誤解のないように説明しよう。
オレたちは今、とある曲に取り組んでいる。
友達以上、恋人未満。淡い恋心。
思春期設定のオレたちには、まさに期待されて然るべき曲といえる。
しかし、いつもの調子で演技すると・・・
「Pのやつ、熟年夫婦みたいだとか言いやがった」
そう、ビックリするくらい初々しさがない。
無理してそれらしく振る舞うほどに、何かのモノマネにしかならない。
なんとなれば、相手がリンだからだ。
なにせこいつとは、付き合いが長すぎる。
それっぽく雰囲気を作って、熱っぽく見つめ合っても、あんとき寝小便したの、あんただ、お前だ、だとか、昔のケンカなんぞ思い出した日には、思春期カップルなんて、甘酸っぱいものに見えるはずもなく。
「ムード出ないよね~」
「出会いのトキメキとかいうけど、そもそもオレたちの出会いって、どこまで遡りゃいいんだ? 生まれる前か」
「しょうがないじゃん。あたしら双子だし」
「なんだかなぁ~」
もう、頭抱えたい気分。
「あんたさぁ」
「ん~?」
「あたしが恋人って、無理?」
「そんなことはないぞ」
「そう・・・ んじゃ、さ」
腰掛けに座ったオレの膝に跨るように、オレより一回り安定感のある尻が、どんと乗っかって来て、そのまま足で腰のあたりをギュッと挟まれた。そして腕がオレの首筋に廻ると、後ろにずり落ちないように、なんとなくオレがリンの腰に手を廻して支えることになる。
いつの間にか密着度Maxな体位に。
「・・・ なにこのポーズ」
「練習だよ。あたしを口説いてみて」
「この格好でか?」
「うん」
首に廻した手を引き寄せて、リンがコツンとおでこを当ててきた。
手足は細くて、肩幅はオレより狭い、一見とても華奢な体つきながら、そこは激しいダンスアクションをこなすだけあって、体幹はしっかりと筋肉に鎧われている。抱き締める手に力を込めると、ムチのようにしなやかでバネの利いた感触が伝わってくる。
まあ、そのぶん色気を表す「余分」が少ないのが玉にキズだが、仕事の相棒としては、このくらいが頼もしい。
それにしても、ハリウッド映画のノルマなエロシーンみたいだな。キッチンとかで、いきなりおっ始めるヤツ。
「少年少女には早すぎないか? こういうシチュ」
「ほら、少し先のステップを知っていれば、今の自分のやるべきことがよくわかるって、こないだ、めー姉が言ってたじゃん」
「こういう経験値って、下位互換するのかなぁ」
イマイチ納得いかないオレがブツブツ言っていると、リンがふくれてきた。
「理屈はいいよ。ほら、あたしも気持ちを入れるから、あんたも」
「わかった、うん、よし」
なにやら急に正念場の稽古が始まった。
これは練習だから、曲の役柄はひとまず脇に置いて、先ずは今ここでリンを口説くにはどうすればいいかを考える。
14歳があれこれテクを披露しても小賢しいだけだ。ここは直球勝負。先ずは純粋に、オレにとってのリンはどういう存在なのか、それを考えてみるべきだろう。
これがうまくいけば、曲の主人公との共通点が見つかって、何かの突破口になるかもしれない。
正直なところオレとリンを、恋愛モノの主人公に重ねて想像することはできない。
例えて言えば、同じ体を二人で分け会っているような、好きになろうが嫌いになろうが別々になれない、何というか、リンはオレにとって、好き嫌いを超越した存在なのだ。
こういうのを世間では「空気みたいな存在」というのだろう。それも半分は当たってる。空気が無くなったら人間は生きていけないからだ。
いままでずっと、一緒に生きてきた。
一人でいたことを思い出せないくらい、ずっと一緒に過ごしてきた。
いい思い出ばかりじゃないが、それでも、お前と過ごしてきた日々があってこそ、いまのこのオレがいるんだ。それはオレにとって、何にも代えがたい。
オレはこれからも、もっと歌いたいし、もっと仕事をしたい。もっとバカやりたいし、思い切りハシャぎたい。
辛いこともあるだろうが、自分の力で乗り越えてみせる。
でもそんな時、いつもとなりにお前がいてくれたら、何よりうれしい。
お前と一緒の未来に、何があるのか見てみたい
「だから、これからもずっと一緒に生きていこう!」
これだ。うん、少し違うかもしれないが、人を大切に思う気持ちとしては、曲の主人公とそれほど離れてはいないはずだ。
さあ、これにリンがどう応えるか。
・・・ ん? どした?
「・・・・・!」
「おまっ! なに笑ってんだよ!!」
「だぁってぇ、あんたマジなんだもん・・・」
お前ってヤツは・・・!!
「お前が本気出せって言ったんだろ!? 何言ってんだ」
「レンのすけこまし~」
「バカ、オレにばっか言わせやがっ・・・ へっ・・・」
「ふぁっ・・・」
「「っくっしゅん!!!」」
この時期、風呂場は意外に冷える。
「ぶるるっ、う゛~~ さぶっ!」
「こりゃ湯冷めしたかな?」
「早くお湯に入ろうよ」
「あ、ちょっと待て」
二人で洗ったり洗わせたりしたまんまで、体中泡だらけだ。シャワーで流して、オレたちは浴槽に身を沈めた。
「ふ~~~~っ、ごくらくごくらく」
「ババくせーよ」
「うっさい」
リンの背中を背中に感じつつ、オレも大きく伸びをする。
このまま一日が終われば言うことなしだが、宿題はまだ残ったままだ。
「さて、これからどうしたもんか・・・」
後ろの相方へ問いかけ代わりに、頭をコツン、と当ててみる。
「ねぇ、ムード出ないってのは、やっぱさー」
「んー?」
「こうやって一緒におフロ入ったり、洗いっこしたりするのが、よくないのかな?」
「なら同じフトンでくっついて寝るのも、しばらくやめにしてみるか?」
「・・・」
「・・・」
急にすきま風に吹かれたような気がして、オレとリンは後ろ手に手をつないだ。
(おしまい)
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