東西、とーーーざい。
かくもこれより、
「おゑど 歌い小娘―歌い小娘あらはる」の段。
語り相勤めまするは 天津堂某。
面白語りにて御覧入れまする。
そのたっめの口上左様っ。
東西、とーーーーざーーーーい。
―――――――――――――――――――――――-―――――――――――
いやぁ、ここんところ面白いうわさがあってだな。
そんな風に話し始めるのは、長屋に住むメ組の親分さん。
おゑどは八百屋町、噂の一つ二つ、それこそ嘘八百っていうぐらいの数があってもおかしくない。
ボクみたいな岡っ引きにとっちゃ、こういう与太話も何かの事件のヒントになるかもしれない。
聞き逃すわけにはいかないわけで。
メ組の親分は、これでも顔が広くてここらのワルや窃盗団に詳しい。
うわさってぇのは、ここんとこ騒がれ始めた「歌い小娘」のことよぉ。
「歌い小娘」―おゑどの庶民に禁じられた娯楽「歌踊曲」(カヨウキョク)。
音を鳴らし、声をあげ、踊ること。
昔から祭り好きのおゑどの庶民。
しかし幕府から「歌踊曲」を禁ずというおふれが出てからというもの、日常生活にも張りがなくなり、どこか元気のない庶民たち。
そんなおゑどの街に、ここ最近あらわれた奇妙な賊。
「歌い小娘」は夜な夜な音を鳴らす「すぴぃかぁ」を背負い、
耳につけた「へっどふぉん」から延びる「まいくろふぉん」を使い、歌い踊るのだ。
踊るついでに、その袖口から小判をまきちらす。
なんでも、その小判てぇのが……わりぃことしてため込んだやつの銭子らしいぜぇ。
世の中は上手くできているもので、偉い人ほど金がある。
金の力で世間を牛耳る。
金を動かすのがうまい商人ほど、お偉いさんい好かれている。
だが、そういったやつほど、裏でワルいことをしている。
親分はそんな風に悪態をつく。
まったく、こちとらまじめに火消して、危ない目にあってるてぇのに、儲けなんかほとんどねぇよ。
親分に儲けが出るほど火事が起きたらとんでもないよ。
そんな風に返して席を立つ。
街中を歩きつつ考えるのは、噂の「歌い小娘」。
ボクだって噂以上のことは知らない。
なんせまだ一度も本人に御目にかかったことがない。
小娘っていうぐらいなんだから、それ相応の小娘なのだろう。
噂の中には、彼女の容姿を伝えるものがあった。
曰く、黒装束に黒い頭巾
曰く、頭巾の端から延びる翡翠色の髪
そんな少女が屋根から屋根をつたい、歌い踊りながら小判を巻くのだという。
決まって、貧乏庶民が住む町内に現れるのだ。
もちろん奉行所も黙ってはいないんだが、「歌い小娘」の身軽さは忍びがごとく。
屋根をつたうだけでも軽業師顔負けなのに、さらに屋根の上で歌い踊りながら、追手を巻くのだ。
もはや人間業ではないようにも思える。
思いを巡らせていると、名前を呼ばれる。
レンの字! 前みろ!
聞き覚えのある声に、前を見れば、「荷車」。
あ、轢かれる。そう思った時には視界がまわっていた。
一瞬の間に何が起こったのか。
ボクの身は誰かに抱えられていた。
荷車にぶつかった衝撃や痛みはいつまで待っても来ない。
どういうことかと目を開けば。
大丈夫だったかい?
こちらもよく知った声で聞いてくる。
あ、ああ。と気の抜けた返事をして、その容姿を見やる。
長い黒髪を、左右にわけている「ついんてぃる」という髪型。
細面の彼女の名はミクさん。
ボクの姉の友人であり、子供たちに勉学を教えている「初音塾」の娘さん。
おいおい、だいじょぶかぁ? ミクがいなかったら間違いなく轢かれてたぞー、レンの字。
こちらは僕と似た顔をした姉、実の弟をレンの字呼ばわりする、リン。
この二人は買い物帰りだろうか。
まったく、なにぼーっとしてるんだか。
姉さん、ボクは日夜おゑどを守る岡っ引きで、そのための考え事をしていたわけで……。
そんなにぼーっとしてても務まるんだから、岡っ引きってのも楽なもんだよね。
返す言葉もないとはこのことか。
事実、助けてもらわなければ大怪我をしていただろう。
そこは素直に認め、ミクさんに御礼をいう。
気にしなくていいよ。それよりも考え事って?
大したことじゃないよ、といいつつ、噂にでていた「歌い小娘」の名前を出す。
あー、最近名前が売れてきたよな。義賊っぷりがいいよな。
姉さん……人から御金を盗んでるんだよ? 十分に悪人じゃないか。
そんな風にいい返すと、心なしかミクさんの表情が曇った。
ほらほら、ミクだって貧しい庶民に御金配ってる「歌い小娘」の味方じゃん。盗まれて当然な奴らから盗んでるんだし、問題はない!
大声でそんなこと言って、商人さんたちに恨まれても知らないからな。
……レンくんは「歌い小娘」を捕まえたいのかな?
そんな風に聞かれたら、ボクだって困るじゃないか。
ぶっちゃけ、庶民の味方を捕まえるのは気が引けるけど、お仕事はお仕事。
実際問題、軽業師のような「歌い小娘」を捕まえられるほどの運動神経があればの話。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
さぁて、今夜も現れるかしらねぇ
ボクの隣にいるのは姐御―同心・ルカ。
直属の上司であり、奉行からの信頼もある街の守役。
姐御と呼ぶと、なぜかキレる。
今、なにか失礼なコト思ってなかった。レン?
なにも、まったく、滅相もありません。
なので、早急にこのアイアンクローを外してください。
こめかみが悲鳴をあげています。
南街のほうでは三日前に現れたそうよ。頻度と経過日数からみて今夜あたりこっちにでるはず。
とうとうボクたちのほうにも、「歌い小娘」捕り物の協力要請が来た。
姐御は渋々といった表情で―姐御も乗り気ではないのだ。
庶民の味方という部分に共感してるのだろう。
それでも、お金を盗んでることには変わりありません。
そんなボクの言葉に、あたまをかいて「しょうがねぇなぁ」雰囲気の姐御。
レンのいうことはいちいちごもっともなんだけどねぇ、街のみんなを元気にしてるのは「歌い小娘」のほうさね。
そうなのだ。ただ小判をばらまくだけじゃない。
歌い踊り、曲を鳴らす彼女の姿は、街のみんなに元気を与える。
奉行たちが「歌い小娘」を追いかけるのに夢中になると同時に、街のみんなは手拍子をたたき、歌い踊るのだ。
そんな光景は信じられない。歌踊曲禁ずのお触れが出てから、そんな光景は一度もないはずだ。
ぶっちゃけ、わたしだって歌や踊りが大好きよ?
不敬なことを平気でいってしまう姐御。
そんなのはボクだって知っている。
街のみんなが自由に歌い踊ることを望んでいるのを。
そんな祭りがしたいっていうことも。
レンは真面目だねぇ、今の幕府には不満のほうが多いってぇのに。
真面目ぶりたいわけじゃなくって、そうでもしないとキャラ崩壊するから。
そんな風にやり取りをしてると、遠くから音が聞こえてくる。
どうやら、お出ましのようだね……いくよ!
走り出した姐御の後ろをついていく。
近づくにつれ、その音は大きく、さらに軽快な「あっぷてんぽ」を響かせる。
そして、目の前には大勢の町民。
みんなの顔が喜色にあふれている。
その視線は音の出所―――屋根の上に向かっている。
いやぁ、楽しそうじゃないか。
そういう感想は後回しっです!
「歌い小娘」の姿をとらえる。
黒装束と黒頭巾、噂通りの姿は宵闇に溶け込んでるように見える。
その中で唯一、翡翠の髪だけが風に揺れている。
一種、独特な雰囲気を持った佇まい。
「歌い小娘」は、一度目下の町民たちを見回すと眼を閉じる。
息を吸い、喉のあたりに手を当てるしぐさ。
らー
そんな音声から始まる。
彼女は躊躇する間もなく、歌いだした。
ボクは信じていなかった。
だれも逆らえない、幕府のお触れに逆らって歌う姿なんて、信じれなかった。
ただの噂だと思っていた。
だから、「歌い小娘」のそんな姿を見いってしまい、胸に熱が込み上げてくる。
自分が岡っ引きだということも忘れて、この歌に耳を傾けて、熱に従って踊ろう。
そんな幻想が心を満たそうとしていた。
レン。なにしてるの! あいつを捕まえるんじゃなかったの!?
姐御の声は前方。どうにかして屋根に登ろうとしているとこだった。
一瞬で覚醒する。
そう、自分の仕事は彼女を捕まえること。
はっきりとした視界には、大工の持った梯子が映る。
手を伸ばしてつかむと同時に「借ります」。
片腕ではすこし重いが、前方―人がいない家の直前に投げ込む。
同時にかけ出して、不安定な梯子を家のほうに押し倒す。
屋根にのしかかる梯子に手をかける。
!?
上を見て、「歌い小娘」が本気で驚いてるようだった。
まさか、こんな風に追いつめられるとは思ってはいなかったのだろうか。
そんなことはお構いなしだ。
屋根に手が届き、一気に身を屋根の上に投げ出す。
彼女のほうを見ると、意を決したような顔をして、ふところから袋を取り出す。
手を入れて、小判がとりだされる。
一度振りかぶり、次の瞬間には小判がばらまかれた。
盗人がー!
自分の喉から叫びがあがる。
「歌い小娘」は一度寂しい目をして、駆け出す。
本当に屋根の上を走りだした。
次の家の屋根に、軽く飛び移る。
まさしく軽業師か忍者の所業。
逃がすな!
奉行の方々も到着したらしい。
だったら、ボクのできることといったら……。
レン。無理して追うこたぁないよ。
姐御の言葉に、逆に背中を押された。
そんな気がして、屋根の上を走りだす。
運動神経は決していいほうじゃないが……!
意気込んで屋根の端を蹴り飛ばす。
あんがい近い屋根と屋根の距離。
着地……二本の足と、片手も加えて屋根に降り立つ。
前を向けば、びっくりした目でこっちを見る「歌い小娘」。
すぐさま次の屋根に飛ぶ彼女。
コツは覚えた……思い込む。
走り出す。
何軒の屋根を超えただろうか?
いつのまにか奉行の人たちの声が聞こえない。
夜気にひびくのは、「歌い小娘」から流れ出る曲と小さな鼻歌。
ボクだけが追いつけるのだろうか。
捕まえる。
そんな意志が逸って、闇に眼をとられる。
屋根の端はまだ先―――そう思った矢先、踏み出した足が空を切る。
あ。
そのまま、真っ逆様。
受け身をとろうとして、背中を丸める。
しかし――――――地面と衝突する感触がこない。
目を開けば、屋根の上からボクの襟首を片手で支えている影。
「歌い小娘」の腕がボクを助けたのだ。
なんで……?
その問いには答えずに、ボクを屋根の上に引き上げる。
……ごめん……。
そう告げて、闇に身を躍らせる「歌い小娘」。
もう追い続けることはできなかった。
最後の言葉、その声が誰かのものと似通っていたから、なのかもしれない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
以上っ!
「おゑど 歌い小娘―歌い小娘あらはる」の段
一巻のおわぁ~りぃ~でござ~~~い。
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