ちくちくと刺さる視線を避ける様に調理室の前を通り掛ると、チョコレートの甘い匂いが漂って来た。
「良い匂~い、ここだぁ!」
「密佳、犬じゃないんだから…あれ?しふぉんちゃん。」
「睦希先輩、味見に来たんですか?丁度もう直ぐ焼き上がりです。」
エプロンを着たしふぉんちゃんがパタパタと片付けをしていた。テーブルの上にはチョコレート菓子が色々並んでいる。クッキーはウサギの形で随分手が込んでるみたい。
「ひおのお見舞いに可愛いのを選りすぐって持って行こうと思って、結構作り過ぎちゃったんですけどね。」
そう言ってしふぉんちゃんは少し不安そうに笑った。そっか…緋織ちゃんの事情知らないんだっけ…でも私が勝手に話さない方が良いよね?込み入った内容だし、鷹臣さんから聞いた話を私の口からは言い辛いし…。考え込んでいると、隣から包装紙を持った彩花ちゃんがひょこりと顔を覗かせた。
「しふぉんちゃーん、ラッピングってこんな感じで良いの?華道部の和紙とかだけど…。」
「充分です!有難う御座います、先輩!」
いそいそとお菓子をラッピングしているのを見ながら、胸が痛んだ。2人は友達なんだし、せめて緋織ちゃんが最悪の事態になるのは避けられそうだって事位は伝えた方が良いよね?
「あの、しふぉんちゃ…。」
「げほっ…!うぐっ…?!」
咳き込む声と共に、床にお菓子が散らばった。一瞬何が起きたのか解らずお菓子を見ていると、密佳が悲鳴を上げた。ハッと我に返った私の目には信じられない光景が映った。
「げぇっ…!ごぼっ…!」
「先輩?!先輩!!彩花先輩!!」
「ちょ…救急車!誰か先生!先生呼んで!睦希!睦希ってば!」
「あ…う、うん!」
半分放心状態で携帯を取り出したけど、持つ手が震えて取り落としてしまった。どうしよう…一体何が起きてるの?彩花ちゃんが真っ青な顔で苦しそうに何度も吐いて、しふぉんちゃんが泣きながら叫んでいるのが見える。密佳は私の手から携帯を取ると救急車を呼ぶ為に電話を掛けていた。震える手で彩花ちゃんの背中をさすっていると、バタバタと足音が聞こえて来た。
「おいどうした?!」
「先生!わ、解んない!何か急に吐いて倒れて!」
「澤田?話せるか?澤田?!」
館林先生は苦しそうに咳き込むだけの彩花ちゃんの様子を見ながら少し周りを見て言った。
「何があった?」
「見てなくて…ほんと、いきなり苦しそうにし出して…。」
「お、お菓子…わ…私の…!」
消え入りそうな声だった。涙をいっぱい溜めたしふぉんちゃんが震えながら口を開いた。
「せんぱ…私の…お菓子…味見し…て…わ…私…の…。」
「…解った。」
さっきまで楽しそうだった調理室は、一瞬にして悪夢の様な光景に変わってしまった。
「どうして…。」
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