小説版 Re:present パート9(最終話)
卒業式だ。
まだ、雪は解けてはいない。雪解けまではまだ一カ月は待たなければならないことが北海道の高校生にとっての宿命のようなものだろう。それでも、未来に向けて一歩を踏み出す大切な日であることにはなんら変わりがない。
俺は無事、立英大学への合格を決めた。俺はその報告を一番にみのりにした。それを聞いたみのりは、いや、俺の恋人は笑顔でこう言った。
「おめでとう。」
さっぽろ雪まつりの時、雪の降る交差点で涙を流して以来、俺はみのりの涙を見たことがない。あるいは別れる直前にもう一度涙を見せるかも知れなかったが、今度はちゃんと受け止めてあげるつもりだ。俺にとっての大切な女性であることには何ら変わりのないことなのだから。
結局、俺も逃げていただけか。
みのりからの想いが込められた、言葉と言うプレゼントを受け止めた俺は、その様な結論を出した。体育館、少し離れた席に座っているみのりの姿を目に納める。みのりのポケットから顔を出している携帯のストラップは俺が受験の時に東京から買ってきたものだった。俺だって、ずっとみのりのことが好きだっただろうに。俺から想いを伝えてやるべきだった、と少しだけ反省する。
やがて、卒業式が終わる。三年間学んだ校舎ともこれでお別れだ。そう思うと一抹の寂しさが人並みに湧きおこる。何人かは浪人するようだが、ほとんどは現役で大学への進学を決めたようだった。鏡も無事に北海道大学への進学を決めていた。
「ご出立はいつですか?」
卒業式が終わり、一年間お世話になった担当の岡田先生から卒業証書を受け取り、そろそろ帰宅しようという時間になって、鏡は俺に向かってそう訊ねた。
「四月一日の予定だ。」
大学は四月五日からスタートするが、少し早目に東京に入って身体を慣れさせておこうと考えたのである。
「そうでしたか。では、その日は僕もお見送りにお伺いしましょう。」
「ありがとう。鏡も、頑張れよ。」
「ええ。」
鏡はそう言って、優しい笑顔を見せた。みのりが俺を急かすように見つめる。これから、札幌駅で買い物をしようと言うみのりからの誘いがあったからだ。
「ほら、新生活なら色々物入りでしょ!」
札幌駅に辿り着くと、みのりは俺に向かってそう言った。みのりの為の買い物ではなく、俺の為の買い物だったのか、とようやく気がつき、俺は思わず目元を緩めた。この出来すぎる女の子と別れることは俺の人生にとってはもしかしたらマイナスなのかもしれない、と改めて思い直す。まあいい。大学を卒業して、一人立ちをしたらまた一緒に過ごせばいい。俺が札幌に戻るのか、それともみのりを東京に呼ぶのかはまだ考えてはいないけれど。
そんなみのりの後ろ姿を眺めながら、俺はみのりと一緒にエスタと名付けられた駅ビルの一角へと入って行った。ビックカメラもあるし、ロフトもある。一通りの買い物は札幌駅だけで済ませてしまえるのだ。まるで若奥様の様に生き生きとしたみのりに引っ張られるように、俺は新生活で必要になるだろう食器やら小物の家具やらを買い求めた。両手が紙袋で埋まる頃、みのりはJRタワーと呼ばれる札幌で唯一の高層ビルの三階、あるお店の前で立ち止まった。アクセサリーを扱っているショップだった。
「満、これ買わない?」
みのりがそう言って指さしたのはペアのネックレス。値段も手ごろだった。
「分かった。」
俺はそう言うと、店員を呼び、ネックレスを用意してもらった。会計の為に財布を取り出したみのりに向かって、俺はこう言った。
「いいよ。プレゼントする。」
「え?」
きょとんとした瞳で、みのりは俺の瞳を見つめた。全てを包み込むような優しく深い瞳に向かって、俺はこう言った。
「先にお前からプレゼントを貰ったから、お返しさ。」
言葉というプレゼント。それをみのりから貰えたからこそ、俺は本当に安心して東京へ行ける。だから、お返しだ。
「ありがとう。」
俺の想いを理解したのか、みのりは僅かに頬を赤らめると、春風の様な暖かい声でそう言った。
四月一日。
新社会人が入社式を迎える日に、俺は札幌駅にいた。みのりとは自宅の最寄りの駅から一緒に来ている。胸に光るものはお揃いのネックレス。大切な俺とみのりを繋ぐアイテムだった。
「ほんと、寂しい奴だよなあ!次に戻るのはいつだよ!」
大げさな身振りで寂しさを表現した山崎がそう言った。山崎は見事に浪人を決めた。今年一年浪人して、北海道大学か、あるいは東京の大学へと進学するつもりらしい。
「一応ゴールデンウィークには戻るよ。」
俺は苦笑しながらそう言った。
「本当、待っているぜ!今度は大学生だし、一度飲みに行こう!」
まだ飲酒経験は無いはずだが。そもそも大学生とはいえ未成年だ。まあ、大学生になれば実質飲酒も解禁だろうと思い、俺は山崎に向かって苦笑しながら頷いた。
「寺本君、健康に気をつけて頑張ってください。」
次にそう言ったのは鏡だった。
「ああ。」
俺はそう言って頷いた。結局、こいつが何者なのかは一年も一緒にいたのに分からなかった。いつか分かる日が来るのだろうか、と思っていると、鏡は鞄から一つの栞を差し出した。ハルジオンの押し花だった。それを見て、さっぽろ夏まつりの時にハルジオンを採取していた鏡の姿を思い出す。そして、鏡はこう言った。
「寺本君、いつか君の前に僕に良く似た女の子が二人、現れると思います。その時、この栞を見せてあげて下さい。そしてお手数ですが、札幌まで連れて来て貰えませんか?」
「どういうことだ?」
その栞を受け取りながら、俺は鏡に向かってそう言った。
「今は詳細をお伝えすることができません。本当に申し訳ないのですが・・。」
「本当に、お前は不思議な奴だよ。」
「ええ。でもそれを受け入れてくれる寺本君も、相当不思議なお方だと思いますけれど。」
くすりと笑って、鏡はそう言った。確かにそうかも知れない、と思い、俺はつられるように笑顔を見せた。
札幌から新千歳空港までは快速列車で一本、およそ四十分の距離の場所にある。山崎と鏡とは札幌駅で別れた。今俺と一緒にいるのはみのりだけだ。ボックスシートの片隅で、みのりは俺にもたれかかるように頭を肩に乗せて過ごしていた。こうしてみのりの体温を感じていられる時間もしばらくは訪れない。だから、俺達はお互いの存在を確かめあうように身を寄せ合っていたのだ。
会話は途切れることが無かった。何を話しても楽しい。別れを前にしても、尚。みのりはずっと笑顔を絶やさずに俺の傍にいてくれた。多分、俺の為に。本当は胸が張り裂けるくらいに思いつめているだろうに、気丈に、笑顔で。
新千歳空港に到着し、ロビーで俺達はしばらくの時を過ごした。これで、本当に最後。みのりがいつも隣にいる生活は、これでひとまず終わりを迎える。
やがて、搭乗を促すアナウンスが新千歳空港に流れた。
「行ってくる。」
俺はそう言った。
「行ってらっしゃい。」
涙をこらえていることは俺にも分かった。だけど、笑顔でいてくれている。その想いを十分に胸に詰めてから、俺はみのりに背を向けて歩き出した。その時。
「・・待って!」
何かを決意したようにみのりはそう叫んだ。思わず振り返った俺の視界に映ったものは俺に駆け寄って来るみのり。みのりは両腕で俺の首筋に手を回して、そして。
みのりの温かい唇が俺の唇に触れた。
一秒程度の、短い時間だけ。
「あたしからのプレゼントの、えっと・・お返しのお返し!いつまでも待っているからね、満!」
俺の身体から離れたみのりはそう言って笑った。無理のない、自然な笑顔だった。俺が見慣れている、俺がいつまでも見続けていたい笑顔だった。それを受けて、俺はこう言った。もちろん、最高の笑顔で。
「プレゼントありがとう、みのり。凄く嬉しいよ。」
そうして俺は今度こそ、夢に向かっての本当の一歩を踏み出した。
「おい、寺本、聞いているのかよ!」
拗ねたような声が俺の脳裏に響いた。ここは音楽練習室。声を上げたのは藤田。あのまま思索の海を漂っていた俺に向かって、怒ったように頬を膨らませている藤田の顔が俺の視界に映った。
「聞いているよ。前期末試験の打ち上げをするんだろ。」
「そうそう!で、どこに行きますか、沼田先輩!」
藤田がはしゃぐようにそう言った。この騒がしい男と出会ったのはみのりと別れて一週間ほどが経過してからだった。今所属しているサークルの新人歓迎会の席で、偶然隣同士だった俺の方から藤田に声をかけてしまったのである。さっぽろ夏まつりで演奏していたよな、という俺の一言で、藤田と俺の関係は決まってしまった。そのまま、ずるずると同じバンドを組む羽目になり、そしてこのように毎日俺の周りで騒がれている。今は少しだけ後悔している。藤田のギターの技術と作曲能力は俺でも高く評価しているのだが。
「とりあえず焼き肉でも行くか。」
いつの間に音楽練習室に来ていたのか、沼田先輩も解放感に浸った表情でそう言った。東京の焼き肉はラム肉がないので嫌いなのだが、沼田先輩が仰るなら仕方がない。
「いいっすね、焼き肉!じゃあ、先輩方にごちそうになるってことで!」
調子のいい言葉を吐いたのはこのバンドの中で一番若い鈴木である。
「馬鹿、割り勘に決まっているだろ!俺は藍原さんへの投資の為に金がない!」
藤田が憮然とそう言った。そんな恥ずかしいことをこの場で宣言する必要などないのだが。
「焼肉って、口が臭くなりますよ。」
少し嫌な表情でそう言ったのはすっかりこのバンドの歌姫として定着した会話するプログラム、初音ミク。藤田も少しは賢くなったのか、いつの間にかノートパソコンを手に入れており、最近はそれにデータを移してから初音ミクを持ち歩くようになっている。サマーライブの直前、デスクトップパソコンを両手に抱えて登場した時は心底こいつは馬鹿だと思ったが、少しは成長しているらしい。
「いいんだよ、ミク。上手いものは犠牲を伴ってでも食べるの!」
「はあ・・。マスターがそう言うならいいですけど。」
呆れたように、ミクはそう言った。
「じゃあ、早速行くか。そろそろ夕食の時間だからな!」
沼田先輩はそう言うと、鞄を手にとって立ち上がった。俺と鈴木もそれに続く。藤田が慌ててノートパソコンの電源を落とすと、後ろからついてきた。
地下に用意されている音楽練習室から出ると、メールが一通届いていた。地下は携帯の電波状況が圏外になるので、メールが届かないのである。メールの相手はたいてい決まっている。みのりだろう、と思ってメールを開封すると果たして本人からだった。
『お盆はいつ戻るの?』
みのりも大学の試験が終わった頃だろう、と思いながら俺はメールの返信を打った。そして、ふと鏡のことを思い出す。
今も俺の鞄の中に入っているハルジオンの栞を使う日はいつなのだろうか。
不思議と俺は、その時期が近付いてきているような気がして、一瞬メールを打つ手を止めた。
「なんだよ、女からのメールか?」
いつの間にか俺を追い越していた藤田がそう叫んだ。
「そんなところだ。」
俺はそう言いながら手短なメール返信をすると、藤田達に向かって歩き出した。夏の日差しが、心地よく俺の身体を温めた。
次回作『ハルジオン』に続く。
小説版 Re:present ⑨ 【最終話】
『Re:present』最終話です。
親愛なる札幌市様
この度は私の稚拙な小説の舞台となって頂き、本当にありがとうございました。そもそもの始まりは平成十七年、私が転勤を命じられて札幌に暮らすことになったところから始まります。
四月の頭に訪れたにも関らず、何と寒い一日でしたでしょうか。早速雪の降る札幌の大地を踏み、心底不安になりました。
こんなに寒いところで生活できるのだろうか、と。
その評価は春を迎えて覆ります。木々は美しく、空はどこまでも青く、そして札幌に暮らす人々の温かい心に励まされながら、私は二年間の日々を札幌で過ごすことになりました。
不思議なことで、心から嫌いになった白い雪も、なぜか雪解けが近付くと寂しくなってしまうのです。春は喜ばしいことなのに、どうしてか悲しくなる。それは地元の東京に戻ってからも同じでした。
もう一度、札幌の雪景色を見たい。
そんな思いを込めて作った作品です。お気に召して頂きましたでしょうか。
更に、私が愛してやまないVOCALOIDの生まれ故郷ともなれば、運命以外の何物も感じません。
次回作以降で、もう一度札幌が舞台となる予定です。その時もぜひ、宜しくお願いいたします。
さて、札幌市様宛のお礼状を記載したところで、楽屋裏です。
『Re:present』を反映させた表現が本当に最後だけって・・なんなんでしょうか。本当に・・俺の馬鹿。
一応、僕の解釈になりますが、Re:とついている以上、一回以上のプレゼントの交換があったのだろうと考えて、みのりさんと満君のプレゼントの交換をしています。みのりさんは言葉とキスで。満君は素敵なネックレスで。
この二人、次回作以降でまた活躍してもらう予定です。
書いている内に気に入ってしまいました。
ほのぼのしている藤田君と藍原さんもいい関係だと思いますが、それ以上に深い何かでこの二人は繋がっていますからね。
さて、今回初めて次回作の予告を出しました。
『ハルジオン』
この作品でもちょっとしたキーポイントとなっているこの小さな雑草を巡り、次回作を書いてゆきます。
次回作は今日うp出来ればします☆
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もうこぼれ落ちて舞い散るだけでも
花の季節になら...花の季節(piano) ー 巡音ルカ
NI2
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ご意見・ご感想
twilight000
ご意見・ご感想
「Re:present」全話読ませていただきました。
やっぱりいい話ですよねw原曲も好きで何回も聞いているので
色んな風景や感情がこみ上げてきましたw
この意思を貫き通す主人公大好きですw何より優しいところが気に入っていますw
ヒロインのみのりさんも最後まで笑顔で居ようと
努めているところを読んでいて涙が溢れそうになりました(頑張って無理矢理堪えましたがw)
僕も今年で受験生で(現中二真っ盛りw)受験前のピリピリした緊張感などが伝わってきました。
こんな素敵な作品に出会えて幸せだと思います♪
素晴らしい作品を描いていただいた主に感謝☆感謝です♪
続編の「ハルジオン」もこれから読んでいくつもりです☆
有難う御座いました。
これからも頑張ってください!
2010/03/31 22:15:37
レイジ
ということでお返事第三弾!
お褒めの言葉ありがとうございます☆
札幌の幻想的な雪景色をとても意識して書いたので、風景や感情を想像頂けて嬉しいです。
もう一度札幌に住みたいんですけどね・・。
満とみのりは説明文の欄にも書きましたが、本当に気に入っているキャラクターです。
二人は今後の作品展開のなかでもう一度登場します。その時もどうぞ宜しくお願いします。
ちなみに寺本君はツンデレです。男のツンデレ(笑)
と、受験生だったのですね!
高校受験か・・。俺はもう十五年近く前の出来事ですね。。。
学問でお忙しいとは思いますが、僕の作品の中で気分転換になれば幸いです。
途中でもしかしたら学業のお手伝いになるかもしれない投稿作品もあります。
死ぬほど長いですが(何しろまだ『ハルジオン』書き終わってないので・・。)、のんびりとお読み頂ければと思います。
それでは、『ハルジオン』をお楽しみください!
暫くは『小説版 悪ノ娘』をベースにした話になっていますが、『ハルジオン』の第七弾から大幅に内容が変わっています。
最初は退屈かも知れませんが・・是非宜しくお願いします。
ちなみに仕事をしながら、基本的には週末だけ書いているので、投稿ペースが若干遅いです。
見捨てずにお読み頂ければ幸いです♪
2010/03/31 23:29:08
sunny_m
ご意見・ご感想
こんにちは、sunny_mです。
コンビニを読み終えた時点でコメントしようかな。とも思ったのですが。
世界が繋がっているのに気がついて、そのまま読み進めてしまったためこちらにコメントします。
コンビニのお話も、ほのぼのしていて恋の始まり。って感じが可愛らしいなぁ。と思ったのですが、個人的にはこちらのほうが好きです。
幼馴染とかに弱いのかもしれないです、私(笑)
みのりちゃんの視点のときは同じ女子として、ききわけが良すぎるよ!もっとごねていいんだよ!と、もだもだしてしまいました。
私がみのりちゃんだったら、最後の最後まですねてごねて、喧嘩別れしてしまいそうだ(苦笑)
(まったくもって、ダメ女子発言)
北海道が舞台だからか、こちらの話の世界の方が空が広いような感じがしました。
それでは!
2010/03/16 22:35:20
レイジ
お読みいだたいてありがとうございます!
コメント嬉しいです☆
実は僕のこちらの方が気に入っています^^;
あんまり気にいったので、満とみのりは今執筆している『ハルジオン』の途中からナビゲート役として登場してもらっています。
幼馴染は正義だ!
・・暴走してごめんなさい。
実はどうも女の子の気持ちというものが良く理解できていない部分が自分にありまして。
そのあたり、上手く表現できなかったというか・・実際こんな状況の時に女の子がどんな心理状況にあるのかが良く分からなくて^^;
確かに、みのりにはもっと我儘を言わせても良かったかもしれないです^^;
それでは宜しくお願いします☆
sunny_m様の作品も全て読み切っていないので、また読んだらコメント入れますね♪
コメントありがとうございました☆
2010/03/16 23:08:47