[D区画 街‐2エリア]
「初めて、じゃない?」
リンが呟いた。
「…何が?」
「こっちから向かうんじゃなくて、あっちから来たのを迎え撃つのって」
ミク、リン、レン、三人の視線の先には、また別の三人組があった。
少し待機して様子をうかがってみたところ、やはりキヨテル、ユキ、ミキはこちらに向かっているようだった。ならばここで迎え撃とうとミクは提案し、この街を見て回ることにした。先に戦いの場をしっかり把握することで、有利に戦えると考えたからだ。
…とは言っても特にギミックや罠などにできそうなものはなかった。とりあえず地形を知っただけ有利だろうと思い直し、三人は駅に戻ろうとした。
…だがどうやら時間をかなり使ってしまったらしく、彼らはもう、同じエリアにまで来ていた。先にあっちから仕掛けられると厄介なので、三人は慎重にあたりを探っていく。
しばらく動いても人影は全く見えず、三人は立ち止まる。
「…どうする?手分けして探す?」
「…いや、それだとあっちが固まってた時、三対一になっちゃうぞ…?」
「じゃあこのまま探し続ける?日が暮れそうだよ…」
「ふーん、あくまで三人一緒にいるつもりなんだね?」
話し合いを始めた直後に、四人目の声。声色は若干ミクに似ているが、ミクより透き通らないものの力強い歌声を持っている…。
「『Tell your world』!」
ミクはすぐに声のした方向めがけて歌った。建物の陰に、桃色の髪の毛が見えていた。
「『夕暮れ先生』!」
ミクの攻撃は、目標に到達することなく相殺された。
歌を聴き、ミクはすぐに察した。やはり…ね。
「ミキちゃん…ね。いらっしゃい」
こんな声掛けができるほど、ミクには戦いに対する余裕ができていた。
「おやおや、余裕なのですね…」
だが、物陰から出てきたのは背の高い、黒の背広を着た男性。
「先生…」
みんなからは先生と呼ばれている…キヨテルだ。続いてひょこっとユキが顔を出す。
「さあ、始めましょうか」
戦いの火ぶたは…切って落とされた。
遠くから、歌声が響き渡る。同じボーカロイドとしては知らないはずもない、ミクの歌声。ほぼ同時に別の歌声と、轟音が耳に伝わってくる。
「…あのあたりかしら」
煙が上がった方を見上げ…ミズキは大きく息を吸う。体の中に湧き上がった緊張とともに、息を吐く。彼女の右手にはフォンがあり、先ほどルカからもらったメールが、画面いっぱいに表示されていた。
『ミクたちはおそらく、そのキヨテル達と戦うでしょう。あなたにはその戦いの監視をお願いしたい。返信はその戦いの展開、結果報告を、端的でいいからお願い。』
もう一度、息を吸って、今度は心の中の愚痴とともに吐く。
…全く、人使いが荒いわ、ルカさんも。戦いへの加勢も言わないってことは、まだ私を必要としてるってことなんだろうけど。…それはどうあれ、逆らえはしない。…あのミクさんを追い詰めたんだ…私が、勝てるはずもない。……。…でも、いつかは。
そんな考えを頭の中で回転させ、慎重にミズキは煙の立つ戦場へと向かう。だがその途中、誰かが走ってくる気配を感じた。
慌ててミズキは身を隠す。その気配は間違いではなかったようで、彼女が隠れた物陰のすぐ横の道を、誰かが走り去っていった。…自分と同じくらいの背丈の、長髪…。
足音が遠くなっていくのを感じると、すぐにミズキは走っていく誰かの背中を確認した。
桃色の長髪を確認し、ミズキは目を細める。…私に監視を頼んだってのに。
「…どうして、ここに?」
「『サイハテ』!」
「『jewlfish』!」
二つの閃光がぶつかる。…だが、相殺されることはない。
「…く…」
勝てないと判断したキヨテルはすぐにユキを抱きかかえると後方へヘッドスライディング。コンマ一秒前に彼のいた地面が大きくえぐれ、破片が二人を襲う。
「きゃああ!」
ユキが叫び声をあげる。
「ユキちゃん!」
ミキが体勢の崩れた二人を助けに行くも、
「「させないよ、『ジェミニ』!」」
双子がそうはさせまいとミキを止めにはいる。
ミキは歌う体勢を取っていなかったため、何もできずにじかに喰らってしまう。
「!!!」
声にならない悲鳴の代わりに、吹っ飛んだミキの身体が地面とこすれ、ズザザザと音を上げた。
「ミキお姉ちゃん!」
ユキが声をかけるも、ミキは痛みに耐えるのに必死で、返事ができない。
「『秘密警察』!」
間髪入れずにミクは三人の固まりに攻撃する。
「『廃日』!」
だがキヨテルも反応が早く、その場の攻撃は何とかしのいだ。
それでも、まだ二人。
「『空想庭園依存症』!」
「『マセ恋歌』!」
双子の追撃が発射された直後だった…。
「『Leia』!」
新たな光線が、双子の光線を二つまとめて…シャットアウト。
「…ルカ姉っ…!?」
またしてもルカが…三人の前に立ちふさがった。
ルカは、ミクを見る。その目は冷たく、表情は凛としていた。静かに獲物を狙うようなその姿勢に、ミクは少しおびえた。
「どうして…」
ミクは一度呟き、そして…。
「どうしてよ!?」
叫ぶ。恐怖を、薙ぎ払うように。
どうしてこうも私の行く手に、何度も、何度も…何度もっ!
「『magician’s operation』!」
ルカは答えの代わりに歌う。すぐさま発生した光線をミクはすっと動いてかわす。
ミクのその動きを見て、ルカはふうん、とうなった。やはり、この戦いの中で成長している。…早く、何とかしないと…。
「『ペテン師が笑う頃に』!」
ミクは反撃を試みるも、ルカにあっさり見切られてしまう。ふわりと長髪がなびく。その後ろで、いまだ体制を立て直している三人がふと、視界に入る。
そうだ、ルカ姉と戦う前に、やることが…!
「…あ!ミク!」
ミクはルカをスルーすると、キヨテル達の元へ走った。見るからに先生とミキちゃんはすぐに戦えない。ユキちゃんはなぜか歌わない。だから…先にこっちを倒せば…!
リン、レンはミクの行動を察知、互いに頷き合うとミクに続いた。
その時、ユキはキヨテルに言っていた。
「先生!私も歌う!」
「…ダメです、あなたにはまだ…」
「いい加減にしてよ!」
ユキが声を張り上げた。キヨテルを見つめるその目は、反抗的で、でもまっすぐな光を見せていた。
その態度にキヨテルは動揺する。
「小さくても…私だって、立派なボーカロイドだもん!!」
「…ユキさん…」
キヨテルは思う。私は、相手を脱落させるという行為をもってして、ユキさんの歌声を怪我したくなかった。それに未熟な彼女は簡単にやられてしまうだろうとも。しかし、ユキさんの言う事ももっともらしい。
自分の理念と、本人の意志。この状況は、どちらが、最善か…?
「先生!!」
ミキの声で、キヨテルはふと我に返る。彼女の顔は明らかに焦っている。
振り返ると、見ればいつの間にかルカがいて、ミクがこっちに向かってきていた。マイクを構え、今まさに歌いそうな状況。
「先生!早く私に!」
ユキはキヨテルの背広を揺らす。ミキもせがむようにキヨテルを見ていた。
「「先生!」」
「『二次元ドリームフィーバー』!」
ユキミキの声と、ミクの歌声が重なった。
光線が、放たれる――。
「『forgotten girl』!」
続けざまに、力強い声とともに、ミクの攻撃がはじかれた。
「…っ!」
予想外のカウンターに、ミクは対応できなかった。
光線は顔に命中。ひっくり返りそうになった体もなんとか戻す。さらにそこから、
「『ここに君がいないなら』!」
「『サテライト』!」
キヨテルとミキの追撃が入る。キヨテルの閃光はミクたちに、ミキの光線はルカに。
「『ニトロベンゼン』!」
キヨテルに対してはレンが相殺に入り、ミキの攻撃はルカにあっさりかわされ、後ろの建物に激突。
ルカはその様子を一瞥した後、反撃の体勢を取るべく、走り出す。
一方、ミクはダメージから回復し、まっすぐ先を見つめる。立っているユキから、決意、信念が伝わってくるようだ。
…私を、なめないでよ!
「『WORLD’S END UMBRELLA』!」
「『アブストラクト・ナンセンス』!」
ミクとほぼ同時に、リンが歌った。狙いはどちらも同じ、ユキめがけて。
おそらくいきなり集中攻撃されるとは思っていなかったのだろう、ユキのその強い表情は一瞬にして消えた。
「ユキさん!!」
標的が自分ではないことに気付いたキヨテルが叫び、動く。ユキは…動かない。いや、動けない。
二つの光線が融合して激突、大きな音と、今までで一番の土煙が発生した。
…やったかしら?
ミクは煙の中を見つめる。
そのミクの横をリンがすり抜ける。向かう先は…ミキ。さらにミクの後ろではルカとレンが対峙する。
「『soundless voice』!」
「『proof of life』!」
「『きらいな人』!」
「『最後の女王』!」
交錯するボーカロイド達の魂の歌。湧き上がるは歓声ではなく…轟音。
そんなことをミクは気にも留めず、煙が晴れるのをただ待っていた。そして少しずつ、視界が開けてきて…。
「…そんな…!」
ミクは自分の目を疑った。
なぜなら。見えたものは、小さい彼女によりかかる…大きな体。
「まさか…」
キヨテルが…ユキを…かばったのだ。
ミクは頭が動かなくなる。全く、予想していなかった。
「…先生っ!?」
同じくミキも様子を見て固まる。それを見たリンも戦闘態勢をやめる。ルカもその光景を目撃して驚いたような表情を見せ、その異変に気付いたレンも振り返り、その様を見た。
ユキは放心状態なのだろうか、呆けたような顔で、視線は明後日の方向。
全員が、まるで時が止まったかのようにそれを見ていた。
やがてキヨテルの腕はその小さな肩からだんだんとずれ始め…。
どさっと、地面に落ちた。その直後、しまっているフォンからの振動が、ミクの太ももに伝わってきた。
その振動で、ミクは我に返った。さう、まだ戦いは終わっていない。
唇を震わすユキに対し、ミクはマイクを構えた。
…可哀そうだけど…!
しかし、ミクは歌おうと大きく吸った息を、そのまま吐き出すことになる。
なぜなら。唇を震わせていたユキが顔を下げたかと思うと、今度は肩を震わせて…声を発したのだ。
ただ、喋る声でもない。キヨテルがやられたことに対するない叫ぶ声でもない。怒りの咆哮などでもない。
「…ふ…ふふ…ふふ……」
それは。
「ふふふ……はははは…あはは…」
それは、狂ったような。
「…あはははははははははっっ!!!!」
狂ったような、笑い声だったから。
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