月日の経つのは早いもので、江戸で診療所を開いている私、杉田玄白と申すものであるが、昔、蘭学の仲間たちと起こした騒動の数々からもう何年にもなる。あれから時代も変わり開かれた世の中になりつつある中、知り合いの版元よりあの頃の出来事を本にしてみないか、という話があった。
その後源内は時代の寵児とも言えるスーパースターとなり、まあその後もいろいろあって私もいろいろ振り回されたりしたもので、当時は冗談じゃないと思っていたものの今となってはいい思い出である。
当時は幕府関係の内密な仕事もあり、また個人のプライバシーの面から公表できない部分も多いのだが、私の書ける範囲内で当時の思い出を綴っていきたいと思う。
なおこれを書いている今は安永(1772~)の世ではあるが、筆者は「蘭学者」であるため、耳慣れない外来語が多く出てくる点はご容赦願いたい。
その当時源内は高松藩をクビになる前で、勉強のために江戸に出てきたはずだったのだが日中は芝居や寄席などに行きまくっており、金が尽きた時は宿舎にも帰らずに私の診療所に入り浸りゴロゴロしながら黄表紙本(当時のマンガ入り大衆向けゴシップ雑誌、今でいう実話ナックルズ的なもの)などを読みふけっていた。
「源内、ゴロゴロしてるんだったら診療所の掃除とか手伝ってくれないか」
「うーん玄白、悪いけど今勉強してて忙しいんだよね~」
「その黄表紙本の何が勉強だよ。いったい何読んでるんだ? 『世界を支配するフリーメーソンの陰謀』? なんだそりゃ」
「お前そんなことも知らないのか? 日本の外の世界はフリーメーソンに支配されていてだな…」
「お前の演説は長いからその話はもう結構。それより源内、肝心の本草学(薬草をはじめとした博物学)の勉強はいいのか? 藩からも金出してもらってるんだろうに」
「いや~、江戸に来て何か新しいこと学べるかと思ってたんだけど、なんかもうすでに俺の知ってることばっかりでねえ。それより歌舞伎って面白いよなあれ。顔にすんごいペイントしてさあ。落語もあんな一人芝居の技術があるなんてすごいよなあ。あんなの高松には全くないし、こういったフリーメーソンの情報も田舎じゃ無理だ」
「でも芝居だって高いだろ? そんなに毎日行くような金どこから出てくるんだ?」
「それはまあ例えば、人助けとかして金もらったりだなあ」
「人助け? なんのこっちゃ」
その時、
「たのもう。」
診療所の入り口から誰かの声がした。玄白が行くと、眼鏡をかけた役人らしき人物がいる。
「拙者源内どのの友人で、田沼と申します。こちらに源内どのが居られると聞いたのですが」
「源内ですか? ああ、いますけど…」
玄白は源内の所に戻ると、
「おい、お前に客だよ。田沼って人」
源内は読んでいた黄表紙を閉じると、玄関に行き、
「おお田沼さん。よくここがわかりましたね。さあさ狭くて汚いところですが遠慮なく上がって下さい」
「源内おま…」絶句する玄白。
「源内さん、さっそく例の話ですけどね、めどが立ちましたよ。みなさん協力してくれるようです」田沼が話す。
「おお。じゃあ次に会場をどこにするかですな」と源内。
「…あんたら何で私の診療所で勝手に会議始めちゃってんですか? 何の話? 源内、この方は何? ていうか田沼さん、あなた何なんです?」若干キレ気味に玄白が言う。
「ああ申し遅れました、わたくし幕府勘定奉行に所属しております田沼キヨテルと申します。今回幕府の景気回復策『タヌマミクス』の一環として、こちらの源内どのにご協力をお願いしていた次第でして。そうだ玄白さん、あなたも最近蘭方医として有名になってきていますよね。少し協力していただけませんか」
「幕府の方が源内に協力を? まあ仕事に支障ない程度のことなら私も協力しますけど」
「それはありがたい。では説明しますが、今日本の経済はどん底です。倹約を勧めた享保の改革は失敗だったと私は思っています。今の日本に必要なのは倹約ではなく消費の拡大! それしかありません。私はこの『タヌマミクス』で日本の経済を再生させたいのです」説明する田沼。
「経済のことを私はあまり知らないのですが、具体的には何を?」と玄白。
「そこで『文化』だよ玄白くん。俺が遊びで芝居や寄席に行ってたと思うのか?」源内が割って入る。
「遊び以外の何ものでもないだろ」と玄白。
「いえ、あれは文化であり『興行』です。れっきとした経済活動です。私が源内殿にお願いしたのは、舞台演出、ステージプロデュースです。今日本の『浮世絵』は海外で高い評価を受けている。クールジャパンです。今、国内の経済活動を盛り上げるには最適です」田沼が説明する。
「そこで、ちまたで人気の浮世絵のモデルとなった女の子上位三人で、アイドルユニットを作って売り出そうとしているわけだ」と源内。
「先程の話の続きですが、まず今年の浮世絵人気NO.1のこの方。説明は不要ですが、栗まんじゅう屋の看板娘、お未来」
「ああ仕事を選ばないからな~あの娘も」玄白がつぶやく。
「続いてNO.2。幕府隠密方広報部、“ついったー”でも大人気、くの一お虞美」
「隠密で広報部とか、もうね。…ところでその“ついったー”ってのは何」玄白が問う。
「知らないのか玄白。短冊に140文字以内で短文を書いてだな、人の集まるところに笹を立てておいて、つるしておくとそれを読んだ人がリプライの短冊をその下につるす。今流行ってるんだ」源内が説明する。
「七夕みたいだな」玄白。
「そしてNO.3。吉原でダントツの人気を誇る花魁、芽依太夫。花魁は本来吉原から出られないのですが、それは幕府の力でどうとでも」田沼。
「芽依太夫! あいつ最悪だぞ! 高い金ばっかりとりやがって全然やらせてくれない」突然、源内が憤る。
「なんでそんなこと知ってんの?」玄白。
「え、いや…」口ごもる源内。「そんなことより玄白、お前確か三味線弾けただろ。バックバンドは今売り出し中の火消し『ぞ組』に頼もうと思ってるんだが、まだ面子が足りなくてさあ、ちょっとはいってくれない?」
「え…いいけど。お前は?」
「俺はこの南蛮渡来の『エレキギター』というものをやるよ。『エレキ』という響きがなんとなく気に入ってる」
さてライブ当日。源内と玄白は会場前の物販ブースで何かを売っている。源内が声を張り上げ、
「さあ今日のライブで演奏されるのと同じ曲がこのオルゴールディスクに入っているよ! そして今日は特別に、このディスク一枚につきアイドル一人と握手できる握手券をつけるよ! もちろん握手券の枚数だけ何回でも握手できるよ!」
「…源内、そうすると握手券をたくさん欲しい人は同じ曲のディスクを何枚も買うことになるんじゃないのか?」横でぼそりと玄白が聞く。
「そうだよ? それが何か?」本気で質問の意味がわからない様子で源内が聞き返す。
「…ああ…何でもない…。」ため息をつく玄白。
ライブが始まる。女性アイドルのライブなのでほとんどの客が男かと思われたが、意外にもバックの『ぞ組』や源内・玄白の人気が高く、男女が半々の入りであった。女性アイドル3人のコーラスに結局は源内と玄白もボーカルで参加する形となり、アイドル目当てで来た男性ファンにとってはちょっと肩をすかされた格好になったが、アイドル3人には握手会のイベントもあり、結局は男性・女性それぞれに盛り上がったステージとなった。
ここはライブの打ち上げ開場、居酒屋「かさね」。
握手会のため遅れてきた女性陣も集まり、最初に田沼があいさつをする。
「いやもう今日のライブは大成功でした。皆さまたいへんお疲れ、かつ大変ありがとうございました。これを機といたしまして、この田沼今後のタヌマミクスに粉骨砕身努力する所存で…」
「田沼ちゃん固い! みんな腹減ってるからもう食おうぜ!」源内が茶々を入れる。
田沼「はは、それでは…カンパーイ!」
全員「カンパーイ!」
「…だから源内さん聞いてます? 私はね、上様にガツンと言ってやったんですよ。倹約なんて言ってるようじゃダメだって…源内さん? 聞いてます?」座った目で田沼がネチネチと源内にからんでいる。
「あーもうその話500回くらい聞きましたって…いや俺、女の子と話したいんだけど…お未来とお虞美は二人で何やら『ぼうかろいど(注)の今後の展望について』とか話し込んでるし…しかしどーにかなんねーのかこの人、玄白なんとかして…」
源内が玄白を見ると、玄白は芽依太夫と何やら話し込んでいる。
それを見て源内は玄白の近くに行くと、
「玄白、お前固い奴かと思ってたけどけっこう手が早いんだねえ? いつからそんなに仲良くなってんの?」
「いや、めーちゃん、蘭学とか歴史とかいろいろ造詣が深いんだよ。だからいろいろつい話し込んじゃってさあ」
「あ、何? もう『めーちゃん』とか言ってんの? オフパコなの? このあとオフパコ行っちゃうの? うらやましーなこの野郎! いいなオフパコ…」
「源内どの…」
芽依太夫が源内に手招きをしている。
「ん? めーちゃん、何…」
源内が芽依太夫に近づいた瞬間、芽依太夫のアッパーカットが源内の顎に炸裂! ノックアウトする源内!
田沼が倒れている源内に近づき、カウントする。
「ワン! ツー! テン! カンカンカンカン、ウイナー、めーちゃーん!」そう言って、芽依大夫の左手を高く上げる田沼。
その直後居酒屋全体にこだまする歓声!
薄れゆく意識の中で源内はつぶやく。
「蘭樂☆KOTOHAJIME! 今後不定期につづくよ! 読んでね!…ガクッ」
つづく
(注)「ぼうかろいど」は、山羽藩の剣持秀五郎殿によって開発されたからくり歌声人形技術および、その応用人形です。
山羽藩が技術提供を許可する形で、伊藤栗饅頭店や幕府隠密方広報部「種戸院」から、「お未来」「お虞美」などに技術が伝承されています。
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