-欲望-
ふっと気がつくと、辺りは真っ暗で、人っ子一人見当たらない。どうやら、自分以外の生き物はこの辺り――少なくとも自分の視界に入る範囲内には――誰もいないようだ。
確か、自分は生徒に呼び出されて教室に行って、あのミクとか言う子供のことを言われて、それからわけのわからないことを言われて――。そうだ。あの二人は一体どこにいるのだろう?
あの眩いばかりの金髪と輝く青眼はこの暗闇で隠せるものではあるまい。
しかし、あの女子生徒――たしか、『カガミネ』とか言ったっけか――に胸の辺りを触られてから、不思議な浮遊感と異常なまでの吐き気が交互にやってきた。
今もあまり気分がいいとはいえないが、やはり先ほどよりかは落ち着いてきていて、軽く汗をぬぐった。
彼の名は、『カムイ』と言った。漢字で書くと、『神威』。
「一体、なんだというんだ…」
昔から、彼女を作るのに困ったことはない。寧ろ、彼女が増えすぎて、多いときでは一度に八人ほど、浮気をしていたこともあったが、あまりに面倒くさくなって全員と一気に別れてやった。
そんなこともあってか、大人になっても女癖の悪さは変わらず、教職員と言う職業にもかかわらず、暇な夜はバーやスナックを梯子し、まるでホストのように女を口説いているという、先生と呼ばれるべきではない生き様である。
「先生」
暗闇の向こうから、見覚えのある金髪が揺れながら自分に近づいてくるのに気がついて、神威は少し後ずさりをした。
「何だ、鏡音か」
「はい。鏡音、リンです。先生、結構凄いことしてますねぇ」
「何?」
「とぼけないでくださいよ。知ってるんです。先生の秘密」
「何のことを言っているんだ?」
怪しげなリンの微笑みに、思わず神威は聞き返した。
「女子更衣室とプールサイドに二台ずつ、隠しカメラがありますね。それをインターネットで公開してます。ハンドルネームは、『Song Doll』ですよね」
「何でそれをっ」
「まあまあ、そうカッカしないで下さい」
今にも襲い掛かりそうな勢いの神威を静止し、リンが笑顔を崩さずに話を続けようとして、これからそう話すこともなくなったのか、体勢をたちなおすとまた無邪気な笑顔ですっと右腕を持ち上げ、ぱちんと音を鳴らした。それを合図に辺りがぱっと明るくなり、二人を取り囲むように白いスクリーンが広がり、ながれるように映像が絶え間なく放映され始める。
その映像からりんは目をそらした。
「先生、破廉恥です」
「何なんだ、これはっ!?」
「分からないわけ、ないですよねぇ?だって、これ、全部先生の記憶ですもん」
「お前たち、何なんだ?こんなことして、ただで済むと思っているのか――?」
思い切りリンをにらみつけた神威を見て、リンは一度「くすっ」と笑うと、スクリーンに流れてきた記憶の一部に手を触れた。その辺りが一段と光りだし、リンの手には一本の剣が握られていて、滑らかなその刃、その切っ先は神威に向けられていた。
リンが触れた先は、授業のときの資料の写真の、剣が描かれている絵だったのである。
「絵が…実体化した!?」
「だってここは私の世界ですもの。私が思ったようになるんですよ、先生。さて、どうしますか?先生。白状してしまえば楽になれるかも…知れませんけど」
「何のことだっ!?」
「ダメですね、人間、正直に生きないと罰が当たるんですよ?」
そう言って、リンはまたスクリーンに手を触れた。しかし、今度は何かと取り出すのではなく、ぐっと何かをつかんだかと思うと、先ほどよりも強い力で引っ張った。
「先生も手伝ってください!私だけじゃあ抜けなくて…」
「な、何で…」
「おねがいしますっ」
「あ、ああ…」
勢いに押されて、とりあえず手を貸してやる。
「じゃあ、『いっせーのーで』で引っ張りますよ。いっせーのーでっ」
掛け声と共に、後ろに体重をかけ、リンが引っ張っている『それ』を思い切り引き出そうとして――
「…リン、終わったのか」
ゆっくりと目を開いたリンに、レンが静かに問いかけた。辺りはしんと静まり返り、恐ろしいくらいの静寂に、寧ろ鼓膜がひき千切れてしまいそうな悲鳴が、まだ耳鳴りのように耳元でリピートしている。
ひどく醜い悲鳴だった。まさか、自分たちが慕っている先生がこんなにも人として恥ずるべき人間であったとは、考えもしなかった。
「…うん」
「どうだった?」
「凄く…怖かった」
あの後、引き抜いたそれを目にし、神威は目を見開いて叫び声とも鳴き声ともつかない、まるで獣の遠吠えのような悲鳴を上げ、気を失ってしまったのである。引き抜いたもの、それは、神威の記憶の中にあった『初音夫妻の白骨遺体』だった。
初音夫妻はある日、忽然と消息を絶ち、それから数ヵ月後に学校の近くの山にビニール袋につめられて――それも、ズタズタに体中を切り裂かれた状態で――いるところを発見された。そのビニール袋の状態などから、つい最近埋められたのだろうということが判明し、それまで一体どこに保管されていたのかは謎であった。そして虫歯の治療痕などから二人の身元は判明したが、骨などの位置関係から自然な状態の遺体で詰め込まれたのではないだろう事がよくわかった。
二人の遺体は二百メートルほどの間を空けて掘った穴に押し込められていた、ということだが、どうも人一人でできるようなことではない。いくら夜中にやったとしても学校のすぐ近くと言うことで分かるように、都市部からそうはなれてもいない、夜中まで起きている人間は山ほどいる。骨になっているとはいえ大人二人の重量を、築かれないように迅速に移動しさっさと穴を掘って、それから骨を放り込んで、また土をかぶせて…。言葉で言うのは簡単だが、実際に行動に移すとなると大分重労働である。
まだ納得いかない部分は多かったが、リンはあえて口に出さなかった。恐らく、リンよりずっと頭のいいレンのこと、すでに気がついているか、勝手に納得できる考えを持っているのだろう。
「――じゃあ、帰ろうか」
「うん。…レン」
「どうした?」
ふっと立ち止まったリンに、レンが振り返った。
「私達…おかしくなっちゃってるのかも」
「へえ?」
「人骨を見ても全然怖くなかった。…神経が狂っちゃってるのかもしれないよ」
「…狂ってない神経なんてないだろ。人間、どっか狂ってんのが当たり前なんだよ」
「だから、先生みたいな人ができるんだ、って?」
「分かってんなら聞くな。さっさと帰るぞ」
「うん…」
気が進まないまま、リンはレンの後をついて歩き出していた。
おぼろげな月明かりが、壊れて消えかけた街灯の隙間から、二人をそっと照らしていた。
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ご意見・ご感想
癒那
ご意見・ご感想
だんだん札幌雪祭の日にちが近づいてきましたね♪
あとルカの誕生日も♪
リンとレンの雪像はないのかな~と思います
やはりミクだけなのかな~
すいません挙手できません!
私がリンとレンのように記憶屋とか心屋だったらよかったんですけど(/Д)
2010/01/27 17:18:15
リオン
癒那さん、確かに雪祭りも目前ですね!!
ルカの誕生日…二日ほど前まですっかり忘れていましたが。ごめんね、ルカ!!
リンとレンの雪像は…多分バランスがとりにくいと思います。
ミクはツインテールもありますから三点でバランスを取れますし比較的服も簡単ですし…。
あれ、挙手できませんかぁ…。
いまだに何を書こうとしたのか思い出せないです(汗
2010/01/27 17:23:40