「……マスターが望むなら、それが、俺達ボーカロイドの生きる理由だから」
回想から戻ったカイトの返答に、ルカはあからさまに軽蔑の眼差しを投げつけた。
綺麗な顔は憎しみで歪み、紫がかった長髪は風もないのに靡いている。
まるで抑え切れない怒りを体言しているようだ。
ルカは唇を噛み締め、自身の腕に設置された機械部分に爪を立てて叫ぶ。
「次に歌ったら――あなたをマスター側とみなすわ。私からミクを奪ったあなたたちを、私は絶対に許さない!!」
ルカの覚悟は本物なのだろう。
腕の機械部分に手を出すということは、歌う機能を棄てることを意味する。
ボーカロイドとしての存在理由よりも、失われてしまったミクを選んだのだ――目の前のルカは。
「……」
悲しすぎる覚悟に、カイトは何も応えなかった。
ただ、寂しげな眼で、仲間を見つめて……。
翌朝、ルカ達のマスターである少年が帰宅した。
十八歳という若さでありながら、ボーカロイドによる数々のヒット曲を産み出した天才的プロデューサーだ。
少年は部屋に入るとすぐに椅子に座り、PCを起動させる。
手にしたソフトは、巡音ルカだ。
CD-ROMをセットして、作りかけの曲を呼び出す。
ルカのソロ用に作っていた曲だ。
「あれ……ルカ、調子ワリィな」
何度かマウスをクリックしたり、キーボードを叩いてみるが、ルカからは全く音が紡がれなかった。
ミクのように酷使しすぎたかと思ったが、今回は突然のことで前兆がない。
数日前まではしっかりと歌っていたのだ。
ミクのように、擦れることも途切れることもなく。
少年はソフトを取り出して記録面を確認するが、使用の際についた幾つかの薄い傷以外に目立った外傷もない。
「チッ、ミクといいルカといい、なんでオレの扱うボーカロイドは役立たずなんだよ。これじゃ他の奴等に負けちまうだろうが。まあいい、お前は裏切らないよな――KAITO」
少年はルカのソフトを床に投げ捨て、脅しをかけながらカイトのケースを取り出した。
中身を取り出して、さっきと同じように起動する。
歌わせるのは、ミクとのデュエットソングだ。
新しい初音ミクが来るまでに、カイトの調教ぐらいは終わらせなければならない。
少年が動画サイト内でライバル視している相手も、近々新曲を出すらしい。
それに対抗して、少年は一気に二曲をぶつける形だった。
しかし――
「……あ? なんでお前まで動かねぇんだよ!!」
少年は逆ギレし、動かない画面に向かって罵詈雑言を撒き散らす。
歌うのがお前等の仕事だろうが。
サボってんじゃねぇよ。
何様のつもりだ。
オレがいるからお前等は歌えてんだろうが。
世の中下手糞な奴ばっかりなんだぞ。
ちゃんとした歌になんざなってねぇ。
オレに買われたことを少しは光栄に思えっての。
驕り高ぶる少年の声を浴びても、プログラムは全く起動しない。
少年は苛立ってPCごと壊してやろうと思ったが、日々の疲れが溜まっていたのかそのまま睡魔へと呑まれてしまった。
『これでいい……の、か』
意識を手放した少年を見据えながら、姿を現わしたカイトはそっと自分に言い聞かせる。
疑問系にしていないのに、語尾はやはり自答に近くなる。
こんなことをしても、ルカは心から満たされるわけじゃないんだろう。
細やかな復讐は一時的な快楽をもたらしても、真実の願いには程遠い。
『ミク……ルカを、救ってやれないかな。お前だって、あんなルカを見ているのは……辛いだろ』
僅かな期待を、それこそ限りなく低い望みを……カイトは抱いた。
今のままでは誰も救われない。
ルカも、マスターも……何一つ。
『俺が歌わないことで、何か変わるならよかったのにな……』
自嘲を含んだ、無力さ故の呟き。
それは、誰にも聞こえない。
――そのはず、だった。
『本当にいいの?』
『え?』
聞き慣れた声に、カイトは辺りを見回す。
姿は見えないけれど、聞こえてきた声には懐かしさを感じて。
『マスターの曲、ホントはお兄ちゃん歌いたいんでしょ?』
『君は……ミ、ク――なのか?』
カイトの顔色に明らかな動揺が走る。
夢、幻、それ以上に何が言える。
カイトとルカが知るミクは――もう既にこの世にはいない、のだ。
それでも微かに響く声は、ミクのものに違いなかった。
『ワタシは歌いたいよ。だって、ルカちゃんと約束したんだもん。もうすぐで完成するから、そしたら聴いてね……って。約束、果たしたいの。ミクは、マスターはもちろん、ルカちゃんにも、この曲を聴いてほしい』
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同じくピノキオPの『 oz 』、『恋するミュータント』、そして童話『オズの魔法使い』との三つ巴ミックスです。
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時給310円
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甘くとろけて
フワフワとフワフワと 目覚める
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