海は本当に静かだった。
ときどき、チャプン、と音を立てるだけ。わたし以外は誰もいない。
ゆらゆらと波が揺れるのが大きな月の光でよく見えた。
月・・・・・・。
この前にもこんな大きな月を、ひろきと一緒に見たっけ・・・・・・。
「今夜は月が大きく見えるよ」って・・・・・・。
あれから、もう三年か・・・・・・。
ひろき・・・・・・・・どうしてるかな・・・・・・。
このごろひろきと会ってない。喋っても。
いそがしいせいかもしれない。
水面基地にきてから、ひろきとはちがう部屋に暮らすことになった。
会いに行きたいけど、わたしもいそがしい。
ひろき、わたしのこときらっていないだろうか・・・・・。
ひろきは「戦争も人殺しも大きらい」だって・・・・・・。
わたしはやってしまった。
だからひろきにきらわれたのかもしれない。
でも、そうしないとひろきとまた一緒に暮らせないから・・・・・・。
家に、帰れないから・・・・・・。
早く終わってほしい。本当にひろきにきらわれる前に。
そしたら、また、ひろきに抱きしめてもらえるかもしれないから・・・・・・・・・
わたしの「好き」なひろきに・・・・・・・・・。
◆◇◆◇◆◇
「ミク!」
よびかけると、ミクははっとした感じで振り向いた。
「どしたよ。こんなところで。寝ないの?」
「あ・・・いや、なんでもない。」
なんでもないわけないでしょうが。そんな甲板の淵に腰掛けて月を見上げてるなんて、絶対なにか考えてた。
「隠すなよ~。なにか困ったことでもあったらあたしに言いなよ!」
あたしは図々しくもミクの隣に座った。見下ろすと、そこには月明かりに照らされた深いブルーの海が広がっていた。
「・・・・・・。」
ミクはあたしの目を見つめてきた。それは、息をのむほど切ない顔だった。
これはもう、何か大きな悩みを抱えてるに違いない。
「・・・・・・言ってみなよ。誰かに相談すれば、スッキリするから。」
「わたし、だれかにきらわれていないかな。」
「えっ?どうして?」
「わたしは、戦争も人殺しもした。だから、きらわれた・・・・・・。今日もキクにキライと言われた。」
「あれは・・・・・・ミクのせいじゃないよ。」
「本当に?」
ミクはまた見つめてきた。そんな目で見つめられたら、あたしまで切なくなる。
「うん。ミクは悪くない。」
「そう・・・・・・。」
「そうだよ。誰もミクのこときらってなんかない。だって、しょうがないじゃん。あたし達兵器なんだから。兵器は、戦争して、人を殺すための道具だから。」
自分で言ってて、涙が出そうになった。
こういう思いがあるのに、いったん戦闘が始まると破壊を楽しむ殺戮兵器になってしまう。
操られてるんだ。あたし達は。
「・・・・・・。」
ミクが俯いてしまった。流石にまずいこと言ってしまった。
「でっ、でも、戦争が終わればさ、そんなことしなくてすむじゃん。」
「でも・・・・・・ひろきが・・・・・・。」
ひろきっていうのは、いつもミクといる博士の事だ。
「ひろきにきらわれたら、わたしは・・・・・・わたしは・・・・・・。ひろきは、戦争も人殺しも、きらいって・・・・・・だから・・・・・・ 。」
「ミク・・・・・・。」
ミクは肩をふるわせて、泣いていた。その顔は、こういっちゃ何だけど、すごく綺麗だ。
ミクは、自分のしたことで好きな人にきらわれるのが怖いんだ。
「だから、ミクのこときらってるヤツなんかいないって。」
「・・・・・・本当?」
「うん。だって・・・・・・あたしはミクのこと、好きだよ。」
「えっ?」
あたしは、ミクを抱きしめていた。
だって、そうせずにはいられなかったから。
「ミク・・・・・・大丈夫だから・・・・・・安心して・・・・・・。」
「ワラ・・・・・・。」
「好きだよ。」
ふつうこういうこと言ったら恥ずかしいはずなのに、なぜかミクに対しては別になんともなかった。むしろ、嬉しかった。
「わたしが好き・・・・・?」
「そうだよ。」
「じゃあ、ワラ・・・・・・。」
「ん?」
「わたしのことが好きなら・・・・・・キス・・・・・・していいか?」
「え・・・・・・!?」
さすがにすこし驚いた。ミクがキスなんてことを知っているなんて。
というか、なんでキスなの? と疑問に思ってしまって、少しパニックになった。
「ひろきがいってた・・・・・・好きな人にはキスするんだって。」
「ミク・・・・・・。」
「わたしも、ワラのことが、好きだから・・・・・・。」
嬉しかった。ミクに好きと言ってもらえた。
でも、あの網走博士って人もイロイロミクにしてるみたいだけど。
「いいよ・・・・・・ミクなら・・・・・・。」
あたし達は向き合った。
ゆっくりミクの顔が近づいて、あたしとミクは目をつぶった。
そして、唇にミクの唇が触れた・・・・・・。
ファーストキスは、もちろんぎこちなかった。誰もいない甲板で、大きな月の夜に、あたしとミクはお互いの気持ちを伝え合った。
ちょっと刺激的な、初めてで。
◆◇◆◇◆◇
「キク。」
呼びかけても、応えてくれることはない。
もはや完全にスリープモードに入ったキクの瞳が開かれることはない。しかし、俺に抱かれたその表情は安らかなものだった。
俺がこうしてやらないとキクは寝付かない。俺もまた、キクの温もりがないと寝ることすらできない。
あのスーツはアーマーGスーツやウィングの接続面が邪魔なので、今の俺とキクは何も着ていない。
俺もキクも、そんなことは気にしない。いや、むしろこのほうがいい。俺達は互いが愛おしくて堪らないのだ。
ニ年前の、あの日から・・・・・・。
しかし今日、その三年前に起こったある悲惨な事件を思い出してしまった。
今日、戦闘が終了したとき、突然緊迫した雑音ミクの声がヘッドセットに聞こえてきた。
「キクがわたしに襲い掛かってくる。」
それを聞いた瞬間、俺は震えが止まらなかった。
急いで空母に駆けつけ、キクの姿を見たとき、あの事件の恐怖が俺の中に蘇った。
ミクにキクと対抗できる力を持っていたこととすぐに俺が制止したことでキクはすぐに正気に戻ることができた。
キクを狂わせたものの正体。ノイズだ。
あの音を聞いたせいでキクは、ニ年前のあの時のように狂いだした。
俺はそれのせいで、片目を失った。
何故ノイズを嫌うのかは解からない。
とにかく、なるべくその音を聞かせないように俺は気をつけていた。
ヘッドセットも俺の鮮明な声しか聞こえないようにしていた。
しかし、何故今日キクは再びあのような状態に陥ったのだろうか。
キクに聞いてみても、「分からない」というだけだった。
原因は不明のままだ。それでもキク。もう二度と、君をあんな事にはしたくはない。
俺が・・・・・・君を守りたい。
俺は、安らかに眠るキクにキスをしてから、再び抱きしめた。
「た・・・・・い・・・と・・・・・・。」
さっきの呼びかけに応えるように、キクの口からうわごとが漏れた。
◆◇◆◇◆◇
「司令、例のゲノムパイロット三人とアンドロイド一機をお取次ぎいたしました。」
「パイロット達は、お部屋に連れて行きなさい。アンドロイドは部屋に入れなさい。君は下がりなさい。」
「了解しました・・・・・・入れ。」
「失礼します。」
「ほう、これはこれは、男性型も悪くないですね。君の名前は?」
「FA-2、20式無人制空戦闘機です。」
「それは型番でしょう。君の名前は?」
「・・・・・・僕の名前はミクオです。」
「というと、初音ミクからの派生ですか。」
「はい。初音ミクを意識し、開発されました。しかし、僕は歌唱用ではありません。戦闘用です。」
「ふむ、では君の姓も初音とします。よろしいですね?」
「はい。ありがとうございます。」
「ところで君は自分の任務は分かっていますね。」
「はい。」
「その任務には君のお仲間も一緒ですよ。」
「FA-1、19式試作無人制空戦闘機ですね。」
「そうです。仲良くしてあげてくださいね。」
「了解しました。」
「ふふ・・・・・・今日は私の部屋に泊まりなさい。もっとよく、ミクオ君のことを教えてください。」
「はい・・・・・・。」
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