君恋る音(きみ・こうる・おと)
1.お代は39、640円なり(配送費無料) ③_2
ささき蒼衣(そうえ)
KAITOのユーティリティ(「VOCALOID Editor」など)をリビングダイニングにおいてある音楽用パソコンにインストールして、設定もほぼ終えた、という所で。
「…え?何これ…DNAデータの登録……?」
画面に現れた表示に葉月が首をかしげる。
「ああ、それは僕達試作機だけの設定ですよ。―えーと、マスターからDNAデータをいただいて、そのデータを登録する…んですけど」
「認証登録(アクティベーション)の一環ってやつだね。―えーと、じゃあ、血液…?」
KAITOの説明に葉月が座っていたパソコンデスクの前から立ち上がる。
「…って、マスター、どこへ行くんです?」
「DNAサンプルが要るんでしょ?だからナイフと消毒液とバンソーコーを…」
「ちょ、ちょっと待ってください、マスター!そんな事しなくて良いですよ!」
「…DNAのデータなら、口腔内粘膜細胞から採取できるって。」
あわてて葉月を止めるKAITO。蒼衣(そうえ)もさすがに苦い顔だ。
「――へ?…あ、そっか。」
「まったく、もう…びっくりしましたよ…」
葉月の肩を抱いた格好で向かい合ったKAITOが、そのままかがみ込むように、彼女と視線を合わせる。
「マスター・葉月。お願いですから、僕の為に自分を傷つけるような事だけは、やめてください。貴女が傷つく事こそが、僕にとっては、一番つらい事なんです。」
葉月を見つめる真剣な青い瞳。胸が痛くなる。
「―KAITO……ゴメンなさい。」
「謝る必要なんてありませんよ。」
しょげてしまった葉月に、KAITOが優しく笑いかける。
二人を見ていた蒼衣(そうえ)が、ほっと息をついた。
「じゃ、お二人さん。取りあえず、そこのソファに並んで座ってよ。」
「……えっ?」
「…先輩?」
きょとんとする葉月とKAITOに、蒼衣(そうえ)が苦笑して、取扱説明書を渡す。開かれていたページに目を落としたKAITOが、
「…え…?何だ、これ!?“推奨するサンプル採取方法―当該者(P-01α(アルファ)マスター)口腔内粘膜細胞より、P‐01α(アルファ)の舌による直接採取”………~~~っ!?な、な、な、な……」
手書きでワザワザ付け加えられたその一文を一目見たKAITOが、真っ赤になって絶句する。
「……これって、もしかして……」
――いや、もしかしなくても。
「KAITOに、ディープキスで私の口腔内粘膜細胞を採取しろ、って、事ですか?」
「……だねぇ……」
KAITO程ではないにしろ、顔を赤くして頭をかく葉月に、苦笑しまくりの蒼衣(そうえ)が答える。
「おっ、お二人とも!何を冷静におしゃべりしてるんです~~っ!?」
パニックになりかけのKAITOがわめいた。
「―や、別に冷静なワケじゃないんだけどね……」
「横で君(KAITO)がパニック起こしてるんじゃ、葉月さんもおいそれとわめけないって…。」
照れたような、困ったような葉月と、苦笑全開の蒼衣(そうえ)。『パニックを起こした』と指摘されてKAITOがつまる。
「……え、あ、あぁ……―う~……」
「―ま、取りあえず落ち着いて。別に他に手段がない、ってワケじゃないんだから、さ。」
「――はあ……」
蒼衣(そうえ)が、KAITOの背をポン、と叩く。ため息をついたKAITOが、手にした説明書のページに目を落として軽く眉根を寄せた。
「…これ、誰が書き込んだんだろう……主任じゃないのは解りきってるし……明月さんの字にちょっと似てる、かな……?」
「隆也君がこんな事書き込むもんですか。…立花さん辺りじゃない、そのどっかお茶らけた字は。」
「―ああ、確かに。言われてみれば、そうかもしれませんね………」
と、つぶやきながら、KAITOが横を見てみると…葉月の姿が見えない。
「あれ?マスター・葉月は…?」
「台所かな?…おーい、葉月さーん?」
キッチンスペースにいた葉月に、蒼衣(そうえ)が声をかける。KAITOも葉月のそばに移動する。彼女は、何やらもぐもぐとかんでいた。
「――あの、マスター?何をなさってるんですか?」
けげんそうに自分の顔を覗き込むKAITOに葉月が顔をあげる。もぐもぐやっていた口を止めて、かんでいたモノを何か包み紙に吐き出して、
「KAITOもかむ?チューイングガム。」
はい、と1枚ガムを手渡す。KAITOの手元を見た蒼衣(そうえ)が、
「―何々?“お口スッキリ、爽やかグリーンミントアロマガム”?……口臭予防のガムなんかかんでどーすんの。」
「どうするの…って、だって、余分な口臭はKAITOに失礼でしょ?エチケット、ってやつですよ。」
当然のように答える葉月に、KAITOが固まった。――口臭がうんぬん、と言う事は、つまり………?
「…―葉月さん、すっかりディープキス…“直接採取”乗り気なワケね。」
「えー、ま、そうですね。どうせなら、KAITOの“初めて”をここで一つ、もらっておこうかなー、と。」
にーっこり、と笑う葉月に、蒼衣(そうえ)が眉根を寄せた。積極的、と言えば聞こえはいいが……。
こりゃ、ブチ切れたかな。―いや、むしろ開き直ったと言うべきか。
何せ、朝から立て続けに葉月にとってはとんでもない事が起こったのだ。いい加減冷静でいるのも限度だろう。
「―ま、いいか。」
口の中だけでつぶやいて、蒼衣(そうえ)はKAITOの背中をばん、と叩いた。
「―じゃ、私は下に行ってるから。認証が終わったら降りてきて。」
「はーい、解りましたっ♪」
「…え……えぇ!?」
「KAITOも、男なら覚悟決めなね。じゃ。」
KAITOの腕をひょいっと取って葉月がにっこり敬礼する。軽くパニクるKAITOに再度苦笑して、蒼衣(そうえ)は、後手に二人に手を振った。
「―ホラ、KAITO、おいでよ。」
「…―え…っ?」
「ソファに座ろ。」
葉月がKAITOの腕を引いたままソファに連れて行く。そのまま二人並んで座ると、KAITOが葉月の顔をじっと見つめた。
「…あの…KAITO……?どしたの?」
何か気恥ずかしくなって葉月がたずねると、KAITOが、少し困ったように、
「マスター・葉月は…平気…なんですか……?」
「……えっ?」
驚いて目を見開いた葉月に、KAITOがぽつり、ぽつり、と、
「―…僕と…貴女は…今日、初めて会ったばかりで…しかも僕は…ロボットで…そんな…男と……その…」
「…いきなりディープキスなんかして平気か、って事?」
「………………」
顔を赤くしてうつむいてしまったKAITOに葉月は目を丸くした。こんな事を言うなんて……。
(―…すっごい可愛い……<はあとまーく>)
真剣なKAITOには悪いが、葉月は口元をゆるませる。彼の顔を下から覗き込んで、逆に問いかけた。
「KAITOは?私とキスするの、いやなの?」
「―そんな事っ!僕は逆に嬉しくって…貴女に触れられるのが…一緒にいられるのが、嬉しいんです。貴女とキスするのは、いやなんかじゃありません。嬉しいです。」
ばっと顔をあげて、真っ赤になりながらも必死に言い募るKAITOに、葉月は笑いかけた。
「私も、ね…私も、KAITOとキスするの…KAITOに触れられるの…嬉しいよ?出会ったばかりだとか、KAITOがロボットだとかそんな事関係ない。さっき、言ったじゃない。『KAITOの事が好きだ』って。」
「……マスター・葉月………。」
「―言ったよね、『KAITOの“初めて”が欲しい』って。KAITOの“初めてのキス”…私にちょうだい。―…私も…“初めて”…だから…。」
胸の奥の鼓動がうるさいくらいに高鳴るのを感じながら、わざと、少し甘えた口調で言葉を紡ぐ。終わりの方はかすれ気味になってしまった。頬が上気しているのが自分でも判り、また鼓動が早くなる。
――…上手く、笑えているだろうか…?
熱のこもった瞳で、愛おしげに葉月を見つめていたKAITOの答は、瞳に込められた熱と同じくらい、…いや、それよりも熱い抱擁だった。
「……――葉月……」
「……KAITO…… 」
KAITOが葉月を抱く腕に力を込めた。そのまま、葉月の首筋に自分の顔をうずめる。
「……葉月…葉月……」
葉月を抱きしめながら、KAITOがその左頬を葉月の左頬にすり寄せた。……葉月の体に回されたKAITOの腕が、優しく彼女の肩を抱く。青い瞳が、まっすぐに葉月の瞳を捕らえた。強い想いと激しさが葉月を射抜く。
――息を詰めた瞬間、KAITOの唇が、葉月のそれに合わせられた。
…何度も何度も、触れる角度を変え、唇を重ねる。重ねるたびに深くなっていくくちづけに、目眩がした。唇ばかりではなく、葉月の頬に、額に、伏せられたまぶたに、KAITOのキスが落とされる。彼の声が、甘く葉月を呼ぶ。
KAITOがしっかり葉月を抱きしめていなければ、彼女はもはや体を起こしている事すらできないだろう。
「――……葉月……」
「…う…ん……っ…KA…ITO……」
KAITOの唇は一度離れ、優しく、甘く、彼の声が葉月を呼ぶ。
葉月がうっすら目を開けたせつな、再びKAITOのキスが葉月の唇に降りる。
……何度も、何度も、繰り返されるくちづけ。
――葉月の全てを、奪いつくすかのように。
葉月がKAITOの胸にもたれかかると、彼は、左腕でゆったりと葉月の背を抱いて、右手で優しく髪を撫ぜた。ついでに、額に軽くキスを落とす。
「……ずるい。」
「―えっ?」
葉月がぽつんとつぶやいた一言に、KAITOが彼女の顔を覗き込む。彼女は彼の胸にもたれたまま、
「私がKAITOの“初めてのキス”をもらうつもりだったのに、逆に、KAITOに、私の“初めてのキス”を取られちゃった。」
――すねたような言葉に、KAITOがくすくす笑い出す。
「―あーっ、笑ったぁ!KAITOってば…!」
「ご、ごめんなさい。―でも、その件に関しちゃ、お互い様なんですよ。…僕も貴女に…葉月に“心”を奪われちゃいましたから。」
―顔をあげてKAITOに起こってみせた葉月が、その一言で真っ赤になった。うつむきがちにKAITOのコートを両手でつかんで、ぽつりつぶやく。
「……KAITOってば、……すっごい、キザ。」
「…どういたしまして。マスターほどじゃないですよ。―認証登録(アクティベーション)、済ませちゃいましょうか。」
再びパソコンの前に向き直る。KAITOがデータを送信している間、画面を見ていた葉月が、ぽつり、とつぶやいた。
「――…何か…これって婚姻届け出してるみたい。」
…小さくつぶやかれた声は、KAITOには聞こえないか…とも思えたが。次の瞬間、彼の顔が真っ赤になった。…やっぱり、しっかりと聞こえていたらしい。
「―データ送信、終了しました。」
「OK、認証登録(アクティベーション)、全て異常なく終了――、と。」
システムを終了させた葉月が、立ち上がって、KAITOに向き直る。
「ね、KAITO。…私、がんばるから、ね。
KAITOが、私が…“西荻葉月が自分のマスターでよかった”、って思えるように、精一杯、がんばるから。
―だから…ずっと、私と、一緒にいてね。」
「――はい!」
かすかに目を見張ったKAITOが、次の瞬間、心底嬉しそうにわらった。
〈君恋うる音1.―End〉
君恋る音(きみ・こうる・おと)1-③_2
君恋る音(きみ・こうる・おと)1-③の後編です。(変な言い方ですが…文字数制限にひっかかっちゃったもので)
1話目はこれで終了。2話目以降はただいま執筆中です。
尚、自サイトにもあげてますが、ピアプロヴァージョンは多少文を削っています。
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