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 両袖のある茶褐色の執務机は、主の体格に比してかなり大きい。机上は海兵の寝床ぐらいのスペースがあり、B5のノートブックと羽根ペン以外には、余計な物品はない。

 室内の調度は前政府から接収した当時とほぼ同じである。ただ、いくつかの肖像画を波音リツが持ち出して、代わりに旧政府が発行した国債証書を大量に持って帰ってきた。革命派を支援した資産家を恫喝して莫大な額面の証書と肖像画を交換させたというから、恐ろしい。

 画を描いたのは欲音ルコである。あれはメディソフィスティア僭主討伐戦争の時に二重スパイの役割を果たし、その功績で正統政府派と革命派のどちらに付くか選べた。今では肖像画償還事件と呼ばれる一部デフォルトを革命派に強行したのが、欲音ルコの返事となったのだ。

 後に敗退していく革命派が演じた醜態を思えば、欲音ルコが革命派をどのように見ていたのか、片鱗であれよく見えてくる。旧時代の権力者が一斉に隠遁し、成り代わろうとした革命派は欲音ルコが組した謀略の流れを食らい凋落した。見捨てられた国家の頂点に立ったのが、今のUTAU軍政を取り仕切るUTAU国家連合軍という訳だ。

 メディソフィスティア僭主討伐戦争の革命派、マクベス王派などとも揶揄される集団は、潜在化して今でも国家転覆の野望を捨てていないらしい。初音ミクや重音テトのような第一世代「VOCALOID」が、権力に肉薄した革命派の最大の誤算だったのだろう。

 「歌を兵器に、か」

 「VOCALOID」はメディソフィスティア僭主討伐戦争の欺瞞を暴露し、革命されるはずだった旧世界は少しだけ人類に譲歩して新世界となった。それでも、生き残った私達は旧世界のルールでメディソフィスティア僭主討伐戦争のツケを支払い続けなければならない。結局は――。

 「蒼音元帥大将閣下、失礼致します」

 執務室のドアが突然開いた。憲兵隊長が2名、両開きのドアをそれぞれ開き、10名がアサルトライフルの銃口を下に向けて部屋の両脇に並んだ。2名の憲兵隊長が敬礼する。

 「うん。お仕事ご苦労様」

 平然と労うと、開いていたノートブックを閉じた。2名の憲兵隊長はそれぞれドアを抑える位置で間隔を開け、直ぐに無表情の桃音モモを先頭に、両手をホールドアップした重音テトと、テトにアサルトライフルを突きつけて3名の守衛が続いた。

 「蒼音元帥大将閣下のご命令により、重音テト上級大将閣下に出頭願い、本日お連れ致しました」
 「あー、生死問わずの連行命令まだ解除してなかったね」

 3日前に逃げられた時に流石に激昂したのを、桃音が参謀長として色々立ち回ったから、上級大将が軍事法廷に掛けられるとかいう事態は回避できた。だが、この期に及んでまさか桃音をマジギレさせるとは、テトの奴本気でぱない。

 「あー、重音テト上級大将閣下ですー、今後おみしりおきおー」
 「蒼音元帥大将閣下、重音テトの即時射殺の許可を願います」
 「桃音大佐、ここではちょっと許可は出せないかな」

 憲兵の一人が帽子を直す仕草をしながら俯いた。蒼音やテトがただ一勢力を従えていた頃、こういうやり取りで余裕を部下に示していたのを思い出す。昔の勘は鈍っていないが、ここで畳み掛けるのはやりすぎだと思った。

 「大体お見知りおきをって、このやりにくそうな憲兵の誰が知らないって言うんですか!」

 桃音が耐え切れずツッコんだ。軽いキレ系のボケを挟んで時間差でツッコミを入れるとか、かなり殺しにかかってる。憲兵の誰かがうめき声のような声を漏らした、その時。

 「蒼音元帥大将閣下、憲兵司令部は第1憲兵隊と第4憲兵隊の訓練を具申します」

 場が凍りついた。発言したのはドアの位置にいる蒼音タヤから向かって左の、憲兵司令官と第1憲兵隊隊長を兼任する少将だ。

 「あ、ああ。唐突だけれども、任務に支障をきたさなければ少将の裁量で実施して構わないよ」

 やっちまったかという空気とかが執務室を満たす。この少将、憲兵向きの才能があり、UTAUの法務は検事並みに熟知しているので蒼音でもなかなか手こずる。今の場合、まあ憲兵司令部が隷下の部隊を訓練するからといって、他に何も言いようがない。

 「では、失礼致します。憲兵全員、私に続いて整列して隊列を維持せよ」

 退出したかと思ったら、一瞬だけスタンディングスタートの姿勢で止まった。一瞬だけですぐ視界から消えたから分からないが、続いた憲兵達の慌てようで本気度は察することが出来た。少将はレンジャー出身で、目を負傷して憲兵隊に移った経歴がある。おそらく5時間は走るだろう。

 「私も宜しいでしょうか、本日は」

 桃音参謀長が呟く。

 「ああ。ご苦労。書類仕事はどれくらい進んだのかな?」
 「今日までの分は終わりました。宜しいでしょうか」

 疲れ切った目で催促されると、とてもいたたまれない。

 「ああ、休暇は君の裁量で取っていいと思うよ。お疲れ様」
 「はい、お疲れ様です」

 桃音モモは取り残された守衛に手で指図して、出て行った。守衛が敬礼してドアを閉めると、執務室は蒼音タヤと重音テトだけになった。

 「組織が大きくなると、冗談もなかなか言えないな」
 「例えば、チャップリンと同じ舞台に立って同じくらい冗談が言えるなら、ここでも一緒だろうね」
 「そうだな、蒼音。観客がいるならともかく、チャップリンとサシだと度胸がいるなあ」

 重音テトの目が冷酷な色に染まる。

 「なあ、蒼音タヤ、『艤装攻響兵』とはなんだ」
 「『彼女』は元気だったのかな?」
 「ああ、『「VOCALOID」と見紛う位には』、な」
 「君が殺さないとは、予想外だったね」
 「何故知っている」

 蒼音タヤは何もいわず、人差し指で耳を叩いた。

 「お前もか」
 「まあね。弱音ハクがかんできたから、君が接触するまで眠れなかったよ」
 「だろうな。柔らかいベッドで一晩眠れなかったとは、よっぽどの話だ」
 「耳が痛いね。クリフトニアはどうだった?」
 「一言で表すには難しいけど、窮屈な譲り合いは板についてたよ」
 「なるほどね。でも」
 「分かっているが、テイはとても厳しい状況だよ」
 「うん……、そうだろうねえ……」
 「テイの件はテイ次第だ。ショートエコーも遮蔽されていることだし」
 「もしかして、長い話になりそうかな」
 「ああ。今日の夕食は諦めるんだな」
 「覚悟しておこう」

 窓の外は赤く染まっていた。薄い月が、紺色の中に留まっている。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

機動攻響兵「VOCALOID」第5章#7

時間消化回とかぶっちゃけてみたり_(:3」∠)_.

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投稿日:2013/05/10 20:54:19

文字数:2,720文字

カテゴリ:小説

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