この先、亜種?が登場します。苦手な方はお気をつけて。








 それから2日間。

 リビングのソファに腰掛け雑誌を捲るカイトに、優希が緊張した面持ちで話しかける。クーラーがよくかかった室内の筈なのに、その額には玉の汗が流れている。
「・・・・なぁ、カイト」
「なんだようっせぇな」
「ごっ、ごめん・・・・。今日日曜だから、・・・一緒に買い物行こうかなー、って思って・・・」
 カイトは雑誌をパンッ、と両手で挟んで閉じて、強張った笑顔の優希を一瞥し、一言。
「絶対イヤ」
 歪な笑顔のまま固まった優希を置いて不機嫌そうにリビングを去っていった。
「やれやれ、本当に困った子だね。彼は」
「カイ兄きちくー」
「まぁ、あと1日ですから頑張ってください」
 優希の背後になる玄関方面から、当たり前といった様子でマオとリンとレンの3人がフォローをした。
「いつの間に入ってきたんだお前ら・・・・。六道君、また合鍵作ったの?」
「失礼な!優希の御義母様に申請して頂いた公認の愛だ」
「肝心の本人にはその事実が伝わってないんですけど・・・?!」

2日間は重苦しく優希にダメージを与えつつ去っていった。


‐‐‐Just a moment.‐‐‐


「それにしても、本当に厄介だね」
「まったく。どうしたらああなるんだか」
「案外、カイト君の深層心理も関係しているかもしれないけどね」
日曜日の夕食の後、例の如くカイトが出て行ったリビングで優希とマオは3人掛けのソファに腰を下ろしてくつろいでいた。優希が必死にテレビゲームで遊ぶリンとレンを眺めていた漆黒の瞳を動かしてマオを見遣ると、マオは気障な仕草で腕を組んだ。
「どういう事?」
「この前の夕食の話なのだが、ほんの少し喧嘩になりかけてしまってね。今思えば私も随分と大人気無かったな。もっと自分を律せれるようにならないといけないようだ」
「・・・カイトは何て言ったの?」
 話して30秒もかからないうちに軌道が逸れはじめたマオの話を優希は軌道修正させる。マオが「ああ、そうだったな」と仕切り直してコホンと一つ咳払いをした。
「そうだねぇ、言われた事を要訳すると、『苦労もして無さそうなお坊ちゃまが。お前を見ているとイライラするから消え失せろこの変態気障男』・・・といった感じだ」
 優希は何もリアクションを示さず、ただぱちぱちと2回瞬きをする。薄い反応の表情のまま、
「・・・・・・マジで?」
 もはやキャラ崩壊並みの驚きの言葉を口にした。
「マジもマジさ。さすがの私もむかっ腹にきて一触即発の事態になってしまった。未遂だったけれどね」
 マオは手で無意味なジェスチャーの動きをしながら愉快そうな口振りで話し笑うと、それを見た優希が安心したように肩の力を抜いた。
「良かった。・・・でも、それがカイトの深層心理とやらと関係あるの?」
「そりゃあ、カイト君が私を脅威と捉えていれば当然の事ではないかね?」
 マオが自信たっぷりに胸を張っても、優希は首を傾げる。
「何でカイトが、六道君を脅威に感じるの?何かトラウマになる事でもした?」
「だってほら、私は優希を愛しているから「私がカイト以外を選ぶことなんて、絶対、無いのにね?」」
 優希は満面の底冷えする笑みで、マオのどさくさに紛れた告白を一刀両断した。
マオは「そんな断言しなくてもいいではないか」とまったく凹んだ様子もなく口を尖らせるが、優希はそれすらも聞き流す。
「・・・それよりもその理論だと、まるで私がカイトに避けられるような事したみたいじゃない」
「してしまったのではないのかい?案外そういう悪癖は自分では気付けないものだぞ」
「するわけ無いじゃん。六道君を呼ぶまでにした事といえば、せいぜい手首切っただけなのに」
「いや、それも大概駄目だろう」
 マオは肩を竦めて眉を顰める。
「カイト君だって普段のストレスや君には言い辛い不満だってあるのではないか?カイト君はよく出来た子だし、案外本人も意識せずに我慢をしていた可能性もあるだろう。君もカイト君も、そういうところはよく似た所だと感心してしまうよ」
「それが今回の事で、タカが外れちゃった、ってことかな?元々『アルの手紙』は感情を弄る作用があるから、あり得ない話じゃないね」
 マオが早口で捲くし立てる仮説を、優希は真剣な面持ちで頷く。そしておもむろに、悲しそうな表情を浮かべて視線を落とした。
「もしそうだとしたら、けっこうショックかな。あそこまで露骨に避けるほど、・・嫌われてるとは思わなかったし」
 不自然に言葉を躓かせた優希に、マオは「へ?」と間抜けな声を上げて動きを止めた。そして、まるで都市伝説上の生き物を見るような眼で優希をジーっと見つめる。
「え・・・、何なの?その反応」
「いや、何と言うべきか・・・。成程成程、君達って苦労しているのだな。色々と」
「ねぇ何?その全てを悟った感じの優しげな笑顔。何に気付いたの?! 教えてよ!」
「絶対イヤだね!精々悩んでおけばいいさ。私だって嫉妬くらいするからな」
 頬を膨らませてそっぽを向くマオに、優希がますます分からないと言いたげな顔で「何に嫉妬してるの?」と溜め息をついた。


‐‐‐Just a moment.‐‐‐


 月曜日の暑い日、短針が2時を過ぎた昼過ぎ。優希とカイトは、『病院』にいた。
 『病院』と呼ぶVOCALOID専門のメディカルサポートセンターで一通りの診察を済ませ、優希とカイトは白い壁と鈍色の機械に囲まれた診察室で安そうなパイプ椅子に座っていた。その2人の前には、無精髭を生やした若そうな白衣の男性が向かい合って座っている。
「・・・・今、何て言いました?」
 優希は震える声で、言葉を紡いだ。
 優希は普段から色素の無い顔をさらに青白く染めて、細い身体を弱々しく震わせ続ける。それは決して半袖のワンピースや冷房が効きすぎた院内のせいではないだろう。隣に並んで座るカイトは、事態を飲み込めていない唖然とした表情を浮かべている。
あるいは、受け入れられないでいるのかもしれない。
白衣を着た医者は、淡々とした声で、それでも若干の憐みを含んだ声色で優希の要望に答えた。
「大変辛いかもしれませんが・・・。そちらのボーカロイドにかかっている『アルの手紙』のウイルスを治療する事はできませんでした。今の時点で、治療できるワクチンはありません」


「ふざけているんですか・・・?」
 優希の腕は一瞬伸びたような錯覚を起こすほどに素早く、医者の襟首を絞めるように喰らいついた。
「『アルの手紙』に使えたワクチンが効かないってどういう事なんですか?それじゃあカイトにかかっているのは一体何なんですか?・・・あれが『アルの手紙』じゃなかったら何なんだって訊いてるんだよ!」
 怒りを露にした形相を浮かべ、優希は渦巻く感情を吐き出そうとするような怒声で医者を問い詰める。医者は優希の迫力に気圧され、怯えの混ざった困惑の表情で声を絞り出した。
「お、落ち着いてください。診察の結果、『アルの手紙』には今までに無かったプロテクトが上書きされていました。だから現存のワクチンでは治せないのです」
「ワクチンは作れないんですか?」
「そ、それは・・・。もう少し透析を進めないと・・・・・」
 それは暗に、希望は薄いと言葉少なに語っていた。
「落ち着けよ。マスター」
 今まで沈黙を保って俯いていたカイトは、パイプ椅子に座ったまま呟くように優希を制止した。
 優希はその言葉にビクリ、と肩を跳ねさせ、無感情の顔を悲痛に歪める。手はシワが残るほどに握られた白衣の襟首からゆっくりと離れ、力無くだらりと垂らされた。
「・・・ずっと、カイトはこのままなんですか?」
 医者はシワが付いた襟も正さずに、「すみません・・・・。全力は尽くさせてもらいますので・・・」と頭を下げた。
 優希は医者の姿に僅かだけの冷静さを取り戻したのか、苛立ちを吐き出すように溜め息を1つつく。それでも滅多に感情を露にしないはずのその表情からは、疲れと不安が混ざった色が薄く浮かんでいた。
「・・・・。おい、マスター」
 カイトは急に、いつものイライラとしていそうな口調で優希に話しかけた。優希はカイトを振り返り、幼い仕草で首を傾げる。その表情からは、先ほどの感情が掻き消えたかのように見える。
「どうしたの?カイト。・・・心配しなくても、私が」
「さっさと捨てちまえよ。俺も清々する」
 優希は開いた口のまま、硬直した。
「もうウンザリなんだよ、お前みたいな馬鹿の世話をするの。べたべたしてくるし家事やら何やらこき使うし。ボーカロイドは召使いじゃねぇってんだ」
 優希はゆっくりと2回だけ瞬きをする。何も分かっていないような感情の無い表情で、首だけはゆるゆると横に振りカイトの言葉を否定する。何かを言おうとしたのか、喉からはひゅっ、と空気が洩れる音が聞こえた。
「そんなに嫌なら、また『KAITO』買えよ。きっとそいつならへらへら笑って言う事聞いてくれると思うぜ?皆似たような作りしてるんだからな。はい決定」
 それじゃあな、とカイトは立ち上がる。そのまま足を、部屋の出入り口に向けた。と、かくん、とその姿がぶれて止まる。
 カイトの袖の端を、優希の小さな手が掴んでいた。
「・・・・カイト、嘘なんだろ?」
 無表情の口が、笑うように弧を描く。ただそれは不器用に、笑みと取れない形に変化する。
「うんざりって、嘘だよな?カイトは・・・私を、嫌いにならないよな?・・・・・カイトだけは、私を捨てない、って。やくそく・・っした・・・・」
 優希は、歪な笑みで笑う。その黒い双眸には、涙は浮かんでいない。
 だがその瞳は、感情が欠けたように虚ろだった。
 泣いてしまいそうな主の顔をカイトは鼻で笑って、口端を吊り上げた。
「そんな約束、忘れちまったよ」
 小さな手を振り払う。
 カイトは部屋の唯一のドアを開けて、乱暴に閉めていった。顔の位置に張られた硝子が割れてしまいそうなくらいにビリビリと揺れるドアを見つめて、優希はぺたんと地べたに座り込む。
「・・・・・・・・・・・あ、・・・?」
 瞬きするのと同時に、一粒の雫が漆黒の瞳から零れる。雫は頬を伝い、顎から落ちて淡いラベンダーの色のワンピースに濃い点を作る。
「・・・・ぁ、あああああぁあああああああ゛あ゛ぁあああ!!!」
 優希は喉が潰れてしまいそうなほどに、絶叫した。
 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

Error.―深刻なエラーが発生しました― Third


・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・前のバージョンに続きます。

閲覧数:384

投稿日:2009/08/21 03:19:12

文字数:4,316文字

カテゴリ:小説

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  • 秋徒

    秋徒

    その他

     はい、いつぞやの柏餅ラブなネギ娘です!←
     今晩は。時給さん。読んでいただきありがとうございます^^
     実を言うと、元々柏餅の2人は今回の作品で出そうと思っていたのです!分かってもらえて何よりです。ヒントは出せません。なんせ、時給さんなら本気で先読みしてしまいそうなので・・・;; 恐ろしい人ですよ、貴方は!
     今作は今までよりもシリアス寄りで始めたので、壮大な話に展開するつもりです。最終的には、『最凶プログラマー安藤六花 vs 六道マオとヤンデレな仲間達』みたいな・・・・え、主役が違う?だって六道の方が主人公っぽi、うわなにするごめんなさ(見せられないよ!

     次回は早めにあげれるといいな。ありがとうございました!

    2009/08/23 23:50:15

  • 時給310円

    時給310円

    ご意見・ご感想

    いつぞやの柏餅なネギ娘!? ←(もっとマトモな覚え方は……

    はいこんにちは、秋徒さん。読ませていただきましたー。
    いやはや、5月5日の話がまさかここに繋がって来るとは、何という遠大な伏線w
    ん? そういえばあの時の関西弁のマスターも女だったような。A.Rこと安藤六花なる人物も、名前から察するに女ですよね? ん? んんん~?
    まだ推測の段階なんで余計な邪推はナシにしますけど、ヒントはけっこうあちこちにあるのかな、と。
    それにしても今回は随所にドラマがありましたね。前半ではマオと優希の珍しくシリアスな会話(ここ、いい雰囲気だったのになぁ……w)と、カイトの辛辣な態度と優希の悲痛な嘆き。後半はその暴言を吐いたカイトが見せる、優希に取った態度とは矛盾する言動。『ロクドウ外科病院』などという、マオと因縁浅からぬ病院も少し出てきましたね。
    そして極めつけは、いつぞやの柏餅なネギ娘の登場! ←(いやだから……
    改造版『アルの手紙』、カイトの矛盾した言動、いまいちそれっぽくない電子の歌姫。これらがどう絡んで行くのか、そしてマオの活躍やいかに!?w
    ますます面白くな?C

    2009/08/22 00:36:58

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