次の日の夜、リンがレンにパンをあげにやってくると、レンは水面から顔を出して、リンに言いました。
「リン、今すぐ水の中に手を入れて!」
リンは驚いて、辺りを見回しました。それはそうでしょう。でも、辺りを見回しても、誰もいません。
「……今喋ったの、誰?」
「今、君の目の前にいるよ」
レンはもう一度、声をかけました。リンが、まじまじとレンをみつめます。
「お魚さん?」
「そうだよ。だから、早く水に手を入れて」
リンはまだ驚いているようでしたが、水に手を入れてくれました。その瞬間、リンとレンは、例の、不思議な部屋の中にいました。
「ここ……どこ……?」
リンはびっくりして目を見開き、部屋の中を見回しました。それから、おそるおそるテーブルに近づきました。テーブルの上には、湯気の立つスープやふっくらしたパン、焦げ目のついた焼肉に新鮮な果物といった、美味しそうな料理がずらっと並んでいます。
「お魚さん、何がどうなってるの?」
「ここは、君のためだけの部屋だよ。君は僕にずっと親切にしてくれたからね。だから、これはそのお礼。さ、冷めないうちに食べなよ」
リンはテーブルの上の料理を見て、目を丸くしました。
「どうしたの、これ?」
「それは気にしなくていいから。お腹が空いてるだろう?」
リンはしばらく、そのままそこに立っていました。ですがレンが重ねて「食べなよ」と言うと、椅子に座って、食事に手をつけました。
「美味しい!」
「良かった。好きなだけ食べて」
よほど空腹だったのか、リンはすごい勢いで食べ始めました。きっと、まともな食事をするのも久しぶりなのでしょう。レンは嬉しいような、悲しいような、そんな複雑な気持ちで、食事をするリンを眺めていました。
「……ごちそうさま。美味しかった」
やがて、リンは食事を終えました。テーブルの上の料理は、きれいになくなっています。空になったお皿を見て、リンははっとなりました。
「あ……一人で全部食べちゃった……」
「いいんだよ、それは君の分だから」
「でも、お魚さんは?」
「僕は、君がくれるパンがあればいいんだよ」
「本当に……こんなのでいいの?」
リンはそろそろと、持ってきたパンを取り出しました。ここで見ると、ひどくみすぼらしく見えます。
「それでいいんだよ」
リンはいつものようにパンを細かくして、レンにくれました。間近で見たその白い手は、痛々しいぐらい荒れていました。レンは胸の痛みをこらえ、リンに言いました。
「君の事情は全部知ってるから。夜だけになるけど、ここで過ごすといい。そこの棚に薬があるから、まずはそれで傷の手当てをして」
レンには、口で指示を出すしかできない自分が、ひどくもどかしく思えました。人間の姿だったなら、自分の手で手当てをしてあげることだって、できたはずなのです。なのに魚の姿でいるばかりに、そんなことすら、してあげられないのですから。
リンは薬の容器を取ってくると、それを傷に塗りました。これも何らかの魔法の薬らしく、リンの傷はすぐにふさがり、荒れていた手も滑らかになりました。
「すごい! お魚さん、どうしてこんなことができるの!?」
「それを説明するのは難しいし、長くなってしまうよ。君は疲れてるだろ。だから、そこのベッドで休みなさい」
リンはベッドを見て、首を横に振りました。
「それはできないわ。わたし、朝になったら仕事に戻らないと」
「ちゃんと仕事までに起こしてあげるよ。誰にも気づかれない、早いうちにね。だから、そこでお休み」
リンはまたしばらくためらっていましたが、お腹がいっぱいになったことで眠気が襲ってきたらしく、ベッドに入りました。そして、数分と経たないうちに、安らかな寝息を立て始めました。
レンはテーブルの上の水盤の中から、眠っているリンを眺めました。リンの顔には、疲労の色が濃く浮かんでいました。ここで眠ることで、少しでも疲れが取れるといいのですが。
その夜、レンは一晩中、リンを眺めて過ごしました。夜が明けると、レンはリンを起こしました。
「おはよう、お魚さん」
「おはよう。朝食が用意してあるよ。残念だけど、ここは夜しか入れてあげられないんだ。だから昼間はあそこに戻らないといけないけど……」
リンはくすっと笑って、首を横に振りました。
「大丈夫よ。……ありがとう、お魚さん。夜になったら、また来るね」
リンは朝食を食べると、また、あのお屋敷へと戻って行きました。レンは辛い気持ちで、リンを見送らねばなりませんでした。自分ができるのは、それだけなのです。
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