誰もいない
僕しかいない空間で
何も知らずに生きていけるのだろうか。
――ジャクスン・たまらんP/「I'm alone」説明文より
しとしとと、雨が降っていた。駅前のロータリーを歩く私は鞄の中に折り畳み傘を持ってはいるものの、屋根のおかげで今のところ使う必要が無い。まだ夕方だというのにあたりは薄暗く、髪は湿気を含んで気持ち悪かった。まぁ、雨天なのだから当たり前だ。道行く人の顔は暗く早足で、目的のバス停に並ぶ背中の数も普段の倍近くあった。今日は座れないな、と思って少し憂鬱になる。先ほどまで乗っていた電車で三十分ほど立っていたから、それが十分程度増えたと思って我慢するしかない。
列の最後尾に並ぶとすぐにバスが来て、皆乗り込んでいく。私もそれに習った。思った通り座ることは出来ず、仕方なくつり革をつかんで外を眺める。窓の内側は曇っていて外側はうまくは見えないが、たくさんの水滴が流れ落ちているようだった。単純そうに見えて、複雑な軌跡。それを見ているうちに、どこか場違いなブザーの音が鳴り響いてドアが閉まった。
私は、目を閉じて、そして、目の裏に光を発見する。星のように、ちかちかと光って、確かな、しかし、曖昧な光源。先ほどまで見ていた風景の中に、瞼を通してまで見える強烈な光なんてものは無かったはず。不思議に思いながらもゆっくりと目を開く。それに呼応するかのように光が強くなる。
目を開ききったと同時に、ぐっと頭に妙な力が働いたような感触がして、
私は世界を失った。
白い、と思った。次に、部屋だと思う。壁に小さな窓があって、白いカーテンがかかっていた。そこから青みがかった光が差し込んできていて、部屋は全体的に青いフィルターを通したかのような色。私は壁際で横向きに寝転がっていた。体を起こして辺りをうかがう。十畳ほどの広さで、ドアは無く、他に誰もいない。音も聞こえないし、暑くも寒くもない。ふわりとカーテンが揺れた。立ち上がって窓に近寄るとはめ殺しで開かない。それなのに風があるかのようにゆらゆらとカーテンは動いていた。
窓の外には、見覚えのある景色が広がっていた。バスの中、知っている服装の頭頂部。即ち、先ほどまで乗っていたバスの天井から私を見下ろしている形だ。おかしい。バスの天井に十畳の部屋があることもおかしいが、私が私を見ているという状況、構図は見下ろしているというのに、今の私自身から見ればあちらが壁に立っているという状態がありえない。
幽体離脱、という言葉が頭をよぎったが、しかし、それなら部屋があるのはどうしてか。こんな現象は体験したことは勿論聞いたことも無かった。窓の向こうの私はぴくりとも動かない。
さて。
困った。
感想はそれだけだった。
私はこんなありえない状況に対して、どこか冷めていた。もっと動揺するべきだというのは分かっているが、何も感じないのだから仕方が無い。怒りも悲しみも無い。分からない。昔からそんな感情は私には無かった。周りの人たちが泣いたり笑ったりするのを不思議に思いながら生きてきた。どこかの人間失格のように台本があるのかと疑ったことだってある。だからか、そう、私の中にはずっと、ただ一つの感情だけがあった。勿論悲しみとか怒りじゃない。
自分が皆とは違うという、諦め。
それはどこか優越感にも似ていた。何事にも執着せず感情も薄い私は醜く泣き喚く友人らを鼻で笑っていた。どうだっていいことにどうしてそこまで必死になれるのか分からなかった。
だから、そうか。
私は自嘲気味に笑った。
諦めて優越感に浸って自分の殻に閉じこもっていた私は、現実すらも諦めてしまったのだ。何がスイッチだったのかは分からない。だけど、多分頭の中の小さな部屋の中に自分を隔離してしまった。こうして世界を外側から見つめているのがその証拠。ならばこれも、諦めるしかないのだろう。別に構わない。大事にしたい人も好きなこともやるべきことも、何も無いのだから。
別に今すぐ世界が終わったっていい。そう思って生きてきた。だからこうなっても感慨はなく、後悔なんかあるはずもない。
この狭い部屋の中で、何もかも終えてしまうことに、恐怖なんて。
感じないはずなのに。
気がつくと、私は震えていた。
どうして? 何もかもを諦めてどうでもいいはずなのに、この震えは、何?
私は……、皆を馬鹿にしていたのに。
今更、どうしたの?
「……寂しいの」
ぽつりと言葉が漏れる。
何とはなしに出たものだ。しかし、口にしてみるともう隠すことは出来なかった。感情が無いから、理解できないからとみっともなく何かに執着して泣いたり笑ったりする皆を馬鹿にして優越感に浸って生きてきた私は、自分だけが違う、同類なんていないのだから仕方ないとそう信じてきた私は。
どうしようもなく、孤独だった。
ずっとずっと、寂しかった。
誰かに抱きしめてもらいたかった。
誰かと喧嘩をしてみたかった。
皆のように、笑いたかった。
愛も温もり怒りも悲しみも嬉しさも楽しさも悔しさも何もかも、私は知らない。私が知っているのは疼くような痛みと、心地良い冷たさ。諦めだけだ。
この狭い部屋で、私は朽ちていく。誰にも知られず、何も知らないまま。
それでも。
ただ、触れたくて手を伸ばす。冷たいガラスの向こう側へ、届かなくても。
あちらへ戻りたい、ただその一心で。
自分の頭を呪いながら。
あぁ。
そこで思い出した。
たとえ帰ることができても、何も変わらない。
私は孤独だ。
どこか場違いなブザーの音が鳴り響いてドアが開いた。
ふと表示に目をやると私が降りるべき停留所だった。ぼうっとしていて気がつかなかった。動き出すと軽く目眩がして、頭にぐっと妙な力がかかったような錯覚。
急いで料金を払って無事降りる。急にひんやりとした外気に触れてようやく頭が覚醒した。鞄から折り畳み傘を取り出して家路に着く。ぽつぽつとリズミカルに鳴る雨音は心地良く、歩くたびに靴の裏が地面を滑るような感触もどこか楽しかった。
雨はまだ、止みそうに無い。
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