ミクが「レンと巡音さんをくっつけよう」と言い出したのは、十月の頭のことだった。それから一ヶ月ちょっとが経過した現在、事態は妙なことになってきている。
もともと俺は、この作戦に乗り気じゃなかった。レンとは確かに仲がいいが、他人の色恋沙汰になんか興味は無い。それに、どう見てもレンは巡音さんに興味は無さそうだった。
それがどういうわけか、一ヶ月ほどのうちに、二人はすっかり仲良くなっていた。つまり……ミクの作戦だか読みだかが当たったということだ。……ああ面白くない。なんで成功するんだよ。
まあ、単に仲良くなったってだけならいい。俺だって、別に友人の幸せを祝福できないほど狭量なつもりもないし。だけどレンの奴は何を思ったのか、演劇部の次回公演の作品を決める為の相談相手に、巡音さんを選んだ。その結果が『マイ・フェア・レイディ』だ。なんであんなオールドなラブコメやらなくちゃいけないんだよ。あの子に相談なんかするからだ。
俺が文句を言っていると、グミヤに「そんなに不満なら、一週間以内に代わりの作品探してこい」みたいなことを言われてしまった。グミヤの言っていることはもっともなんだが、俺は文学作品を読もうとすると五分で寝てしまう。……どちくしょう。
イライラしながら俺が帰ろうとしていると――ちなみに、グミヤとレンはもう帰ってしまった――一年のコウが俺に声をかけてきた。
「初音先輩、ちょっといいですか?」
「なんだよ」
思わずコウを睨む。今の俺は気が立ってんだ。コウが怯えて後ずさる。
「そ、そんな怖い顔しなくてもいいじゃないですか」
「とっとと用件を言え」
コウはしばらく迷っていたが、やがて口を開いた。
「鏡音先輩と話をしていた先輩のことなんですけど……」
「巡音さんがどうかしたのか?」
「あの……初音先輩、あの先輩がどういう人なのか知ってますか? 鏡音先輩にも訊いてみたんですけど、同じクラスの友達といういい加減な返事しか返って来なくて……」
だからって何で俺に訊くんだよ。レンと親しいから、交友関係にも詳しいとでも思われてんのか?
「あいつの言うとおり、同じクラスの友達。でもって、いいとこのお嬢様」
ミクの幼馴染でもあるけどね。
「そうなんですか……綺麗な人ですよね」
ぽへーっとした顔でそんなことを言うコウ。あれ?
「お前、気があるの?」
「え……そ、そんな……」
コウはうつむいてもじもじし始めた。女の子がこれをやると可愛かったりするが、男のこいつにやられても、なんだかいらっとくるだけだ。
それにしても惚れっぽいな、こいつ。演劇部に入った当初は蜜音を追い掛け回して張り倒され、その後は三年の涼音先輩に迫って拒絶され、更にその後は何をとち狂ったのかミクを紹介してくれと俺に言ってきた――もちろん、きっぱりと俺が断った――んだよな。で、今度は巡音さんねえ。見境っつーものが無いんだろうか。
その時。俺の頭に、ふっと意地の悪い考えが湧いた。
「いーんじゃないの?」
「え?」
「だからさ、気になるんならアタックしてみればいいじゃん」
「ア、アタックって……」
「お前さあ、押しが弱いんだよ。だから蜜音にも涼音先輩にも相手にされなかったの」
ふ、我ながら適当なことを言ってるぜ。まあでも、こいつが巡音さんに迫ったら面白いかも。
「グミを見ろよ……いつの間にか、押しの一手でグミヤをものにしたろ。お前も見習え。あの子優柔不断っぽいから、強く迫れば落ちるかもしれないぞ」
「で、でも、どうやって……巡音先輩は演劇部じゃないですし」
「それくらい自分で考えろよ」
頭悪いのか、こいつは。
「頑張れ」
……骨ぐらいは拾ってやるからさ。
俺はイライラしたままで帰宅した。居間に行くと、ちょうどミクがテレビを見ていた。今日は動物番組か。ミクはこの手の番組も好きなんだよな。……実は俺も好きだったりするけど。なんだよ……俺が動物もの好きじゃ悪いか? だが今日は機嫌が悪いので、ミクと一緒にのんびりテレビを見る気にはなれない。
「あ、お帰りクオ。……どうしたの?」
ミクはテレビの音量を下げると、そう訊いてきた。……なんだよ。
「……別に」
そう答えると、ミクはむっとした表情になった。
「部活で何かあったの?」
とはいえ、ぎゃーぎゃー怒鳴りはせずにそう訊いてきた。ミクでも気を遣えるんだな。
俺はため息混じりに、ソファにどさっと座った。
「演劇部じゃさ、四月に新入生歓迎公演をやるんだよ。うちの部、今年から顧問が変わって、新しい顧問ってのが変な趣味で、『どうせやるなら格調高い文学作品をやれ』とか言い出しやがって」
あ、顧問が文学作品をやれって言い出した話は前にもしたかも。まあいいや。先を続けよう。
「で、うちの部でまともに文学作品を読んだことがあるのってレンぐらいで、それでグミヤが作品探してくれってレンに頼んで、そうしたらレンの奴、作品を決めるのを巡音さんに相談しちまって」
ミクは首を傾げている。……はいはい、どうせお前は喜んでるんだろうよ。これで二人の親密度がアップしたわ~って。
「それでレンの奴、新入生歓迎公演の作品を『マイ・フェア・レイディ』に決めやがったんだよ」
「『マイ・フェア・レイディ』になったんだ……ちょっと残念かも」
それが、ミクの返事だった。……へ? ミク、お前、ラブコメ大好きだろ。てっきり「もう、クオ! 素敵じゃないの! それがわからないなんて、クオってば朴念仁!」とでも言い出すかと思ったのに。
「お前、残念って……」
何がどうなってるんだ?
「だって『マイ・フェア・レイディ』って、男性キャラクターがあんまりかっこよくないでしょ? 主人公の教授とその友人の大佐はいい年したおじさんだし、若いお坊ちゃんは頼りなさ過ぎてかっこよさとは無縁なんだもの」
ミクはそんなことを言い出した。かっこよさとは無縁ねえ……あれ? あれって、そもそもどういう話だったっけ? ラブコメで、オードリー・ヘップバーンが花売り娘から貴婦人になるってコンセプトしか憶えてない。
「どうせならかっこいい男の人がでてくる舞台を見たいのよねえ……」
そんなことをしみじみと言うミク。ため息がでてくる。
「お前は演劇部の舞台に何を期待しているんだよ」
「クオがかっこいい役をやってくれること」
えっ……。いきなり何を言い出すんだお前は。不覚にも……ちょっとどきっとしたぞ。
「クオだって、かっこいい役やりたいでしょ?」
「学祭の時のはかっこよかっただろ」
優秀に作られたが故に、造物主である人間に反旗を翻すロボットのリーダー役、というのは、充分かっこいいと思うんだがなあ。
もっとも、ミクの表情を見る限り、ミクはそう思っていないようだった。……ちっ。
……まあでも、ミクがこんなことを言ってくれたおかげで、イライラは収まった……かな?
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