こんにちは!柿原格です。
ガラスのフチに指を沿わせると冷たい水面が小さく揺れて誰かの話し声に似た波紋がひろがっていった。
ここは捨てられた水族館の奥深くにある小さな展示室。忘れられた魚たちが泳ぐ代わりに透明な泡の粒がいくつも空へ向かって登っていく。その泡の中に閉じ込められているのは誰にも届かずに消えていった言葉の破片だ。小さくて儚い声は水圧に押し潰されることもなく静かに輝き続けている。
きみは夜の底で息をひそめながら誰かの歌を探したことがあるだろうか。鍵をかけた部屋の片隅で膝を抱えていたあの時間に聞こえていたのはきっと世界が呼吸する音だったのだと思う。目に見えないほど細い糸でつながれた僕たちの距離はどれほど離れていても一枚のガラスを隔てているだけのように近い。
古い潜水服を着た影がゆっくりと水底を歩いていく。彼が手に持っている大きな網はこぼれ落ちそうな光の粒をひとつずつ丁寧にすくい上げるためのものだ。誰かの涙が乾いて小さな結晶に変わるときその固まった思考は透き通った青いメロディへと生まれ変わる。
誰もいない客席に向けて旋律を鳴らす作業は孤独だけれど決して悲しいことではない。指先から放たれた音が深い水の中をどこまでも伝わっていき見知らぬ誰かの胸の深くに届く瞬間を信じているからだ。形のない感情に音という服を着せてあげることで僕たちは少しだけ救われるのかもしれない。
波の隙間に隠された本当の気持ちをひとつずつ拾い集めて新しい楽譜の上に並べてみよう。息が苦しくなるほど美しい響きが水槽の壁を叩くとき僕たちの物語は新しく動き始める。
光の届かない深い場所で待っているきみに向けてこの透明な旋律をそっと投げかけてみたい。
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