狂った魔獣が吼えた。大音量の咆哮が森の中の空気を、木々の枝を、逃げる子供の鼓膜を、震わす。肌で感じる魔物の気配に逃げながら子供は悲鳴を上げた。恐怖で走っている足がもつれる、かくんと力が抜ける、水の中に沈み込んだように周囲が重くなる。
そしてそのまま、まるで地面に滑り込む様な勢いで、ざん、と子供は倒れ伏した。手に持っていたバスケットが、ころんと少し先に飛んでいった。
身体の下で押しつぶされた草が一瞬、青い香りを立てる。けれど、そんな事を感じる余裕もなく、子供は襲い来る魔物から逃げるために地に伏した身体を起こそうとした。が、しかし恐怖に縛られてしまった手足はもう言う事を聞かず、ただ緩慢に空をかくばかり。焦りで吐く息だけが早く荒くなっていく。それでもなんとか気力を振り絞り、がくがくと震えながらも子供は立ち上がろうとした。
そんな子供をあざ笑うかのような、あるいは魔獣自身も何かに苦しめられているかのような、咆哮。
低くうねりを纏うその吼え声に、もう子供は恐怖に押しつぶされてしまい、立ち上がる事が出来なくなった。
ざくざくと、重い身体を持った蹄が地を踏みしめる音が近づいてくる。その大きな生き物の気配は子供の背後から正面へと、まるで獲物を嬲るようにゆっくりと移動していった。はっは、と生温かな呼吸の音が正面から聞こえてきた。子供は恐怖に痺れた思考のまま、緩慢な動きで顔を上げた。
美しい魔物がそこにはいた。
長く艶やかな濃緑の体毛に黒くつぶらな瞳に、巨大な身体、堅い蹄と鋸のような歯。恐ろしい外見を持つその魔物は、しかし普通ならば森の奥深くに暮らし、人を襲う事のない穏やかな生き物だったはずだ。なのに、今、魔物は狂気に満ちた眼差しを子供に向けている。
その狂いは、痛みのためか苦しみのためか悲しみのためか、単なる狂いなのか。
ひきつれるような痛み。もがく様な苦しみ。歪んでしまったものを悼む悲しみ。在るべきものが存在しない事に対する、狂い。
もどかしいような大声で泣き喚きたい様な、息が詰まるような狂気が、空気の中に広がって行く。
大きな身体と蹄を持ったその魔物は長い体毛を奮い立たせ、再び子供の目の前で大きく吼えた。魔物が口を大きく開けた瞬間、特徴的なぎざぎざの乱杭歯が露わになった。
あの鋭い歯で自分の小さな身体を噛み砕くのだろうか。あの大きな蹄で自分を蹴り殺すのだろうか。子供は恐怖で見開かれてしまった瞳を魔物に向けたまま、そんな事を思った。
もう自分はこれでおしまいなのかな。これで終わってしまうのかな。どうしよう、じいちゃんがびっくりしちゃうよ。ああでも、バスケット、ちゃんと蓋をしておいてよかった。中身が飛び出していない。よかった。少しつぶれたとしても使えるから。
確実に訪れるであろう痛みと死を直前にして、子供はそんな場違いな事を思った。見開かれたままのその瞳から涙があふれ出していた。ざくり、と魔物が子供に向かって一歩踏みだす毎に、絶望が濃くなっていく。
子供を蹴り殺そうと魔物が蹄を振りかざした。
と、次の瞬間。背後から強い風が吹いてきた。その勢いに、はたはた、と子供の瞳から涙がいくつも零れ落ちる。涙で滲んだ世界の中。風が吹き抜けた先に現われたのは長髪の男の姿。
その長髪の男は子供を守るように、魔物の前に立ちはだかった。そして響く、堅いもの同士が衝突した時の、キンと耳に痛みを伴う高音。それは振りおろされた魔物の蹄を、長髪の男が刃で防いだ音だった。
低く微かに艶のある声が、力強い抑揚で何かを呟いた。
ふわり、と長髪の男が纏っている異国風の服の裾が翻った。その瞬間、何か強い力が長髪の男の周囲に集まり、凝ったような感じがした。
防ぐために受けていた刃を振り切り、長髪の男は自身の数十倍もの大きさのある魔物を押し返した。自分よりも小さな生き物に邪魔をされた事に苛立っているのか。押し返された魔物はよろめき間合いを取るように数歩退きながらも、歯を剥き唸り声を上げた。
再び振りおろされた蹄は、こんどは子供ではなく長髪の男に向けられた。しかし、長髪の男は子供のように恐怖に絡め取られる事無く、軽やかな動きでその攻撃を避けていく。がつ、がつん、とその巨大な身体に似合わず素早い動きで魔物は男を蹴り殺そうとする。我を忘れたかのような魔物に対し、長髪の男はひらりと服の裾を翻しながら、あるいは鋭くその手に持つ刃で弾き返して、魔物と応戦する。
魔物の蹄が地面をえぐり千切れた草の葉や土片が舞い上がる。舞い上がった土埃に長髪の男が腕を上げて顔をかばった。と、その瞬間の隙を逃さず魔物が長髪の男に突進した。がちん、と突進した魔物の乱杭歯が鈍い音を立てて噛み合う。長髪の男が立っていた後ろにあった大人の背丈ほどの岩がその鋭い歯によって一部噛み砕かれた。がらがらと細かく砕かれた石の欠片が煩い音を立てながら周囲に散らばる。間一髪のところで横に飛んで魔物の牙から逃れた長髪の男はしかし、体勢を立て直せないままだ。男が次に備えるよりも早く、魔物が今度は蹄を振り上げた。
最悪の事態を予想した子供が目を閉じた瞬間。
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グ「やっぱここのは何食べても美味しいね。」
ミ「本当だよ。毎日ここでもいいかもしれない。」
グ「あはは。そのためには、いっぱい歌を頑張らなくちゃね。」
ミ「また、新しい季節限定メニュー、一緒に食べに来ようね。」
グ「そうだね。またミクちゃんと二人っきりのデート楽しみだ...記憶の歌姫のページ(16歳×16th前日)1続き
漆黒の王子
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ご意見・ご感想
とかこ
ご意見・ご感想
作品UPお疲れ様です!
女王様ルカさん来た…!
sunny_mさんのがくるか設定を見て最初に思ったのは「ルカさんが上」だったので
イメージ通りで嬉しいです(*´▽`)
かいめいのくいしんぼー!なんだよお前らかわいいじゃないかくそー!!
一歩下がってるのかいつも出し抜かれてるのか分かんないとばっちりがくぽさん萌です。
そしてぼっけぼけなくせに案外世渡りうまそうなカイトさんずるい。好きになるしかないじゃない←
2011/05/26 11:57:53
sunny_m
>とかこさん
コメントありがとうございます?!
無邪気系の女王様になっていきそうですよ、ルカさんはw
がくぽは無邪気さに翻弄されると良いよ!!
そして皆の行動のとばっちりを受けると良いよ!w
というか、本当にがくぽさんはどこまで格好つけていられるか。それが問題です
彼らが総じてくいしんぼうなのは、私のせいかもしれません←
というか私が書く話には、食べ物が出てくる事が多いなぁw
かわいいとか、好きになってもらったりとか、ありがとうございました!
2011/05/27 23:40:30
藍流
その他
くっそう先を越された!w
もうね、読めば読むほど自分も早く書きたくて困りましたよw
穏やかで無邪気なルカさんと生真面目ながくぽの主従も美味しいし、悪友っぽいカイトとがくぽの距離感も美味しいし(そう、こういうのを書きたいんですよ私も!何故かいつもSとか言われるけどw)
あと野苺をつまみ食いするカイトとメイコが、なんか物凄くツボでした! 可愛い、けど子供をフォローする気遣いなんだろう、けどやっぱ可愛い……!
落ち着いてる、と書いてますが、でもこう、無邪気さとか初々しさが抜け切ってない感じでいいですよ!
「子供」ではなくなったけど、「大人」というにもまだ微妙な、そんな感じ。
術の表現も凄く好きですー! きらきらしてて綺麗で、いいなぁ。
脳内に森の光景が浮かんで、もうほんと美味しくいただきました!
投下ありがとうございましたー!
2011/05/17 23:21:50
sunny_m
>藍流さん
先を越してしまいましたw
というか、今藍流さんの方の作品を読んで鼻息が荒くなってしまっているのですw
このカイトとがくぽの関係は、がくぽは常にとばっちりを受けているような気がします(笑)
カイトに好き放題されて、メイコには無理難題を押し付けられる感じで。
なんか気がつくと俺、もしかして貧乏くじ引いてないか?みたいなw
でもルカさんが一番なので、他の人には容赦ない態度でいると思うのですがw
それにしても、本当にがくぽさんはどこまで格好つけいてるのをどこまで維持できるのか…。
初々しさは残っていますか…!良かった!!
まだ世間知らずな無鉄砲さとか、そういうのがあるかもなぁ。と思いつつ書いたので^^
ファンタジーっぽいのはホントあまり書いていないので、ちょっとどきどきしつつw
こちらこそ、ありがとうございました☆
2011/05/18 22:50:15