Last night , good night /2

「ねぇ、ミク、覚えてる? 僕たちが出逢ったとき」
「もちろんです」
 人の生活を補助する、人型アンドロイド。それを用いる人間。彼女と少年の関係を端的に言い表すとそうなる。
 結局のところ。機械にいくら機能が追加されようと、それを操作するのは人間であり、その人間に対するインタフェースとしてもっとも適したものと言えば、その人間が何を望み、何が今もっとも必要な機能なのかを自律判断することのできるものであると言えるだろう。ならば、彼女たちのような人と変わらない思考を持ったものが造られるのは必然であり、思考が人と同じであるのならば、それを模した身体を造るというのは、遅かれ早かれ到達する境地でもあった。
 彼女たちにしてみれば、彼の言う出逢ったときとは、彼女が彼の端末として起動したときをいう。
「……ですが、それが何か?」
 しかし、彼女はそれを問う彼がわからなかった。
「ミクは、僕を見た時どう思ったのかな、って思ってさ」
 彼は悪戯っぽい笑みを浮かべて答える。彼女は、困惑したような表情を浮かべた。
「どうもこうもありません。私は、マスターのために生まれた存在ですから、マスターにお仕えすること以外、何も思っていはいませんでした」
 そう、それは嘘偽りのない真実だ。彼女たちにマスターの選択権はない。そんなことを考えていては、そもそも人間と同等の思考を持つ物など扱えない。
「そっか」
 いささか残念そうに答える彼に、彼女は一抹の疑問を抱いた。
「では、マスターはいかがでしたか?」
「え、何が?」
「ですから、私を見て、どう思ったのかということです」
 あぁ、と頷いた彼は、うーんと考え込むように唸った後、ぽつり、と小さく呟いた。
「恥ずかしかった、かな」
「どういう意味ですか」
 うぅーと良くわからない唸り声。彼女は聴覚が捉えた音声を分析する。彼が恥ずかしがっているのは本当のようだ。だが、その理由が思い当たらない。
「いやほら……ミクが綺麗だったからさ」
「綺麗? 私がですか?」
 しばしの無言の後、うん、と彼は頷く。
「私をご注文なさったのは、マスターでは?」
「そうだよ。ミクのことは知ってた。いや、正確に言うならミクと同じタイプのボディのことはカタログとかで見てたから、どんな外見をしてるか、とかは知ってたんだ。知ってたけど……」
 けど……と彼の言葉は夜の風に溶ける。
「マスター、最後まで聴かせてください。けど、なんですか?」
「ミク、そういうのはね、察して聞かないでおくのも美徳だよ」
「私はアンドロイドですので、人間の美徳というものが実感として理解は出来ません。ご了承ください」
 よくいうよ、と呟いて、彼は観念したようにため息をついた。くすり、と彼女は笑う。……知らず、彼女は笑っていた。思考にかすかな驚きが走る。
「実際に見たミクはすごく綺麗だったんだ。すごく綺麗で……うまく言えないけど、これから君と暮らすのかと思ったら、落ち着かなかったなぁ」
「私と暮らす……ですか。マスターは不思議な表現をするのですね」
 不思議な表現――彼女は自分が発した言葉を反芻する。不思議。それは、原因や理由のわからないことを指す。不思議と言うのなら、彼女は自身がこんな言葉を発したこともまた、不思議だった。思考とは異なった感情の発現や、今まで使ったことのないような言語表現。冷静に、彼女は自身を分析する。
「今でもそう思ってるよ、僕は。ミクと一緒に暮らしてたって」
 エラー。彼女の中で原因不明の感情が沸き起こる。
「そう思っていただけたら、嬉しいです」
 エラー。統合制御に未確認のリンク、ならびにコンストラクタを確認。
「嬉しい?」
 彼は目を丸くして、彼女を見る。彼女の視界に驚いた表情の彼が映る。
「嬉しいです」
 もう一度、彼女は口にした。今度はエラーは起こらない。彼女は思考する。このコンストラクタがもたらすものは、"嬉しい"という感情なのだと。
 彼女は自身の記録を手繰る。これと類似したスペクトルを検索する。
「そっか。ミクがそうだったら、僕も嬉しいな。ミクは僕の家族だからさ」
 該当件数は、膨大。一瞬ごとに増え続けている。それらはすべて共通して、彼と共に過ごしてきた日々がもたらしたものだった。彼と重ねてきたたくさんの記録が、彼女に与えた感情だった。
「本当に、嬉しいです」
 それに気付けたことが――それを知れたことが、"嬉しく"て。彼女はもう一度、その言葉を口にする。彼に伝えたくて。彼に、この言葉を……彼女の気持ちを、伝えたくて。
「うん、本当に……僕は、ミクに会えて、嬉しかった。楽しかった。ミクがいなかったら、僕の人生の半分は損をしていたね、きっと」
「大げさです。それに、私はマスターと会えなければ、こうして稼働することすらなかったかもしれません」
 それはないと思うなぁ、と彼は言う。彼の手が、彼女の頭を撫でる。触れる力は、優しくて。
「だって、ミクはこんなにも綺麗だから。きっと、誰もが放っておかないよ」
 そうして、微笑む。
「私には、同型の私が存在します」
 こんなにも近くにいるのに。
 手を伸ばすまでもなく、触れ合っているのに。
 その鼓動を。温もりを。指先を、感じているのに。
「それでも、僕のミクは一番綺麗だ」
 再び、彼女のアイセンサーが霞む。
 理由はわからない。不思議だ。
「私も……」
 涙を流しながら、彼女は口を開く。
「私も、マスターは、一番のマスターだと思います」
 エラー、エラー、エラー。彼女の思考はアラートを乱舞させる。思考にノイズ発生を確認。自己診断プログラム起動。
 しかし、彼女はその悉くを停止させた。他ならぬ、彼女の意思で。
 一番のマスターなんて、存在しない。彼女はそれを知っていた。彼女のマスターは彼のみだ。いや、アンドロイドがマスターと認識する人間は一人のみ。であるのなら、"一番のマスター"などという仮定は存在し得ない。
 それでも。彼女は、思う。
 彼が、自らのマスターであって、良かったと。
 その時製造された自身と同型のアンドロイドの中で、彼女が彼のもとへと辿り着くことが出来て、良かったと。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Last night, good night /2

この小説は、kzさんによる楽曲、Last night, good nightをモチーフとした小説です。
その歌詞に影響を受けてはいますが、あくまで一解釈としてお楽しみくださいますようお願いいたします。

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投稿日:2009/03/06 05:59:51

文字数:2,646文字

カテゴリ:小説

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