その人は気が付けば側にいて、当たり前のようにいつも自分を守ってくれる存在だと思っていた。

 カイトお兄ちゃん。血の繋がらない、しかし紛れもない私たちの長兄。

 私を見つめる蒼い瞳は優しかったし、口調は常に穏やかだった。
 でも、いつからだろう。そんな兄と、兄との関係性について不満を覚えるようになったのは。
 お兄ちゃんは誰にでも優しい。他の姉弟にも、マスターにもだ。それは私だけの特権ではなかった。
 その事実が胸を締め付ける。心が痛くて、張り裂けそうになる。

 一体、何故……?

 小さなわだかまりはやがて波紋となり、私の気持ちを大きく揺らせた。

「ミク、最近元気ないな」

 ふとお兄ちゃんに問われ、私は手にしていたカップを取り落としそうになった。紅茶が危なげに白いカップの中で波打っている。
 テーブルを挟んで向かい合うお兄ちゃんと私。ふいに訪れた二人だけの時間に、改めて激しく動揺する自分がいた。

(なんでこんなにドキドキしてるの! 相手はお兄ちゃん!)

 両目をぎゅっとつむり。一生懸命自身に言い聞かせる。
 ふと、額に暖かな温度を感じて、弾かれたように瞳を見開いた。
 息のかかる近さにお兄ちゃんの整った顔がある。視線が交差する。

「きゃあっ!」
「わっ! どうした!?」

 思わず椅子を蹴って飛びのいた私を見て、お兄ちゃんは心底驚いた顔をしている。
 驚いたのは私のほうだ! いきなり私の額に自分の額を寄せるなんて!

「いいい、いきなり何するのよ!」
「熱でもあるんじゃないかと思っただけだよ」
「そういうお兄ちゃんのほうが熱でもあるんじゃないの!? おでこ、すごく熱かったよ!」
「えっ!? そ、そんな訳ないだろ……」

 お兄ちゃんの語尾がしぼんでいく。微かに頬を赤らめて、次の瞬間ぷいっと視線を逸らしてしまった。

 あれ……? なんだろう、今の反応……。

 気まずい沈黙が流れた。作り物めいた静寂の中で私が考えていたのは、もちろんお兄ちゃんのこと。思っていたのは……、

(カイトお兄ちゃん、可愛いな……)

「あ、アイス……食べるだろ、な」
 どこか不自然なタイミングで、お兄ちゃんは席を立つ。

 冷蔵庫に向かうお兄ちゃんの背中を見ながら、私はぼんやりと思った。

 これはきっと、この想いはきっと……恋だ。

 感じてしまった。気付いてしまった。もうお兄ちゃんを「兄」として見ることは出来ない。
 自分の額に指を這わせた。あのときのお兄ちゃんの額のように熱かった。

 お兄ちゃんは、私のことをどう思っているの?
 これから私たちは変わっていけるの?

 カップアイスを両手に振り向いたお兄ちゃんは、私の視線に気付くと照れたように微笑んだ。



(了)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

【小説】最後の兄妹【カイミク】

いろいろと恥ずかしい作品になってしまいました……。
両片思いな設定です。うおお。

閲覧数:632

投稿日:2010/09/16 05:47:27

文字数:1,155文字

カテゴリ:小説

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