発想元・歌詞引用:U-ta/ウタP様 『創世記』
すっかり晴れ渡った空の下、金色の『開拓者の花』の丘を駆けおり、麓の藪を付き抜け、砂浜に降り立ち波打ち際につき抜けるまで、ミゼレィの勢いは止まらなかった。
花の陰で雨のしずくに乾き残った葉を踏みつけ、腕が藪の枝にひっかかれ、砂に何度か足をとられてもミゼレィは転がるように走り抜ける。
サナファーラは実際何度か転んだ。
ミゼレィはそれを笑うでもなく、立ち止ってぴょんぴょん跳びあがりながら「早く早く!」とサナファーラをせかす。
「ミゼ、先に行ってもいいよ……」
「ううん! まってる! だって秘密の場所なんだもん! サナひとりじゃ絶対わかんないんだから! 」
あたしに話したら秘密じゃなくなるのに、どうしてそんなにうれしそうなんだろう、と、サナファーラは不思議に思う。
それでもミゼレィは、全身からわくわくをあふれさせて、追いつこうと必死に走るサナファーラを見ている。
「早く早く! 急いで急いで!
最近は雨が多かったから、今日はすっごいチャンスなの! 」
天気が関係あるようなものなのか。
サナファーラはますます訝しがりながら、再び走り出したミゼレィを追う。
やっと砂に転ばされるのも十歩中二歩ほどに減ったサナファーラが、息を切らしながらミゼレィに追いつく。
「こっち」
とミゼレィが指差したのは、ゆるやかな川の終りのがけのもとに、ポツリとあいた洞窟だった。
ミゼレィは、砂浜よりも泥がかった干潟をちゃぷちゃぷと渡っていく。
田圃の泥を想像し、おっかなびっくりサナファーラがついてゆく。
やがてミゼレィはためらいもせず洞窟に入って行った。
ちょうど潮が引いているため、潮の流れた跡が洞窟へ二人を導くように続いていた。
「晴れの日が関係あるって言っていたのに、なんで洞窟に入るんだろう? 」
暗い洞窟の中で、ミゼレィはサナファーラを待っていてくれた。
「だいじょうぶ? こわくない?」
「うん」
本当のところ、サナファーラは少し怖かったのだが、ミゼレィが手を握ってくれたので、ほっと安心した。
転ばないようにうつむいて歩く。濡れた干潟の泥が、潮の跡に従って、きらきらと光を反射しながら洞窟の奥に続いている。
「暗いのに、光っている……? 」
顔をあげて、光の来し方を探そうとしたサナファーラに、
「みて! 」
と、唐突にミゼレィが声を上げた。
はっと、前を向くと、ミゼレィが前方、洞窟の奥を指さしていた。
ミゼレィの指し示す方向を見、サナファーラは声を失った。
「すごい」
まばたきをし、唇を動かし、長い時間をかけてやっと出てきた言葉は、ただただ、感嘆の一言だった。
洞窟の中に、木が立っていた。
ちょうどそこだけ、洞窟の天井がぽっかりと広く穴が開いていた。
その、天然の天窓からたっぷりの光を受け、その木は、ゆるい地盤にしっかりと根をはっていた。
まるでタコの足のように、幾本もの根が幹から地面へ曲線を描いて突き刺さっている。
つややかなまるい葉が、光を反射してきらきらとサナファーラの目に投げかけてきた。
ちらちらと、潮に緩んだ干潟が光る。
木は、静かに立っている。
「あの葉。まるで、祈っているみたい」
思わずつぶやいたサナファーラに、ミゼレィが目をまるくした。
「すごい。 サナは、詩人だね」
幾本もの支柱根を地面に刺してどっしりと立ち、枝はひたすら天を目指し、葉は対になって、まるで合わせるようにゆるく向かい合っている。
より合わさった開く前の若葉は本当に、祈りをささげるために手のひらを組んでいるように見えた。
ミゼレィが、そっと手を組んだ。
祈りをささげる姿だ。
サナファーラも、木に向かってそれに倣った。
天からの光を受けて伸びあがる木に手を合わせるのは、自然のことのように思えたのだ。
「サナ。私ね、この木の前なら、素直に祈れる気がするの」
どっしりと構える木と、その梢が目指す天窓を見つめてミゼレィは口を開いた。
「私の名前は、『ミゼレィ』。生まれた時から決まっていたんだって。
私は、巫女にされるって決まっていた。巫女にしかなれないって、生まれたときに決まったんだって。ほら」
ミゼレィが、手のひらを差し出す。サナファーラも手を出すと、ミゼレィはその手に自らの手のひらを合わせた。
サナファーラは、手のひらのやわらかさ、そして、その肌の白さにあらためて驚く。
サナファーラの手は、日々の農作業と日焼けのために、小麦色に焼けて固くなっている。
しかし、ミゼレィの手は違う。
「皮膚がうすくて弱いから、みんなと同じ作業には耐えられないだろうって、私を巫女にすることに決めたんだって」
サナファーラは、ミゼレィの手を握り返した。さきほどよりも強く。
「でも、私は、子供だよ。巫女にしかなれないなんて、嫌だった。だから、元気にしていればきっと巫女以外のものにもなれるって、思いたかった。
巫女の仕事、きらいじゃないけど、最初っから巫女にしかなれないのは、嫌だ」
「それでも、」
サナファーラは思った。
この、優しい手のひらは、あの泥にこすれた作業には耐えられない。
毎日手荒れに泣くのがオチだ。
どんなに頑張っても固くなりそうにない手のひら。
どんなに頑張っても器用になれなかったサナファーラと同じ、泣きじゃくる人生がまっているよりかは、巫女になったほうが断然いい。
「わかってる。生まれつきだからしょうがないって、私もわかってたの。
でもね、なんとかして納得したかったの。
そんなときに、ちょうど泳いで遊んでいたら、この木をみつけたの」
さら、と、洞窟の入り口から水が流れ込んできた。
満ち潮が始まったのだ。
ミゼレィが、潮に手を浸す。指にすくった水を、ぺろっとなめてサナファーラに見せた。
「ほら。普通の植物は、塩水につけたら生きられない。でも、この木は、生きてる。
それどころか、生き生きとしてるのよ?
こんな真っ暗な洞窟にたどりついて、ちょうど自然の天窓の下に根を張って、ゆるい土の上に、頑張って立ってるのよ?
種のうちは潮に流されて、よりによって洞窟の中になんか着いちゃって、何一つ自分では選べなかったくせに、こんなに……格好いい」
サナファーラはうなずいた。
「うん。ひとめで分かった。格好いい」
真正面からサナファーラの視線を受けて、ミゼレィの頬が紅潮した。
「さ、サナのせいでもあるんだからね」
足元を濡らす潮を蹴って、ミゼレィが早口にささやいた。
「この木の葉が、祈っているみたい、なんて言うから」
「うん。本当に、『ミゼレィの木』だ」
ミゼレィは、ますます照れて、じゃぼじゃぼと足を蹴り立てた。
水はぐんぐん上がってくる。
「ねえ、ミゼ。大丈夫? 潮が満ちてきているけど……」
「だいじょうぶ! こっち!」
木の裏側にまわると、ちょうどよく支柱根が分岐している。
ミゼレィはそこに手をかけて、えいっと体を張りだした根の上に引き上げた。
「サナも!」
先に上ったミゼレィが、サナファーラの手を引き、ぐいと引き上げる。
「この力は、農作業にぴったりなんだけどな」
「来た!」
サナファーラが木の上にあがった瞬間、二人のいた場所は、ぐっと満ちた潮に沈んだ。
天窓からさんさんと光がそそぐことは頼もしいが、水はどんどん深くなっていく。
「ねぇ、ミゼ。帰り道……どうするの」
この土地の潮の満ち引きは一日二回。
真夜中には引くものの、それまで待つのか。
「だいじょうぶ、今日は満月だから大潮で、潮の流れも速くって、うんと深くなるけど、この枝まで登ってしまえば大丈夫! 」
ミゼレィがさらに上をめざして木を登る。そしてサナファーラに手を貸し、ひとつひとつ引き上げる。
だんだんとサナファーラが木登りのコツをつかめてきたとき、ミゼレィは目指すポイントについたようだ。
すわりやすくへこんだ枝がある。
「二人でも座れるよ」
サナファーラが座ってみると、なんともおさまりが良い。しかもちょうど背もたれのあたりに、いい具合の枝が張り出している。
「ね?」
にこっと笑うミゼレィに、ついにサナファーラも緊張を解いた。
「本当に、よくここに来ているみたいだね」
うふふふ、と含むように笑い、ミゼレィは足をぶらぶらさせた。
満ちてゆく潮が、ぐんぐん足元を駆け抜けるが、もうサナファーラは怖くなかった。
光が降り注ぎ、ぼんやりと体が温まる。
「眠くなってきちゃった」
「私も……」
ミゼレィとサナファーラは、どちらともなく互いによりかかりながら、目を閉じた。
「おやすみなさい」
ミゼレィは、近くに実っていた細長いみどりの実をふらりとつついて揺らした。
おやすみのベルのつもりだろうか、とサナファーラは夢心地の中で考えた。
肩を寄せ合い、ことりのように眠りはじめた彼女らを、『導きの木』と呼ばれるこの木の実が、ゆらゆらゆれながら見守っていた。
続く!
小説 『創世記』 6
発想元・歌詞引用:U-ta/ウタP様 『創世記』
音楽 http://piapro.jp/content/mmzgcv7qti6yupue
歌詞 http://piapro.jp/content/58ik6xlzzaj07euj
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