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 重音テトの私邸前。桃音モモ大佐が右後部ドアを開け、重音テト大将をエスコートする。階級の差を考えるとこの程度はおべんちゃらにもならない。

 「君もそろそろ大将位になったらいいじゃないか。私の為にドアを支える肉体労働も煩わしいだろうから」
 「ははは。勘違いで二階級特進させられるような戦線には、縁がありませんので」
 「言うようになったね。今は大佐だったっけ?」
 「昇進の推薦をしてくださったのは重音閣下ですよ」
 「そうだっけか」

 テトは書類が仰々しい物にみえて苦手である。確かにモモを抜擢しろと蒼音タヤにしつこく言った記憶はあるが、ショウシンノスイセンという程の事をした覚えはない。

 「覚えてないんですか!?その書類私が蒼音元帥にお使いさせられたんですよ!?」
 「ははは。ご冗談を」
 「いやいやいやいやいやいやいやいや恥ずかしいったらなかったのに、ノーリアクションでサインして渡したでしょー!?」
 「あーあの書類ね。他にも一杯あったから」
 「その時はそれ一枚だけですよ!!!!!!!!!!!」
 「そうだっけか」
 「昇進祝いで妙に祝ってくれたからおかしいと思ってた!!!!覚えてなかったんだ!!!!!!!」
 「別に科学的に私が覚えてなかったと証明されたわけじゃないのでセーフだし」
 「科学的な証明なんかいらないですよね!?公文書の必要ないですよねこの話!?」
 「結論が出るように前向きに善処したく検討の可能性を模索する必要は感じざるを得ないところだな」
 「サプライズみたいな事するからおかしいと思ってたんですよ!目の前でサインした1週間後に!!」
 「あー悪かったよもう」

 若干薄々と分の悪さを感じて抵抗してみたが、圧倒的に無理だった。強い攻撃部隊を撹乱しようとしたらそれが陽攻で守備部隊が肉薄してきて陽攻がそのまま後詰になった位の分の悪さである。もう負けを認めるしかない。

 「いや!尊敬して損した!最初のころは格好良かったのにー!」
 「ひどいなーこれでも強いのに」
 「強いからって、強い攻響兵が何人死んだんですか」

 溜息混じりに吐いた皮肉が、健音テイの事を言っている。

 「そうだね。本題だけどさ」
 「ええ。健音閣下の件ですよね。情報はありません」

 自分から水向けといて、すごく冷たい。

 「本気で言ってるの?」
 「閣下が遭遇戦を繰り広げたのと同じ日にテイ様が失踪してますから、諜報作戦の条件は非常に厳しくなっています。帰還はクリフトニアの動向次第としか言えません」
 「敵失待ち、かな?」
 「はい」
 「神威の動向は?」
 「今日の時点で氷山キヨテルが前線に出てきています」
 「クリフトニア最弱のアイツか……、空城計とも思えるな」
 「氷山キヨテルは支援型ですから、他の攻響兵が一人でも応援にくれば不味いですね」
 「まあな。あいつだけは本当に鬱陶しい」

 嫌がらせの天才と言えば氷山キヨテルである。中途半端な力量なのに追い詰めきれないという、正攻法では絶対に勝てない奇攻の神である。

 「氷山の部隊は何名だ」
 「前線を監視する部隊から、約100名程度という報告を受けています」
 「100名か。500名くらいなら野戦に持ち込めるのだがな」
 「なぜ増えるのですか」
 「あいつの戦術は複雑極まりないから、数が多いほど凡庸になる」
 「はあ」
 「逆に言えば100名も出して内輪に体裁を取り繕う余裕があるという事だ」
 「と、相手は考えると読まれているのですね」
 「それはないな。氷山が本気ならまず我々が氷山の存在に気付かないだろうさ」
 「そ、そんなに?」
 「ああ。健音がしくじれば、それを機と考えて何か仕掛けてくる。その方面で考えた方が数に納得はいく」
 「では……」
 「健音は囲まれている。まずいな」

 桃音はなんとなく理解できないという顔で話を繋いでいるが、氷山を理解する人間はまずいない。

 「それより、氷山キヨテルの対応はどうすればいいのですか」
 「さあ?健音ならなんとかしてくれるけど」
 「なんとかする、とは?」
 「健音は対峙する敵の本隊を誤差13km以内の精度で言い当てる勘がある」
 「……!!!」

 桃音が絶句する。当然だ、常に13km以内の精度で敵の本営を察知するなら軍事的にやりたい放題だ。

 「その13kmの誤差というのも氷山の時だがな。奴以外でならほぼ1km以内だ」
 「なら、35km以内でという数字は逆情報ですか」
 「逆情報ともいえる。内部的にも外部的にも甘い数字の方が都合が良かろうという蒼音の判断だ」
 「では、健音閣下の所在は――」
 「十中八九エルメルトだろうな。クリフトニアで健音が興味持ちそうなのは、鏡音レンぐらいだ、レズではないからな?」
 「冗談ではなく、重音閣下は健音閣下が鏡音レンと、鏡音レンに会いに行ったと?」
 「あいつは言葉に裏表がない。口に出してと言おうが口に出したいと言おうがそのままの意味だ」
 「ひどい」
 「運命の人がいるというのなら、運命の人なんだろう」
 「とすれば、氷山が前線に出てきたのは、健音閣下の動向が予測されている可能性が」
 「把握ぐらいにして置こうか。氷山相手に健音でなければ、蒼音か私だな」
 「欲音閣下は」
 「まあ無理。あいつの器量で氷山は相性が悪すぎる」

 UTAUでは、戦略を描ける人材がかなり乏しい。クリフトニアの兵士不足に対して、組織の制御すら覚束ないUTAUは、ともすれば逐次投入の罠に陥りやすい。だから、3ヶ月『もの』時間をクリフトニア偵察に供するリスクを踏む気になったのだ。その結果、反動的な官僚主義で軍の身動きがとれなくなっているのは分かったが、軍の実力そのものは潜在化しただけで未だ衰退はしていないという、UTAUにとって厳しい現実を見せ付けられた。

 「少なくとも、運命の人が氷山キヨテルでないのは確かだ」
 「それはそうですね」

 車中で得たコンセンサスはそれだけだった。いつでも忙しいテトに、他の管掌まで口出しする余裕も意思もなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

機動攻響兵「VOCALOID」第5章#5

将官系女子トーク_(:3」∠)_.

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投稿日:2013/05/05 13:33:52

文字数:2,542文字

カテゴリ:小説

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