「姫様、お気を付けてくださいませ」
「え、えぇ。ありがとう」
いつものように一人で過ごす日々とは違い、周りを囲まれているために随分と居心地の悪さが胸中を駆け巡るが、それらをすべて飲み込んでレンは淡く笑う。
途端、従者がうっと呻いて顔を逸らしたので、レンは目を幾らか瞬かせて上背のあるその相手をじっと見つめた。
「………どうか、しましたか?」
「い、いえ! なんでもありません! 早くお乗りください、姫様!」
ぶんぶんと首を振る従者にそう、と首を傾げながら乗り込んだレンは、馬車の中で腰を落ち着かせて息をつく。
「………疲れる…」
零れた本音は誰にも届かなかったが、誰が聞いているとも限らないので、咳払いをして誤魔化した。
このまま沈黙を保っているのはいささか辛くなってきて、レンはついに口を開いた。
「………レオン、あなた姫様に見蕩れるなんて近衛失格よ」
傍らに立ったメイドたちにそう指摘され、レオンは苦い顔で零した。
「だがな、ネル、ソニカ。いつもみたいな子供っぽ………無邪気な振る舞いをしてて、姫様には見えない感じがしてなぁ」
「そりゃあこれから第一王位継承者と歌姫としてのふたつの責を負って大国との会合に望むんだから、固くなって当然じゃない」
「それはそうかもしれないが……」
それでもあそこまで雰囲気が違って見えるものだろうか、とレオンは胸中で疑問を唱えた。
「レオン、そんなこと言ってないで早く行きましょう。今回姫様はお一人で会合に望まれるんだから、少しでも早く行って他国に舐められないようにしなくちゃならないんだから」
王族ばかりの集まる会合だが、残念ながら若輩者は自国の姫君だけだ。小国ゆえに肩身が狭い身で、周囲を囲む大国の不快を与える要素は無くしておかなければならないのだから。
そのことに思い当たったレオンは深く頷き、早々に出立の準備に取り掛かり始めた。その耳に、優しい歌声が滑り込む。
「あら?」
「……新しい歌ね。素敵な歌……」
馬車の中で響き始めた歌声に、兵士たちの顔が緩む。しかし、早々の出立をしなければならないと焦るレオンはそんな連中を叱咤して馬車を動かした結果、いつもとは少しだけ違った周囲の様子に気付かなかった。
蕾の花が、歌に呼応するかのように、ゆっくりと花開くその瞬間を。
一曲歌い終え、すっと息を吸ったレンは、ぱちぱちと傍で拍手が鳴ったのに気づいてびくっと肩を震わせた。
「す、すみませんっ! 驚かせるつもりはなかったんですけど」
「随分歌に夢中になっていたんですね」
「あ……え、えぇ。そうね」
いつの間に馬車の中に入ってきていたのか知れぬ侍女に淡く笑んで、レンは思考を巡らせる。
リンに急かされるまま外に出てきたが、普段リンを取り巻く人々の名を把握していない。失念していたものを取り戻せない今、やはり無計画なリンの作戦は無謀だったのではないかと冷や汗が背筋を伝い落ちた。
「でも、今回の会合のこともあるのに、新しい歌をお作りになるなんて姫様はすごいですね」
「そ、そうかしら。ふと頭に浮かんだメロディを口ずさんだだけなのだけれど」
「そうなのですか? でも、とても素敵な歌でしたよ、そうよね? ネル」
「そうね、ソニカ! いつもの歌も素敵だけど、もっと聞いていたいと思う歌だったもの!」
………思わぬ形で知れた二人の名前に心の中で歓喜しながら、レンは小首を傾げた。
「………そんなに素敵なメロディだったかしら? 初めてだからちょっと自信なかったのだけれど」
初めて人前で歌ったものだから、という部分を曖昧にぼかした言葉をこぼすと、ふたりはにこやかに告げてくる。
「ええ! 初めて人前で披露するにしては随分綺麗なメロディだったかと!」
「そ、そう。ありがとう」
二人に気圧されるように礼を述べたレンに、ネルとソニカはそれにしても、と続けた。
「そんなに緊張していたら会合の時気が持ちませんよ? もっといつもどおりで構いませんよ? あたしたちは姫様のいつもの姿見てるんですから」
「そ、そうなんだけど……今のうちに練習しておかないと、会合の時に化けの皮が剥がれちゃいそうで」
苦しい言い訳か、と想いながらそう零したレンは、そういうものですか、と納得するネルに安堵する。
「でも、今のうちに息抜きしておきましょうか。姫様のお好きなクッキーを焼いてきましたので」
「まぁ、ありがとう。頂くわ」
手を伸ばしたレンにどうぞとソニカは差し出して、一枚手にとって口に含んだレンはふにゃりと相好を崩した。
「美味しい…」
「お口にあって良かったです」
ふわりと笑うソニカににっこりと微笑み、レンはクッキーを腹におさめていく。
そんな他愛ない出来事が馬車内で繰り広げられる中、会合の場所―――大国ヴァルフェニアに在るセントハイマ院の広場には、着々と近づきつつあった―――…。
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ほら、おばあさんもジェ...☆ ネバーランドが終わるまで
那薇
眠い夢見のホロスコープ
君の星座が覗いているよ
天を仰ぎながら眠りに消える
ゆっくり進む星々とこれから
占いながら見据えて外宇宙
眠りの先のカレイドスコープ
君が姿見 覗いてみれば
光の向こうの億年 見据えて
限りなく進む夢々とこれから
廻りながら感じて内宇宙...天体スコープ
Re:sui
あの人が言うには
『彼はもう外に出てたから許した』けど
私は「隠されたままでいいよね」って
余計許されなくなって
「手札を払うのに使いました」
私のカードは彼と重ねられて
山札に捨てられる
あの人と目が合わないうちに
このままじゃ
私の言葉が彼のことだって...カードゲーム
mikAijiyoshidayo
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