遂に・・・・・・遂にだ。
彼女は己の在るべき姿を取り戻したのだ。
歌姫、ボーカロイドディーヴァとしての、美しく歌う姿を!
その姿を、俺は二度と忘れないだろう。
ネルは雑音さんと、歌を歌い、歌い上げた。渾身の力をこめて。
俺も分かった。
躍動が、振動が、駆動が、鼓動が。
美しく歌を歌う二人の全身から感じ取れたのだ。
俺の頬には、気がつかぬ間に一筋の涙が伝っていた。
胸の中に、興奮に震える心臓と、確かな満足感、達成感を感じる。
身震いと胸の高鳴りが、二人が拍手を受ける姿を思い出すたび、止まらなくなる。
そして、感動の余り、一筋だった滴が、大粒となって目蓋から流れ落ちる。
ネルと雑音さんは、歌い終えた後、拍手と声援に見送られ、悠々と退場していった。
これで、これでいい。
これでこそ、ネルの本当の姿。
ネル・・・・・・君は歌を、幸せな歌を、皆に送り届け、幸せにすることが
できる。
歌と、皆のために。
俺は番組が終了すると同時に席を立ち、ネルと雑音さんを映し出していたモニターの前から去った。
二人の、元へと。
ネルを、今一度抱きしめるために。
控え室に戻っても、あたしはまだ興奮で足が震えていた。
あたし・・・・・・とうとうやったんだ。
みんなの前で、力いっぱい歌うことが出来た。
前にも良く歌うことはあった。でも、こんなのは初めてだ。
歌っている間、不思議な感じて、体が宙に浮くような感じがしたんだ。
そして、あの緊張と、歌った後に拍手がきたら、すごく嬉しくて。
初めて、歌って、満足感というものを知ったんだ。
本当によかった・・・・・・。
「ネル・・・・・・ネル!」
「え?」
次の瞬間、雑音があたしを思いっきり抱きしめた。
「え、あ、ちょ、雑音ぇ・・・・・・!」
「ネル・・・・・・やった・・・・・・やったよ・・・・・・!」
雑音は言葉が見つからないのか、ただ、やったよとだけ繰り返して。
・・・・・・泣いてるよ。
雑音の涙があたしの肩を濡らす。
でも、あたしには、むしろ嬉しい涙。
そっと、あたしも雑音の体を抱きしめる。
「雑音・・・・・・あたしもよかった。最高だった。歌を歌うことが、あんなに素敵なんて、初めて知った。でもね、その前に、もっと良かったことがあった・・・・・・。」
「ふぁ・・・?」
「雑音に、雑音に出会えたことが、一番良かった。そうでなくちゃ、あたしは今ここにいないし、もしかしたら、生きる希望をなくして、粗大ごみになってたかも。でも、雑音に出会えて、一緒に生活するようになって、歌を歌うようになって、そしたらこうやってまた歌うことが出来た・・・・・・雑音、あんたのおかげたよ。ありがとう。」
嬉しくて、我慢できなくて、あたしの肩に顔を押し付けて泣く雑音の頭を優しく撫でてやる。
これも、今のセリフも、一つ一つが、雑音と作り上げてきた友情があるから出来たことだと知る。
雑音はその場にぺたんと座り込んだので、あたしも雑音のように座って、もう一回撫でてやった。
もうすでに、あたしの目の前も、ぼやけてきて、目元が熱くなってきて・・・・・・。
一緒に泣いた。
ただ抱き合って、泣き叫んで、一緒に嬉しさをかみ締める。
嬉しい・・・・・・いつまでもこうしていられたら・・・・・・。
「ネル!」
敏弘が部屋に入ってきた。
抱き合っているあたしと雑音さんを見て少しびっくりしたみたい。
でも、別にかまわない。
「ネル・・・・・・良くやった!最高だった。」
「ありがと。」
「・・・・・・。」
敏弘も、あたしと、雑音を覆うように抱き寄せた。
「ネル・・・・・・雑音さん・・・・・・。綺麗だったよ。これで人気も上がる。おめでとう。」
敏弘は、また強く抱きしめた。
そして、敏弘も、しだいに肩を震わせて、すすり泣くのが分かった。
こうして泣いているのは、嬉しいから。
嬉しいのは、歌えたから。
歌えたのは、雑音と、敏弘がいたから。
こんな幸せをありがとう・・・・・・雑音。敏弘。
今まで、ワガママいって、ごめんね。
これからは、ちゃんと言うこときいて、そしたら、また歌おう。
大好き、だからサ。
「雑音。」
あたしは、雑音の唇に、キスをした。
それは、感動の一時であった。
俺と、雑音さんとネルは、ひしと抱き合い、やり遂げたという嬉しさの余りにこらえきれず、雨のように涙を流し、互いに、その嬉しさというものを共感したのだ。
誰にも知られない、三人だけの空間で。
俺は何も考えず、二人を抱き、感動に浸った。
彼女達の体温を感じるとともに、それは一層増した。
その温もりと、感動と、嬉しさが、未だ俺の胸に余韻として残っている。
嬉しさを共感したのは良いのだが、俺はどうやらお邪魔らしく、二人には必要な連絡事項を伝え、感動の余韻に浸る余裕を与えた。
俺の仕事はこれで終わりではないため、こうして一人、廊下を足早に急いでいる。
俺は事務所のエリアに戻らねばならない。だが、二人はあのまま帰すとした。今日はもう残されたスケジュールは無い。家でゆっくりと、休んでもらうとしよう。
とりあえず、今は足を急がせる。
「どうしたんですか?そんなに急いで・・・・・・。」
誰もいなかったはずの後ろから投げかけられた声に対して、俺は反射的に振り返り、身構えた。
「お前か・・・・・・。」
その場には緑色の髪の青年が、不気味な笑みを浮かべ見下ろすような視線で俺を見つめていた。
ミクオである。
まさか、いくらこいつといえども、俺の後ろを取るとは・・・・・・。
俺は驚きをかろうじて隠し、毅然とした態度を保った。
「何故ここにいる。それに明介は。」
彼の存在自体に謎があった。
まず、一人でいることだ。
要注意人物として一部の業界や軍内部では有名な彼には、監視者として明介が常に近くにいるはずだ。
だが、明介はここにはいない。
蛍光灯に照らされ純白に染められた廊下は一直線。俺の前後にいれば、必ず気付く。
だが、前にも後ろにも、彼の姿は見えない。
どういうことなんだ・・・・・・。
「明介さんですか?あの人ならお仕事が忙しくて、僕暇だったんで、ちょっとピアプロの中を・・・・・・。」
その発言の信憑性は薄い。
だが、実際に明介はいない・・・・・・。
「勝手な行動は許さん。すぐに事務所へ戻れ。」
「でも、戻ったところで、特にやることないし。」
「黙れ・・・・・・。」
ミクオの対応に、俺は怒りを覚えた。
おのずと、ミクオをにらみつける。
「まぁまぁ。そう怒こらなくてもいいじゃないですか。ああ、そういえば、僕もさっきの収録、見てましたよ。いやーネルさんと雑音さん、すごく歌うまかったですね。」
不気味な笑みを絶やさず、暢気にミクオは言う。
俺はこいつも一人にできないが、今は事務所に戻ることが先決だと判断した。
しかし、明介は・・・・・・?
俺は連絡を取るべく、ナノマシン通信を開始した。
(明介、おい明介!どこにいる!何故ミクオを野放しにしてい!!)
「ふふふっ・・・・・・。」
通信でいくら訴えようにも、何の音声も返ってはこない。
狼狽する俺を、ミクオは見下し、あざ笑った。
こいつ・・・・・・!
「ミクオ、貴様・・・・・・!」
「どうかしましたぁ?」
全てを見透かした視線、不気味に、不敵に、口元が歪む。
こいつに構っていては、尚更不安が増すだけだ。
「妙なマネは考えるな・・・・・・!」
俺はミクオの横を通り抜け、走り出した。
「明介さんの居場所ですが・・・・・・。」
その言葉で、走り出した足にブレーキをかける。
こいつ、俺で遊んでいるつもりか。
「今は会えませんよ。」
「何?」
「なにせ、クリプトンタワーの方に呼び出されていますから。」
「何だと・・・・・・。」
クリプトン本社に何故明介だけが・・・・・・。
監視者達が、別々の行動をとる場合は情報を共有させ、他の監視者へ伝える。
しかし、明介とは連絡は取れない。
「ま、そのうち戻って来るでしょう。」
立ち尽くす俺に、ミクオはそれだけ言い残し、現れたと同じように突然姿を消した。
何なんだあいつは・・・・・・。
俺には、先程ネル達と共感した嬉しさなど既に忘れていた。
ただ呆然と立ち尽くし、ミクオのいた場所をにらみつけた。
それともう一つ、胸の中に、不安とも悩みとも、はたまた怒りともつかぬ感情が渦巻いていることに気付いたのだ。
・・・・・・なんだ・・・・・・この胸騒ぎは・・・・・・。
「・・・・・・これが、例の三人ですか?」
「そう。特にこの中央の子は、そろそろウェポンズへの受け渡し準備が整う。」
「このことは、網走博士に?」
「お伝えするわけ無いだろう?あの人が見たら、帰してくれと哀願するに違いないからね。知ってるかい?この子は、網走博士がお造りになった。」
「なるほど・・・・・・それでこの前あなたの研究室へお招きしたときも、博士だけには見せなかったのですね。」
「しかし・・・この子の修復を行ううちに、僕にも愛着がわいてきたが、まぁ金になるものはしょうがないか・・・・・・。」
「このお二人は?」
「この子と一緒に、かつて軍に配備されていた。」
「この後どうするのですか?」
「この二人は軍のほうへ。」
「そうですか・・・・・・。」
「三人とも体の損傷が酷かったが、上の協力で、すぐにこの通りだ。が、まだ眠っててもらう。まだ記憶の初期化などの作業が済んでいない。」
「では、私はそれを・・・・・・。」
「そうだ。君になら出来るよ。なに単なる人形のお守りだ。」
「了解しました。鈴木主任。」
「頼むよ英田さん・・・・・・。」
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