むかしむかし、と言うほどでもないむかし。
だがここは、むかしむかし、と言っておいた方がいいだろうか。
とある、何のへんてつもない町に、双子の姉弟が住んでいた。
二人は、幼い頃に両親を亡くしていたが、互いに力を合わせて生きていた。
姉は気が強く、たびたび男の子と喧嘩するほど。
弟は賢く、町の学校での成績は、誰よりも良かった。
これは、そんな二人の14歳の誕生日に起きた、不思議なお話。
[不思議の国へようこそ]
prologue.
その日、姉は機嫌良く家へ続く道を歩いていた。
今日は誕生日。
祝ってくれる人は弟しかいないけど、彼女の足取りは軽やかだった。
自然と、鼻歌を口ずさみながら、黄色く塗られた家の扉を開ける。
「たっだいまー!」
「お帰、りっ…!」
明るく叫んで、中にいた弟に飛び付く。
あまりの勢いに弟はよろめいた。
でも、文句は言わない。
その代り、姉を見て、少しだけ苦しそうに笑う。
「誕生日おめでとう!」
「そっちこそ、おめでとう!」
お互いに祝いの言葉を口にして、こつんと額をぶつける。
「今日から14歳かぁ」
「今年こそ、俺が身長抜いちゃうかもね」
「え、それはやだな」
ほとんど同じ高さにある弟の目を見て、姉は少し拗ねたような顔をした。
「ちょっと前は私の方が高かったのに」
「しょうがないよ。俺、男なんだし」
「うー…」
なおも、苦し紛れに何か言おうと、姉が口を開いた時だった。
トントン。
誰かが扉を叩く音がした。
「誰かな?」
「さあ」
姉弟は顔を見合わせる。
いつまでもそうしているわけにはいかないので、姉が走っていって扉を開けた。
「こんにちは」
「…誰?」
立っていた人を見て、姉は問いを発した。
真っ黒い服に、仮面。男か女かも解らない。
その誰かが、仮面の下で笑った気配がした。
「名乗るほどの者ではないですよ」
「じゃあ、何しに来たの?」
再びの問いに、弟は思わず天を仰ぐ。
何故自分の姉は、こうもずけずけと物を言えるのだろうか。
だがそれにも構わず、黒服は懐から封筒を取り出し、姉に差し出した。
「お城からの預かり物です。貴方たち2人の誕生日を、ぜひともお祝いしたいとの事でした」
「…要するに、これ、招待状ってわけ?」
「はい、そうです。森を抜けて、ずうっと行った先にある、お城からの招待状」
黒服が頷く。
姉は軽く肩をすくめて、封筒を受け取った。
封筒をひっくり返すと、『不思議の国のお城より』と書かれている。
「不思議の国?何なの、この不思議の国って」
姉が言って顔を上げると、黒服はもういなかった。
「何だったの、あいつ」
訝しげに眉根を寄せて、姉が封を切る。
その中身を見て、さらに微妙な表情を浮かべた。
「ねぇ、何だと思う?これ」
「何って…トランプ?ハートのエースの」
姉に渡されたそれを、弟が用心深く眺める。
「だよね。でも…招待状がトランプかぁ。面白いじゃん」
「…すっごく嫌な予感がするんだけど」
ぼそりと呟かれた弟の言葉を無視して、姉はずいっと身を乗り出した。
明らかに好奇心から、素晴らしいまでに目を輝かせている。
「ね、ちょっと行ってみない?」
「本気か?不思議の国なんて、胡散臭いよ」
「いいじゃない!なんだか楽しそうだし!はい、決まり!」
パンっ、と楽しげに手を合わせたかと思うと、姉はもうドアに手をかけ、外に飛び出していた。
反論しようとした弟を置き去りにして。
「あぁもう…!待てよ!」
思い立ったらすぐ行動するんだから。弟は内心で溜め息をついて、姉の後を走って追いかけた。
まぁ、急がなくても、行き先は決まってる。
『森を抜けて、ずうっと行った先に…』
黒服はそう言っていた。
ならば、姉がまず向かう場所は、森の入口に決まってる。
「…もう、おっそい!1人で行くなんて、むなしいんだから、ちゃんとついてきてよね」
弟が思った通り、姉は町のはずれ、森に続く小道で、苛々しながら待っていた。
その彼女の前で足を止めて、弟は体をくの字に折って、息をつく。
「無茶言うなよ、さっさと出てったくせに…」
「あっそ。ほら、早く行かなきゃ今日中にお城に着かないわ!さっさと歩く!」
「えー…」
弟の抗議には、聞こえないふりをして、姉はさっさと森の中へと入っていく。
走り続けて疲れていたし、少しだけ迷ったが、結局弟も、姉の後をついていく事にした。
姉を1人で行かせるのは不安だったし、何より、弟も『不思議の国』には興味があったから。
森を抜けて、ずうっと行った先にある、不思議の国のお城。一体どんなところなんだろう。
考えるだけでわくわくする。
「…あれ?」
ふ、と。弟は引っかかりを感じて想像を止める。
「俺たちの誕生日を祝いたいなら、なんで今日の朝に来なかったんだろう」
「さあ?あっちにも、何か考えがあったんじゃないの?」
弟の独り言を、姉は笑って軽くあしらう。
「そう、か…?」
弟はまだ納得できなかったが、森の赤土を踏んでしまうと、そんな事はもう忘れていた。
手を取り合って森を進む姉弟を、ずっと見ている影があったのを、2人は知らない。
もう自分たちが不思議の国にいる事も、もちろん知らない。
「さてさて、楽しんでいただければ良いのですが」
真っ黒い服を着た誰かが、仮面の下で、にィと笑った。
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