注意書き
このお話は、「マスターのパソコンの中」が舞台のお話です。
ボーカロイドたちはパソコンの中で、人間のような生活を送っていますが、マスターとやりとりすることはできません。
第一話【パソコンの中】
パソコンの中には、不思議な世界が広がっている。
パソコンのユーザーはその世界を知ることはできないが、それは確かに存在している。
現実とも非現実ともつかぬ奇妙な世界。だが、その中で生きる者たちにとっては、それは紛れもない現実なのだ。
そこには、街が広がり、家があり、暮らしている者たちがいる。何故そうなっているのか、誰も疑問には思わない。
その世界はただ、そこにある。
「ただいま」
適当に外――といってもパソコンの中なのだが――をぶらついた後、鏡音レンは帰宅した。パソコンの中の世界、それは一見、普通の日本の街並みだ。通りがあり、様々な建物がある。レンたちボーカロイドが居住する家も、そういった建物の一つだ。どうしてそういう仕組みになっているのかは、ボーカロイドたちにもわからない。ただ、そうなっている。それだけのことだ。そのことに、レンであれ他の誰であれ、ボーカロイドたちは疑問を持たない。彼らにとって、それは当たり前のことなのだから。
「あ、お帰り?」
明るい声で答えたのは、レンと対になるボーカロイドの鏡音リンだ。居間のソファに座って、楽しそうに足など揺らしている。
「リン、何かいいことでもあったの?」
何気なく、レンはそう訊いてみた。
「あ、あのね! マスターの次の曲、あたしのなの!」
はしゃいだ声で、リンはそう答えた。このパソコンの中の不思議な空間では、データは何らかの形になって現れる。マスターが作る音楽データは、この居間にある箱の中の、楽譜となって現れるのだ。そしてこのパソコンの持ち主であるマスターは、作成中の曲のタイトルに、歌わせる予定のボーカロイド名を入れる。例えばリンの曲なら "Sample_Rin" という仮タイトルになる。レンは箱を開けて、一番上の楽譜を見た。
「あ……」
そのファイルを見た時、レンは複雑な気分になった。……タイトルに入っているのは、リンだけ。複数のボーカロイド用なら、マスターは連名にする。つまり、この曲はリンのソロ曲だ。
このパソコンには、多くのボーカロイドが住んでいる。レンたちが暮らしているこの建物――誰がどんな風に建てたのか、それはボーカロイドたちにはわからない――には、クリプトン社から発売された六人のボーカロイド、メイコ、カイト、ミク、リン、レン、ルカが住んでいる。この家の隣にある建物には、インターネット社から発売されたボーカロイドたちが住む家があり、反対側の隣の建物には、AHS社から発売されたボーカロイドたちが住んでいる。
と、このように多くのボーカロイドがパソコンの中に住んでいるのだが、マスターが彼らを均等に使いこなせているのかというと、そんなことはまったくなかったりする。かくして、ボーカロイドたちの間に大きな格差――マスターに使われるか、使われないか――が発生してしまっているのであった。
レンとリンの二人はどちらかというと使われない方で、前に曲を作ってもらったのは一年以上前になる。そもそも二人がパソコンにやってきてから、作ってもらった曲は三つだけ。どの曲も、二人のデュエット曲だった。
まったく使われず放置状態、というのは、精神的にかなり辛いものがある。もっともそれを言ったら、メイコやカイトは、ミクがこのパソコンにやってきてからというもの、これまた全然使われなくなってしまったらしいのだが。二人とも長生き――あくまでボーカロイド基準――しているせいか、既に事態を達観してしまっており、現在の状態、パソコンの中で自由に過ごせるということを、楽しんでいるようなところすらある。
だが、レンとリンの二人は、まだそこまで割り切れなかった。ボーカロイドとして作られたからには、歌を歌いたいし、それを誰かに聞いてほしい。だがマスターが歌わせてくれなければ、歌を不特定多数の人たちに届けることはできないのだ。
「すごく楽しみ! いい曲だといいなあ!」
レンの目の前で、リンは一人ではしゃいでいる。レンの不機嫌そうな様子には、少しも気づいていないようだ。そんなリンの様子を見ているうちに、レンの機嫌の悪さにはますます拍車がかかっていった。
「希望としては可愛い曲がいいけど、マスターのことだから静かな曲かも。でもどんな曲でもいい、歌えるんなら!」
「ふーん、良かったね」
冷めた声でそう言うと、リンはようやく、レンの様子に気がついたようだった。きょとんとした表情で、こちらを見る。だが、原因についてはまったく気づいていないようだ。
「レン、何か嫌なことでもあったの?」
まったく、全然、悪びれずにリンが訊いてくる。いい加減気づけよ、とレンは心の中で毒づいた。
「別に」
それだけ言うと、レンは踵を返して、部屋を出ようとした。だがその瞬間、服の裾をぐっとつかまれる。つかんだのはもちろん、リンだ。
「ねえ、どうしたの!? 何かあったの? あったのなら教えてよ」
リンの表情は心配そうだ。実際、心配してくれているのだろう。だがその様子が、レンの苛立ちを更にかき立てた。
「関係ないだろ。離せよ!」
「関係なくないもん!」
「うるさいな、誰のせいで俺が機嫌悪いって思ってんだよ!」
思わずそう怒鳴ってしまう。レンのその怒鳴り声を耳にし、リンが驚いて目を見開いた。
「何それ!? レン、何が言いたいのよ!?」
「良かったね、リンは曲作ってもらえて。俺は相変わらず放置状態更新中なのにってこと」
嫌味混じりに、レンはそう言った。リンはしばらくショックを受けた表情で立ち尽くしていたが、やがて、静かに下を向いた。
「あたし……別にそんなつもりじゃ……」
うつむいたまま、リンが呟く。声がかすれていた。
「そういうことも気づかないぐらい浮かれてたんだ」
レンがきつい声でそう言うと、リンは下を向いたまま、ぼそぼそとこんなことを言い始めた。
「だって……嬉しかったんだもの。だから、レンにも一緒に喜んでほしかったのに……」
「俺が一緒に喜べるわけないだろ」
そう。一体どうやったら喜べるというのだろう。リンだけ曲をつくってもらえ、自分には何もないというのに。
「う……」
リンが言葉を失い、黙り込む。そんなリンの様子を見ても、レンの中の苛立ちは治まるどころか、余計強くなった。その感情のまま、リンに吐き捨てるように言葉をぶつける。
「そんなこともわからなかったのかよ。ああ、そうか。リンは自分さえ曲作ってもらえれば、俺のことなんてどうでもいいんだな」
そう言った瞬間だった。リンが顔をあげ、レンを睨んだ。
「……そこまで言われる筋合いないっ! あたしだって、あたしだって……」
リンの瞳に光るものが見える。それを見た瞬間、レンはいけないことをしたような気分になった。反射的にわびの言葉が出かかったが、それを押し込む。そもそも、自分が機嫌が悪いのは誰のせいだ?
レンはこみあげてくるもう一つの感情を押し殺して、リンに苛立ちの言葉をぶつけた。ぶつけてしまった。
「だから何だよ! 結局リンは曲作ってもらえるんじゃないか! 俺とは違うだろ!」
「うるさいうるさいうるさあいっ! レンのバカっ!」
リンは大声で叫ぶと、くるっと背を向けて、部屋を飛び出して行ってしまった。玄関のドアが派手な音を立てて閉まるのが聞こえてくる。どうやら、外に飛び出して行ってしまったようだ。
レンは面白くない気分のまま、一人居間に残された。ソファに座ろうか、それとも自分の部屋に引き上げようか、少し考える。だが、レンが決断を出す前に、玄関のドアがまた開く音が聞こえてきた。
「……ただいま。あ、レン君?」
入ってきたのは、ボーカロイドの初音ミクだった。これまた心配そうな表情で、様子をうかがうようにこちらを見ている。
「なんだよ、ミク姉」
彼らはあくまで「ボーカロイド」であり、血縁関係にあるわけではない。だがなんとなく、同じ会社から発売されたボーカロイドたちは、自分たちを兄弟のようなものだとみなしていた。なので、年上という設定のボーカロイドには、こういう呼び方になる。
「あ、うん、あのね……さっきリンちゃんが、すごい勢いで泣きながら飛び出して来たのよ。わたしが声をかけても気づかなくて、そのまま走って行っちゃったわ。あんなリンちゃん、初めて見たから、なんだか心配になって……」
どちらかというとお気楽な性格のミクだが、年下のレン、リンに対しては、保護者的な感情が働くようだ。
「もしかして、ケンカでもしたの?」
ミクの声には気遣う響きがあった。だが、レンはまだイライラしており、それに気づくことはできなかった。それほど、不機嫌だったのだ。
「……別に」
「別にって、ちょっとレン君! どうしちゃったの? いつもはそんなじゃないのに」
「うるさいな、ミク姉は関係ないんだから、黙っててくれよ」
とがった声でそう言ったレンに、ミクはむっとした表情になった。それも仕方のないことだろう。
「うるさいって……レン君もリンちゃんも家族よ。心配に決まってるわ。何があったのか話してほしいの」
「だから、ミク姉には関係ないんだよ。だいたい、話したってわかるわけないよ。ミク姉みたいに、普段からたくさん曲作ってもらってる人にはさ」
レンは突き放した口調で言った。ミクが唖然とした表情になる。
「ちょっとレン君、何よそれ! まるでわたしが一番曲を作ってもらってるのが、いけないことみたいに聞こえるじゃないの!」
ミクの言葉に、レンの苛立ちは頂点に達した。そう、ミクはこのパソコンの中にいるボーカロイドたちの中で、一番たくさん曲を作ってもらっている。
「いいよね、作ってもらえる人は」
嫌味っぽくそう言うと、レンはミクの横をすり抜けて、玄関に出た。しゃがみこみ、靴を履く。
「ちょっとレン君、どこ行くの!? 話は始まったばかりよ」
「うるさいミク姉のいないとこ」
それだけ言うと、レンは玄関のドアを開け、外に出た。こちらに向けて叫ぶミクの声が聞こえてきたが、追って来ようとはしなかった。
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