例えば、そう。
夜だから。
電気を消せば闇が全てを包んでくれるし、その闇がその人の髪も、肌も、隠してくれる。
例えば、目隠しをするのは快感を呼び覚ます為ではなく。
あなたの花弁のような唇や、柔らかい胸を見たくないから。
「ルカ姉の指」
「何」
「耳、睫毛、つむじ、かかと」
「だから何」
「全部好き」
ミクがひとつひとつ、丁寧に口付けながら言う。
愛おしそうに。
ミクのそれとどう違うのだろう。と半ば呆れて笑うけど、ミクは私のそんな反応も予想していたようで、気にせずに他の部位を触って探っていく。
「マニアックな箇所ばっかり」
「一目見て分かるところなんて、私じゃなくても言えるじゃない」
ミクの手は今、私の背中。
だから別にミクとそんなに変わらないと思うんだけどなぁ。
今度は苦笑い。
触れた肌はあまりに弱弱しいし、絡めた指は私と同じくらいに細い。
そう、同じくらいに。
今まで触れ合ってきた男達とは明らかに違う感触。
それは相手が女だから。
触れられて、触れて、気付くこと。
もう、戻れない。という、焦燥感。
それが更に、私の五感を敏感にさせるのだ。
「ぜーんぶ好き」
今度は犬のように、私のおへそを舐めた。
私はくすぐったくて、少し身を捩る。
「はいはい、ありがと」
これ以上じゃれあってたら、きっとまた変な気分になっちゃうわ。
そろそろセーブしとかないと。
お泊りだからと言っても、明日も早いんだから。
ミクは不満そうに唇を尖らせて私を見る。
そんな可愛い顔してもダメよ。
あぁ、嘘。
少し揺らいじゃう。
「もう寝ましょ。明日も学校なんだから」
「だから金曜日にしようって言ったのに」
「親がいないのは今日しかないんだってば」
何とか理性を保たせて冷静に言った言葉に、やっぱりミクは不満そう。
もう十分欲望は満たした筈じゃないの?
もう夜中の二時よ?
そう思うけど、実際自分だってまだ足りないし、まだ「欲しい」と思うのだ。
後から後から湧いてくる欲に溺れそうになる。
息継ぎすら困難だ。
「分かりました」
素直に言うことを聞いて布団に入った様に見えるけど、拗ねているのは誰が見ても明らか。
子供のように感情をさらけ出してくれるミクに罪悪感を覚えるのはいつものこと。
私はきっと、一生あなたにこんな感情をもったまま。
同じベットで眠る。
自然と向かい合って、手と手を取り合って。
まるでそうしないといけないように、いつも引き寄せ合うこと。
離れられないように。
けれどいつかは離れなければいけない。
女同士であるという背徳感から生まれる愛情なら、いつかは枯れてしまう。
きっと。
そうなったら、私達はもうこんな世界では生きていけない。
カーテンの外が明るさを帯びてきた頃。
私の瞳からはいつも様に水が零れる。
ミクと一緒に眠ると、決まって一睡も出来ない。
眠れない私が考えるのは、いつもそんなことばかりなのだ。
泣いている私に気付いてミクが起きる。
ううん。
きっと、ミクも同じように眠れないのかもしれない。
だって、私が泣き出すとすぐに、いつもこうやって目を覚ますの。
「大丈夫よ」
私の涙を拭うミクの唇は、そんなことをする為のものではない。
ミクを守ってくれるような。
私の持っていない力をもった男の子と、口付けを交わす為のもの。
いつかはミクも、そんな人と恋に落ちるかもしれない。
普通の女の子に戻る日がくるかもしれない。
その時に私は、潔く身を引ける自分でありたい。
笑顔で祝福できる自分でありたい。
そう思えば思う程に、眠れなくなる。
眠らないと、夜はあっと言う間に明けてしまう。
段々と夜明けが近づくのを、嫌と言う程実感してしまうのだ。
朝が怖いんじゃなくて、夜が明けてしまうことが。
私の涙を拭うミクの頬も、濡れていた。
それは私の涙なのかもしれないし、もしかして。
まだ夜は明け切っていないと。
それに気付かない振りをする。
今はこの甘い、魅惑のひと時に溺れさせて。
夜という目隠しで何も見ない振りをする私を許して。
いづれ消えゆく私達ならば
end.
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