「はい。ここに遊園地のチケットが二枚あります」
騒がしい放課後――こんな時はいつでもどこでも寝られる、という素晴らしい特技を生かして昼寝をしようと思っていた彼は、その言葉を無視しようかと思った。けれど、その可愛らしく、それでいて力強い声を聞き、それをしては駄目だと彼の本能が告げていた。
彼がゆっくりと顔を上げると、予想通りの一人の少女が――その声の主が立っていた。柔らかな亜麻色の髪に、頭に乗せている白いリボン。光と好奇心に溢れた蒼い瞳は、彼女の性格を一目でわからせる。
栗布 凛(くりふ りん)。それが彼女の名前だった。
「凛、それ言うなら電話にしてくれよ……」
彼は大きな溜息をつき、そう言った。
癖のある明るい茶色の髪に、深みのある紺色の瞳。割と整った顔立ちに、長く細いけれどしっかりとした手足。
彼の名は、山波 蓮(やまは れん)。この海道(かいどう)中学校、一年二組の副学級委員長にして、生徒会役員。テストの成績も常に上位十位をキープしているのだが、しかし傍から見ればただの気の抜けた少年にしか見えない。
「な、何よー。せっかく女の子がデートの約束持ちかけてるのに~」
凛は頬を膨らませて言う。明らかに機嫌を損ねてしまった様だ。
しかし蓮はそれを無視する。
今は、正に緊急事態なのだ。
可愛らしく、男女ともに好かれている凛に、クラスメイト全員がいる中でこんな『一緒に遊園地行こうよ!』という様な事を言われてしまった。それはもう当然、周りの者から嫉妬やら羨望の視線が送られてきてしまう。
しかも、いつもはやる気のない姿でいるくせに、成績上位の蓮は普段から妬まれることが多い。このままクラスメイト達の反感を買いまくれば、孤立だのいじめだのに発展してしまうだろう。
「こりゃ、ちょっとまずいな……」
蓮は、誰にも聞こえないような小さい声で呟いた。
そんな間にも、凛はどんどん機嫌を損ねていく。
実は、彼女はもう何日も前からこの話を持ちかけようとしていた。けれど蓮は休み時間になるとすぐに昼寝をして起きなかったり、あるいはふらりと教室を出て帰って来なかったりなどして、話しかけられなかったのだ。
蓮が休み時間に起きているところを見かけても、急に緊張して動けなかったのもあるが……
そんな苦労を知りもしない彼は、自分の誘いに答えてくれない。挙句の果てに電話で言ってくれとか、小さい声で何かを呟いたりとか、相手にもしてくれない。
遂に彼女の瞳にじわりと滴が溜まる。
「……い、いいもんっ! もう蓮なんか誘わないから!!」
凛はそう言い、教室を飛び出した。
蓮は凛が教室を出て行ったのに気づき、何回か頭を掻く。そしてふいに立ちあがると、一部始終を見て唖然としている生徒達を、鋭く睨みつける。それに生徒たちはびくりと肩を震わせた。
蓮はそのまま教室を出ようとして、一度立ち止まり、振り返る。そして、低く重い声で言った。
「……もしも着いて来たら――」
◇◆◇◆◇◆
一年二組の教室から離れた多目的室は、驚くほど静かだった。その静寂の中、凛は机に突っ伏していた。
「蓮の、馬鹿……」
ぐいっと制服の袖で涙を拭う。
空はもう紅く染まり、夕陽の光が電気の点いていない教室に差しこんでいた。もうそろそろ部活に行かなくてはならない時間なのだが、凛は動こうとしなかった。
はあっ、と一つ溜息をついた時、突然誰かに頭を撫でられる。
「っ!?」
驚いて顔を上げると、そこには優しい笑みを浮かべる蓮が立っていた。蓮はしゃがんで凛と目線を合わせると、
「溜息すると、幸せが逃げんだぜ?」
と言う。
その言葉に、凛の顔に自然と笑顔が浮かんだ。
「蓮だっていつもしてるじゃーん」
「いやさ、俺は日頃の行いがいいから幸せは逃げないんだよ」
「えー、うっそだー」
ははは、と二人は笑った。
「そういえば、クラスの子たちがずっとこっち見てたけど……どうして着いてこなかったの?」
凛はそう言った。それに蓮は、やっぱり凛も気づいてた? と言う。
二人のクラスメイトはみな人一倍噂好きで、色恋沙汰やらがあると、絶対に一部始終を見てやろう、とどこまでも着いてくるのだ。
蓮は肩をすくめた。
「いやぁ、別に何もしてないよ。ただ教室出る時に、着いてきたら(この単語は公開できません)しちゃうぞ☆ って言っただけ」
「……へぇ」
彼の言葉に凛は、身の毛がよだつとはこういう事だと理解した。
「それでさ、凛」
「ん?」
凛は軽く返事をする。
蓮は、一呼吸置いて言った。
「さっきの教室での話の続き、しよっか」
途端に凛の頬が赤く染まった。
しばらくして、凛はスカートからチケットを二枚取り出す。そこには、『はっぴぃめりぃ・あみゅうずめんと』と、気持ち悪いくらいの丸い文字で書いてあった。
「これ、遊園地のチケットなんだけど……」
凛は息を吸い、一番言いたかった言葉を言おうとする。
その時だった。
部屋の隅から、ぼそぼそと呟く声が聞こえた。
「ふ、うふふふふ……いい、いいわ……誰もいない教室で女の子は勇気を出して告白する。それをドキドキしながら聞く男の子。そして二人は両想いと知り、私、あなたの事が好きなの! 二人で遊園地に行こう!? なんだって!? ありがとう、とっても嬉しいよ! 僕も君の事がずっと好きだったんだ! 本当に!? すごい、信じられない、愛してる! 僕も愛してるよ! そして二人は熱いキスを交わしっ……!!」
最後には呟くどころか大声で言っている一人の生徒の肩を蓮は叩いた。するとついさっきとは打って変わって冷静な表情で生徒は振り向いた。
艶やかな桃色がかった長い髪に、黒ぶちの眼鏡。スタイルも良く、かなり美形の彼女の鼻からは真っ赤な血が出ていた。
変態にしか見えない。無駄に顔がいいから、ますます変態に見えてくる。
しかし蓮はそれに動じなかった。
彼女は三年生の廻谷 瑠花(めぐりや るか)。野球部に所属していた蓮を、演劇部に引き入れた、立派な演劇部の部長だ。脚本作りの為にネタを探し続けた結果、この様な変態――もとい熱血部長になってしまったのだ。
そして彼女は口を開く。
「あぁ、気にしないで蓮君。実に今度の劇の参考にな……」
「廻谷部長。今すぐに立ち去らないと、俺野球部に戻っちゃいますよ?」
「はうっ!?」
蓮がそう言った途端、瑠花は大きな衝撃を受けたような表情になった。そして切羽詰まった様な声音で、
「だ、駄目よあんな部活! バットで殴られ砂にまみれせっかくのパーフェクト☆フェイスが崩れちゃうじゃない!!」
とよくわからない言葉を発する。それに蓮はにっこりと微笑んで、
「じゃあ出て行け」
そう言うのと同時に彼女の襟を掴んで持ち上げる。そしてそのまま大きく振りかぶって、
「え、蓮!?」
扉の方へと、投げた。
「きゃああああぁぁぁ!?」
瑠花の体は綺麗な放物線を描いて、開いていた扉の向こうへ、廊下へと投げ飛ばされた。頭から床に着地して瑠花が気絶したのを確認すると、蓮は静かに扉を閉めた。
「蓮……いいの? 先輩にあんな事しちゃって」
凛は恐る恐る尋ねた。それに蓮は頷いて、
「いーのいーの。あぁ見えて部長は体丈夫だしさ」
「いや、そう言う問題じゃ……」
しかし、蓮はその言葉を遮り、
「で、邪魔が入ったけど、続き」
凛の持っているチケットを指さす。凛はその言葉の意味を理解して、ぎゅっと目をつぶる。
「えっと、さっき先輩が言った通りなんだけど……いい、一緒に遊園地行かない!?」
二人の間に沈黙が降りる。しばらくして、凛はそろりと瞼を開けた。すると、そこに蓮はいない。
「……え」
刹那、ぽんっと頭を軽く叩かれる。
「じゃ、明日な」
いつのまにか蓮は彼女の隣まで来ていた。そして蓮は凛の手からチケットを一枚取り、教室を出て行った。遠くなる蓮の背中を見つめ、凛はその場に座り込んだ。
ほっと安堵の息を漏らし、続いて溢れ出そうな涙をこらえる。
「…………よかった……」
しかし、その言葉と同時に一筋の涙が頬を伝い、落ちる。
もう太陽は地平線に隠れ、夜が訪れようとしていた。
キミとデートとゴーランド【1】
以前ピアプロに投稿した小説を書き直しました。
今度はちゃんと続けられると……いいな……(願望)
そしてルカさん好きの人、ごめんなさい。
グーフ
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ご意見・ご感想
龍竜
ご意見・ご感想
はい!
本日2回目あやかですっ!
この作品もめっちゃおもしろい!
これからも頑張ってくださーい!
応援してますっ☆
2011/04/30 19:55:57
グーフ&ボイスレコーダー
なな、2回目っ……!?
ありがとうございますっ><;;
お、面白いですか? そう言ってくれると、すごい嬉しいです!
ちゃんと完結できるように、頑張りたいと思いますっ
2011/04/30 21:56:39