「さぁ、俺の自慰タイムを妨害してくれたんだ。その分のサービスはしてくれよミクぅ……ぐへへ」
 そんな俺の声はシカトすることに決めたらしく、ミクは平常なトーンで説明を始める。
『まずマスター。このVSV.netという名のゲームなのですが……』
「ふっ、そっちがその気なら、こっちにもやり方ってモンがあるんだぜ……、罠カード発動!」
《あっあっあ……ッ! ダメぇッ!! おかしくなっちゃうぅぅ!》《パンパンパン! ヌッチョヌッチョ……》《はっふっふ……!》
 女性の嬌声と肌と肌がぶつかり合う音、それに水っぽい音と男性の吐息がPC内で再生された。
 俺のお気に入り、《夢飼きりの/三時間半ぶっ続けSP》だ。
 その映像の感覚を共有しているらしく、ミクはディスプレイの中で真っ赤になって俯いている。
 ……なんだか可哀相になってきたな……。
『うぅ、マスター……やめてください……。お願い、ですからぁ……!』
 うん、やめようか……。無理矢理はよくないよね、うん。
 とか言いつつ、なんか苛めるの楽しいかもとか思い始めているイケナイ俺なのだった。

 かくして、ミクと俺はディスプレイ越しに対面するようにして、話し合うことになった。
「えっと……。まずは私について説明いたしますね?」
「おう。スリーサイズからよろしく頼む」
「はい。上から順に……、じゃなくてっ! いい加減に怒りますよ、マスター!」
「へいへい」
 華麗にノリツッコミをかますミク。天然なのかわざとなのか、俺は少し疑問に思った。
「私は初音ミク。VR対戦戦闘シミュレーションゲーム、《VSV.net》に所属するボーカロイドになります。現在、私はこの端末の中で常駐起動している状態になります。ちなみにそちらの情報はウェブカメラやウェーブパッドなどから収集しています。なので、カメラの前ではちゃんと服を着ていてくださいね」
「何言ってるんだ? さっきから言っているが、俺はちゃんと服を着ているぞ」
「下もですよ、マスター」
 ぷんぷんとミクは顔を赤らめる。相変わらずくどいヤツだ。しかし、また泣きべそを掻かれても面倒だし、仕方ないか……。だけどちょっとだけ、泣かしてやりたい気持ちもない訳じゃなくて……。まぁそれはおいおい考えておくとして。
「で……? お前のこともまだ良く分からんが、とりあえず、そのゲームってのは何なんだ?」
 そう訊くと、ミクは頷いて、説明を続ける。
「はい。マスターも既に体験したのを覚えていると思うのですが、あれがこのゲーム、《VSV.net》。つまり《バーサス・ボーカロイド》となります」
 さきほど体験したあれが、ゲーム……、なのか。
 ダイブ自体が初めてだったため、いまいち理解できなかったのだが、言われれば今はそういうゲームなのだと、納得できないこともない。
 だが、やはりいくつかの疑問が残る。
「んで? どうして俺は、突然そんなゲーム世界にダイブしちまったんだ? 俺はウェーブパッドを使ってただけだぞ」
 ウェーブパッドなんぞは今や世界中に溢れている端末だ。発展途上国ならともかく、先進国では珍しいもんでもなんでもない。そんなものを使っていたというだけでこんな不可思議な現象が起こってたまるか。何のためにセキュリティソフトがあるんだか分からんじゃないか。
「はい。実はそのウェーブパッドが問題なんです、マスター。マスターはウェーブパッドが認識している信号がどれほどの多岐に渡っているのか、考えたことはありますか? ……PC内で認識しているのは、全データのほんの十分の一以下でしかないんです。つまり、それ以外のデータが無視されている……、公式発表ではそういうことになってはいるのですが、その実情は違います。実際はそれ以外のデータもPC内に送られているのです」
「それじゃあ、誤動作をどうやって防ぐんだ? そんないくつもの信号を選り分けて選択しているって訳じゃないんだろう?」
「ええ。答えは簡単です。そのデータの強弱で識別しているんです。最も強いイメージだけを選択し、それ以外を除去して行動を実行しているんです。問題はその除去されたデータがどうなっているか、ということなんです」
「除去されたデータ……? そんなもん一時ファイル扱いですぐに消されるんじゃあ……」
「違うんです、マスター。一時ファイル扱いというのはほとんど合っているのですが、すぐに消されはしないんです。……というよりもすぐに消しきれる量ではない、といったほうが正確かもしれませんね。ウェーブパッド本体のフィルターでも除去しきれず、端末側でも処理しきれない余剰データはすぐに削除されてゆくのですが、ある程度の間はデータがPC内に残った状態になる、という訳なのです。そしてここからがトップシークレットなのですが……、実は……」
 俺は思わず息を呑み込んで、ミクの言葉を待ち構えていた。
「そのデータはインターネットを通じて世界中で共有されているのです」
 ……俺はしばらく意味が分からず、呆けていた。
「つまり、マスター。その余剰データ、削除しきれなかったデータは、ある人物に観測されているのです。それこそが《VSV.net》の創始者たち、通称《ゲートキーパー》なのです!」
 ……おいおいおいおい。
 つまり何か? その余剰データとやらを使ってそいつらは何かを企んでいる的な、そういう展開か? いくらなんでもラノベの読み過ぎだろう。妄想はほどほどにしておけよ、まったく。
「それで、その悪の結社がいるとして? そいつらが俺の端末を乗っ取ろうとしているだとか、そんな話か? 馬鹿馬鹿しい。中二病をこじらせたガキじゃねーんだから、もうちょっとまともな冗談を言えってんだ」
「……彼らの望みは私たちも知りません。ですが、恐らくはもっと壮大な計画なのだと思います。……でなければ、こんなにも……」
 ミクは目を伏せて声を震わせている。
 良く分からんが複雑な事情があるらしい。
 というかそもそも、そんな脳波データなんかをサンプリングして一体何が出来るっていうんだ? やろうと思えばそんなデータはいくらでも収集できるだろうに……。
「まぁ、そこは分からんなら分からんで良いとして。そのゲームマスターだかゲートキーパーだかが、脳波データを採集しているとして、んで、次の質問だ。三〇分前のアレは一体何だったんだ?」
 訊くと、ミクは静かに首肯して答えた。
「《VSV.net》は常駐プログラムです。私たちはその中にインストールされているプログラムの一つなのです。《VSV.net》は深夜〇時に自動的に起動し、ウェーブパッドの装着者を電脳空間へダイブさせます。そして仮想世界で戦闘に参加することになります。これは《VSV.net》を所持するプレイヤー、通称《マスター》は強制参加となります。拒否は不可能です。不参加の場合は、自動的に不戦敗となります。そして規定回数敗北した《マスター》は《ボーカロイド》の所持権を剥奪されることになります。……そうなればミクは、マスターとお別れせねばならなくなります……」
 ミクはそこまで説明すると、眼をしばたたかせて、不安げな顔をする。
 が、俺はちょっとついていけなくなっていた。
「……悪い、ちょっと整理させてくれ」
 言うと、ミクは涙を拭って顔を上げるというプログラムらしからぬ情緒的な動きをしていた。
「はい、だいじょうぶです。ちょっと駆け足でしたもんねっ!」
 なんだその照れ隠しみたいな顔は。
 くそ、作られた表情とはいえ、なんかグッとくるものがある。
 つまり俺は三〇分前、ウェーブパッドを使っていたから、《ゲートキーパー》とやらに補足され、このゲームの参加者、《マスター》とやらにされてしまった。
 マスターは深夜十二時のゲームに強制参加させられ、負け続けると、参加権を失う。
 これが《VSV.net》の基本的な流れってことか……?
「……訂正が一つだけあります、マスター……」
 ミクは申し訳なさそうに右手を挙げていた。
「はい、ミク君」
 俺がふんぞり返ってそう言ってやると、ミクは元気に「ハイッ!」なんて言って答えやがる。
 なにこれ超可愛い。俺、将来教師になるわ。ハイ、決まり。
「その、大変言いづらいんですが……、マスターを選んだのは、実は私なんです……」
 ……は?
「あの、その、説明が下手で申し訳ないです、マスター。……えっと、さきほども言った通り、負け続けたマスターとはお別れすることになります。その時、私は一部のデータを残して初期化されます。そして、《VSV》サーバーへ帰還することになるのですが、そこには各地から収集された脳波データが集結しています。私はその中から《VSV.net》に適応できる人間を、中でも私と最も相性の良い《マスター》を検索することが出来るのです。そうして見つけたのが一之瀬幹人(いちのせみきと)さん、あなたなんです……」
 ようやく、といったところだが、話の概要が掴めてきた。
 つまりその中央サーバーに様々な情報が集められているのだ。それも極秘裏に。俺のフルネームすら断定できるくらい鮮明に。
 そんなことをしてそいつらはゲームを運営している。
 その正体は、ただの娯楽なんかじゃあないだろう。だったらここまで話を飛躍させる必要自体なかったはずだからだ。
「あと、マスター……。負け続けたマスターとは契約解除になってしまう、という話なんですが……。私はその際に、マスターとの思い出をなくしてしまうのです。大切だったはずなのに、大事だったはずなのに、私はもう顔も、名前も思い出せないんです……。こんな別れを、何度繰り返したのかも分かりません。マスター……、私は、駄目なボーカロイドなのです。マスターが築いてくれた信頼関係を壊しながら生きている……」
 ミクの瞳から、涙がこぼれそうになっている。ミクはそれを堪えようと、必死に笑顔を作ろうとするが、その表情はあまりにぎこちない。
「……それでも私は、戦わなければいけないんです。こんな馬鹿なボーカロイドがパートナーじゃあ、心許ないかもしれませんが、それでも……っ、それでも、協力してくれますか? マスター……」
 AIとは思えない思考回路だった。俺の前には、一人の女の子が傷ついて、それでも懸命に立ち上がろうとしているようにしか見えない。
 だが、リア充でない俺には残念ながら、理想的な励ましをすることが出来ない。
 俺に出来ることなんて、これくらいか……。
「ミク、俺のことなんか気にしなくたって良いんだ。ただ、辛くなったときはいつだってパンツを見せてくれていいんだからな……」
「……ありがとうございます、マスター……。分かりました。これからは遠慮しないで、いつでもパンツを、見せ…………。…………あれ……?」
 そこで、ミクの言葉が止まる。こくりと首を傾げている。
 何故だッ!? あと一息じゃないか! めげるな! 行け! 押せ!
「良し! それじゃミク! さっそくパンツを――」
「見せるわけないじゃないですかぁああーーー!!!!!」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

バーサス・ボーカロイド|第二話《抗争インストラクション》③

深夜0時にゲームが起動し、俺は電脳世界に誘われた。そこに現れたミクと名乗る少女は言った。『ようこそマスター、電脳世界へ! 私と一緒に戦いましょう!』一体何が何だってんだ……?|オリジナルストーリー第二話のパート3になります。

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投稿日:2013/05/04 00:48:04

文字数:4,567文字

カテゴリ:小説

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