何でだろう、何でだろう。さっきから胸がドキドキする。走ってるからだけど、でも、それだけじゃないと思うんだ。レン、あたしの怪我を治療してくれたニンゲンの男の子。レンの顔を思い浮かべるだけで楽しい気持になるんだ。何でだろう、何でだろう。稲荷様に聞いてみよう。稲荷様の遣いのあの方なら、きっと、この気持の意味も教えてくれるだろうから。
「で、遅れてきたんだ」
「まぁ、な・・・」
レンはかなり遅れて学校に着くと(因みに三時間目だった)その授業の後の十分休みに蒼に話し掛けられ、今までの事情を話した。蒼は前回の話にも出て来た陰陽家の従姉妹で、“護身龍”と言う大事な役目があるらしく、良く陰陽家の方にも足を運んでいる。なので、専ら妖等の話になるとレンが話さずとも蒼が察して話しかけてくる。
「それにしても、銀狐・・・ねぇ・・・」
「流石に会った事ないだろ、蒼でも」
「あるよ」
「え? マジ?」
「マジ」
真顔でコクリと頷いてみせる。
「私が会ったのはそんなに年若いのじゃなくて、齢八千年の稲荷様の遣いの方だからね。毛並みとかもう、すっごいよぉ~。月の光に当たるともう、神々しいったらないんだから・・・」
「へぇー・・・。そうなんだ。つか齢八千年とか凄いな」
「まぁ、でもこの年齢はまずまずの経験者、て所だね。もっと偉い方なんて億単位らしいから」
「億・・・っ!?」
「うん、億ー。見た事無いけど。つーか多分一生会う機会ないだろうけどね」
「だろうな」
「・・・けどさ、レン」
ス、と口調を変え、静かに蒼は話を切り出した。
「何でそんなに銀狐の事が気になってるの?」
「え?」
「今まではそんな事なかったじゃん。早く祓ってくれ、て」
「俺、そんな事口にした事、一回も無いけど」
「顔がそう言ってるんだよ」
「さいですか」
「でもさ、今回は、私の話に乗ってきたじゃん。それ自体も珍しい話だよ。何時もは流したり無視したりするのに。何? そんなにリン、て言う銀狐の事が気になるの? もしかして・・・恋?」
「はぁっ!?」
思わず立ち上がって蒼を見下ろす。ガタンッ、と思い切り椅子がなったのでクラスにいる人が一斉にこちらを見る。それが恥ずかしくなってレンは腰を下ろした。
「・・・わかんね。でも、なーんか、気になるんだよなぁ・・・」
「まぁ、私は良いと思うけどね。人と結婚した銀狐の話、知ってるし。て言うか、その間に生まれたひとを知ってるしね・・・」
「・・・誰?」
「炎さん」
サラリと蒼は隠すでもなく言ってのけた。炎、と言うのは蒼の知り合いで、身長が百九十センチを僅かに超えている長身で美人でスタイルも良い、地面に付きそうな位の黒髪に燃え盛る炎の様な紅い瞳をもつ二十歳の女性だ。
「あの人、そうだったんだ・・・。へぇ・・・」
「お母さんが三千年生きた九尾の銀狐でねぇ・・・。祓う力がすっごく強かったらしいの。それは娘である炎さんにも継がれてるけどね。後、護身剣も持ってるよ」
「銃刀法は?」
「国から許可貰ってるって」
「良いの? それ」
「知らね」
「ちょ、おま」
そして、放課後―
「・・・なーんか、変な気配がするんだよなぁ・・・。つー事でレン、付き合って」
「応えは!?」
「聞いてない!」
「酷ぇ!」
そんな下らない会話の後、蒼とレンは校内を見回っていた。が、特に此れと言って何も起きていない。そろそろ帰ろうか、と二人が話していた時――
「・・・あれ?」
最初に気付いたのは蒼だった。廊下の向こう、誰かが誰かと話している。一人はこの学校の生徒だ。制服を着ているので直ぐに分かる。そしてもう一人は、女の子の様だった。白のノースリーブに裾がフワリと広がっているこれまた白のフレアスカートを穿いている。頭にはベレー帽のような帽子を被っており、それがまた似合っていた。
蒼が立ち止まったので最初は不思議に思っていたレンも直ぐに察したらしい。同じ様に前を見て、そのまま立ち止まる。
そして、不意に蒼がポツリと呟いた。
「あの子・・・金髪だね・・・。しかも髪の長さレン位あるよねぇ・・・」
「あぁ・・・そうだな・・・」
「私、ちょっと不吉な予感しかしないんだけど」
「奇遇だな、俺もだ」
そして、その不吉な予感、と言うのは当たってしまった様だ。不意に顔を上げた少女は此方に気付いたらしい。そして生徒に礼を言うと此方に思い切り駆けて来て、そして、
「みぃつけたぁっ!」
そう言ってレンに抱き着いた。まま、レンは背中から地面に倒れていった。その様子を楽しそうに蒼は見ていた。因みに蒼はSである。そして毒舌。
「いっつ・・・。つーかやっぱリン!?」
「覚えててくれたんだね! 嬉しいなぁ!」
「今朝の出来事忘れる位、俺の頭は悪くねぇ!」
「あ、この人だぁれ?」
「さり気に流しやがった!」
「あ、私は蒼。陰陽家の血を引いてるの。宜しくねー」
自分に話題が振られ、蒼はニコリとリンに笑いかけながら自己紹介をした。そして、ふとある事に気付いたようだ。
「ねぇ、リンちゃん、貴女、銀狐ちゃんに会った?」
「銀狐ちゃん?」
はて? とリンは小首を傾げる。レンに抱き着いた衝撃で帽子がずれて耳がヒョコン、と出ていたのがピクピクと動く。
「あ、そうか。分かんないよね。えっと、齢八千年で、稲荷様の遣いの方。齢三千年のかなり、祓う力のある妹さんがいらっしゃった方だよ」
蒼がそう言うとリンは直ぐに「あぁ!」と声を上げた。
「翠嵐(スイラン)様の事ですね! はい! 確かにお会いしました! それにしても、蒼様、良くお分かりになりましたね・・・」
「一回会った事のある妖の方なら、気配で分かるんだ。あ、私の事は蒼で良いよ」
「分かりました、蒼!」
「俺の上で和やかに会話を繰り広げてんじゃねぇ!」
流石に色々と限界が来たようで、レンは突っ込みを入れた。
「あ、ごめんね! 大丈夫!?」
リンはパ、とレンの上を離れるとス、とレンに手を差し出した。
「あ、あぁ・・・」
その動作に驚きつつもレンはリンの手を握り、立ち上がった。
「て言うか、銀狐ちゃんに何の用があったの?」
レンが立ち上がるまでを見届けた後、蒼はリンに切り出した。
「あ、ちょっと相談が・・・」
「相談?」
「はい! あたしはまだ齢百年にも満たない未熟者だけれど・・・、良く翠嵐様には相談を受けてもらってるのです。で、今日も・・・」
「へぇ・・・。差し支えなければ教えて貰っても良い?」
「良いですよ」
リンはニッコリと可愛らしい笑みを浮べた後、クルリとレンの方に振り向いた。
そして、その笑顔のまま
「あたし、レンに恋しました!」
と言った。
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