「公子」

先触れもなく現れた影が、足元に膝を突く。
待ち構えていたように、カイザレも前置きを抜きに要点だけを短く尋ねた。

「戻ったか。どうだった?」
「近隣三つの村が焼き払われました。娘だけは助けられましたが、他の村人は・・・」

手短に報告するハクが、歯切れ悪く言葉を切る。
彼女は確か父親がいると言っていた。身体の具合が思わしくないようなことも。
カイザレは静かに目を瞑った。

「そうか」
「申し訳ございません」

感情を殺した側近の声に、首を振る。
この結果を誰よりも憤っているのはハク自身だろう。

「お前が手を尽くしてそれなら、どうしようもない。・・・彼女に怪我は?」
「大きなものは。ただ、酷く取り乱していて、あなたの元に連れて行け、王女を殺してやる、と言って聞きませんでしたので、今は薬で眠らせています」

あの少女が、人を殺すといったのか。
カイザレは溜息をつき、ハクに命じた。

「彼女を安全な場所まで逃がしてやれ。心当たりはあるか?」
「王都の近くに隠れた反抗組織があります。今はそこへ身を寄せさせています」

側近の返事に、彼は思わずその顔を見下ろした。

「組織?反乱に巻き込む気か」
「巻き込むのではありません。彼女はこの国の民で、父親と親しい者達を奪われた当事者です。それに彼女は圧制の状況下で他の村人を気遣い、異国にいるミクレチア様を気遣うことが出来た。芯の強い人間だ。彼女なら民の怒りを率いて、旗頭になれるでしょう」

淡々とハクが告げる。
表情を見せないその顔をカイザレの探るような視線がじっと見つめた。

「武器など持ったことのない娘だろうに」
「先頭に立って導く人間に必要なのは、何よりもまず求心力です。武器を振るうのは後に続くもの、策を練るのは策士の仕事だ。彼女は周囲の人を惹きつける、ある種の素質を持っている。あなた方と同じように」
「・・・彼女を旗頭に、武器を取るのは民衆、そして策を練るのはお前か。この国の革命のために、惜しくも、私は私の策士を失うわけだ」

カイザレが僅かに口端を上げた。
皮肉のような言葉の中に確かに惜しむ響きを聞き、ハクもまた主に笑みを返した。

「私一人などあなたの痛手にはなりますまい。あなた方一族ほど、人心を掴むこと、機を読むこと、何より計略を巡らすことに長けた者を私は他に知りません」

紅い瞳に珍しくも感慨めいた感情を覗かせて、ハクは年若い主を見つめた。

「あなたには感謝しています。他国から流れてきた私を、ここまで引き立てて下さって。おかげで、多くの政局や政策をこの目で見ることが出来ました」

ハクの言葉に、彼もまたこれまでを振り返るかのように目を細めた。

「権力を求めてのし上がってくるものは多いが、お前のように国を潰すつもりでのし上がってきた人間は珍しかったからな」
「国を潰すためではなく、王政を壊すためです。結局のところ特権階級は国の癌にしかならない。国は民が民の意思で動かしていくべきだ」
「それだ。面白い考えだと思ってな。もっとも、わが国で試されてはたまらないが」

はっきりと断言するハクへ、カイザレが小さく声を立てて笑う。
ハクの考えを面白いと言ってのけた彼の価値観は、血と家に基づく王政の上に立つ者として極めて異端だ。
だが、それでもなお、彼は何処までも絶対的な『君主』なのだとハクは知っている。
冗談めかしてはいるが、もしハクがボカリアで『それ』を起こそうとしたなら、彼は躊躇いなくハクを一刀の元に切り捨てるだろう。どれほど信頼を置こうとも、己が治める国に仇なすならば、彼は決して迷うことをしない。
個人への好意と、感情を挟まぬ冷徹な判断を両立できる、そのバランスこそが彼や彼の父が持ちうる優れた君主の資質だった。
それは皮肉なことに、ハクが王政に見切りをつけるより前に、君主の理想を描いた姿でもあった。

「あなたに仕えて、このまま一家臣として生涯を賭けても良いのではないかとも思いました。さして珍しい産業があるわけでもなく、シンセシスのように交易を一手に握っているわけでもないのに、ボカリアが繁栄してきたのは、ひとえに統治者の手腕によるでしょう。・・・ですが、やはり王政が世襲である限り、どれほど偉大な君主が君臨したとしても、その後を継ぐ者が常に優れているとは限らない。権力の座を巡って、国内での無用な内乱さえ起きる。それで多くのものを失うのは国民です。かつて私がそうであったように」

微かに浮かべていた笑みを消し、ハクは目の前の君主へ向け真っ直ぐに瞳を向けた。

「今、動かなければこの国は滅びる。たとえ、この時をやり過ごせたとしても、根底からこの国を変えなければ、何度でも同じことが繰り返される。それを見過ごすことは、私には出来ません」

「――『 君主の無能なるは万死に値する』」

カイザレが呟いた。

「父の口癖だ。彼女は自ら治めるべき国の王として取り返しのつかない愚を犯した。そのツケは自らの身をもって払わねばならないだろう。・・・だが、実際にはどうするつもりだ?」

冷静に尋ねるその声に、王女への感傷めいたものはない。
王女が幼い頃のミクレチアにどこか似ていると言った、その言葉からも彼の中には彼女に対する個人としての幾ばくかの好意があったはずだ。だが、彼の為政者としての客観的な眼は、彼女が暗君として死を持って裁かれても禁じえぬと断じた。
その英邁さはハクにとっては好ましいが、想いを寄せる王女には残酷なことだろう。彼にとって、全ての価値を覆す例外はただひとつだ。
ハクは慎重に口を開いた。

「もう一度、王女にはシンセシスへ気を向けてもらいます。国外に兵を出し、国内の見張りの目が緩んだ隙に、各地で暴動を起こします」
「・・・良いだろう。だが、必ずシンセシスの王城が落とされるよりも早く片をつけろ」

一瞬の間の後、カイザレが頷いた。
念を押すように付け加えられたその命に、ハクは微かな苦笑を零した。
これさえなければ、まさしく完璧な君主だろうに。
だが、そうであれば彼という人間そのものに惹かれはしなかっただろう。

「元より。戦いが長引けば、不利なのは我々です。王女に体勢を立て直す時間を与えず、一気に勝負をかける必要がある」

はっきり頷いてみせれば、彼は存外にあっさりと引き下がった。それだけの力量をハクに認めているということだ。
実際、口で言うほどに容易いことではないにしろ、それを可能にするだけの自信はあった。

「反乱が起きれば、王女の目は再び国内に向きます。そうなれば、もうシンセシスへの侵略どころではない。ミクレチア様のことも、さほどご心配はいらないでしょう。まだ事の起きぬ今の内にボカリアにお帰りください」

最後にそう告げ、闇に紛れるように姿を消したかつての腹心に、カイザレはひとつ肩をすくめ、本当に小さな声で一言呟いた。惜しむように。

「――・・・律儀な奴だ」



ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第18話】

第18話です。

お兄様とハクさんの別れ話(違)
うちの偽ハクさんは革命目指してるくせに、いまいち下克上精神がないようです。理想のボスが欲しいタイプ。常に補佐ポジション、裏方志望。
ハクさん、無駄に隠し設定とかあったんですが、出すところがなかったなぁ・・・。
ちょっと短いけど、次の話を切りよく収めるために、今話はこれだけ。

第19話に続きます~。
http://piapro.jp/content/4zxu1g4n95jz10az

閲覧数:1,315

投稿日:2009/06/28 21:59:56

文字数:2,867文字

カテゴリ:小説

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