心という器官は、終ぞ作ることは出来なかった。全て自身で作ったプログラムのはずなのに、その言葉で顔を覆ってしまいたくなるのは何故だろうか。沿えられた手の人工的な温かさも、ぎこちないはずの笑顔も、それでもいいと思えてしまうのは何故だろうか。

「ちゃんと、綺麗に作ってやれなくて、ごめんな」
「なんで?ミクは、綺麗、じゃない?」
「いいや、そんなことはないよ。綺麗だ。綺麗だけど、もっと綺麗に作ってあげたかった」
「私、マスターが、綺麗、って言ってくれたら、それで、十分だよ」

照れ臭そうに笑いかけたように見えたのは、低下した視力のせいだろうか。
ぼやけてはいるけれど、特徴的な髪に月の光が当たったのが霞んで見えた。澄んだ視界で見ることが出来たら良かったのに。そう、思う。
日々、指先の感覚が冷えていくのが解った。感覚の鈍くなった神経が端から更に消されていく。ゆっくりとたゆむ浅瀬の波のように、内側での侵食は進む。

「手を、握ってくれない、か」
「握ってる、よ、マスター」
「もっと、強く」

許してほしい。
もっと綺麗に作りたかった。もっと色々な物を感じられるように作ってやりたかった。もっと曲を作りたかった。もっと歌わせてやりたかった。
解っている。医療機材だらけの部屋では歌姫は幸せになれない。
彼女をあずける相談を誰かにしたい。その方がきっと、──
手の平にある温かさを感じて瞼を閉じた。
「歌って、くれるか、」
「マスター、眠い、の?」
「ああ、よく眠れる歌がいい。選曲は、ミクが、決めていい」

少しの間の後、聴覚に柔らかな旋律が届いた。
明日はよく目覚める事ができそうに感じて、冷え続ける四肢を眠りの海に横たえた。
そこには、優しい歌が響いていた。月が雲に隠れてからも、ずっと、ずっと響いていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

呼吸の無い海(3)

終わり。

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投稿日:2009/08/29 16:48:26

文字数:756文字

カテゴリ:小説

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