夢の現実へ ~第5話~
思いのほかおいしいミクの料理に思わず「うまい!」と舌鼓を打つ俺に、ミクは「よかったです」と胸をなでおろす。
「味が薄口過ぎるかなって心配だったんですけど、よろこんでくださってなによりです」
「確かに栗原所長仕込みとなると、薄味になるからな。俺は好みだけど」
「私もです。一度コンビニのお弁当とか食べさせてもらったんですけど、あまりにも濃すぎて……」
舌を出して「てへへ」と苦い表情を浮かべるミク。どうやら濃すぎて食べれたものじゃないと表現したいらしい。まぁ気持ちはわからないでもない。
特に濃い味好きの筆頭がすでに俺たちの身近にいるのだから。あいつの味覚は異常だと思う。
そんなことを思いながらミクの料理に引き続き舌鼓を打っていると、作った本人は俺が食べているのを嬉しそうに見ているだけで、一切食べていないことに気づく。
「ミクは食べないのか?」
「ふぇ?」
何気なしに聞いてみると、ミクは少し驚いた表情を浮かべる。
「味見ができるってことは、少なくとも口にものを入れることぐらいはできるんだろう? 恐らくケイと所長のことだから、人間と同じように“食べる”こともミクはできるんじゃないのか?」
まるで当たり前のように尋ねる俺に、ミクは「はい。よくご存知ですね」と目を丸くしたまま頷く。
「まぁあそことは付き合いが長いからな。それにケイとは幼いときからの腐れ縁だ。あいつの凝り性は今にはじまったことじゃないし」
続ける言葉に「そうなんですか」と相槌を打つミク。
「確かに私は物を食べられるようには作られていますが、創詩さんと違って栄養になるわけではないんです。消化するのもエネルギーを消費してしまうので、食材が無駄になっちゃううえ――」
「自身のエネルギーも消費して意味なしってわけか」
頷き、「だからいいんです」と苦笑するミク。確かに彼女は作られた存在だし、こちらとしても食材が無駄になると言われれば理屈としては理解する。だが、ここまで精巧に――正直言って俺の中での認識はVocaloidという機械ではなく、人間の初音ミクと言う認識に代わってきている。
だからだろうか。正直に言って、せっかく二人で食卓についていると言うのに、自分ひとりだけ食べていると言う状態に途方もない違和感を覚える。
思わず唸りそうになると、表情に出ていたのかミクは慌てて「で、では私も食事をとらせていただきますね」とウサギのようにぴょんぴょんと玄関の方へと駆けていく。
そういえばミクの荷物がダンボールの山になって届いていたんだっけ。
とか考えているうちに、ミクは一本のパックジュースを手にして戻ってきた。
「それでは、私はこれでご一緒させていただきます」
「…………酒か?」
「ち、違いますよぅっ!」
慌てて両手を左右に振るミクは、「これはですね――」と続けていく。
「エネルギーチャージを、人と同じように食事によって得るための飲料水なんです」
「へぇ」と俺は目の前のナポリタンを平らげる。ミクはと言うと、礼儀正しく両手を合わせて「いただきます」と告げてパックジュースにストローを挿して「ちゅ~」と吸う。パックにはストロベリーMAX(激・甘)と書いてあることは、まぁ無視しよう。
「ご馳走様でした」
「はい。お粗末さまです」
「それでは片付けておきますね」
「それぐらい俺が――」
「いいんです。お片づけまでがお料理なんですから♪」
ミクは器用にお皿を持つと、再び台所へと駆けていく。俺は思った以上においしかった料理に満足しながら、台所から流れてくるミクの鼻歌と水音を背に、リビングを出て玄関へ向かった。
♪ ♪ ♪
詰まれたダンボールの1つを抱え、リビングより玄関よりの部屋へと運ぶ。
扉を開けた先は、ほとんど何もない部屋。言うなれば使っていない空き部屋だ。だからといって埃が積もっているわけでもなく、換気もしているし空気も悪くはない。
本来なら倉庫みたいな役割になる部屋だったのだが、今はむしろ倉庫にしていなくてよかったと思う。なにせ片付けるのが大変だ。
「よっと」
俺はダンボールを部屋の隅へとおくと、軽いものならば2ついっぺんに手に持って部屋へと運んでいく。6つほどあったダンボールも、意外に軽いものが多かったのかすぐに運び終える。後は中身を――なんだが……
「さすがに本人がいないと開けるわけにはいかないからなぁ」
さて、どうしたものかと考えるも、ミクはと言うとまだ洗い物の最中のようだ。
勝手な思い込みなのだが、個人的にミクは結構天然というか、うっかりしているところがあるため、結構どじを踏んでいるのかと思ったが、横で見る限り手際のよさはそれはもう大したものだった。
料理しながらも余分な食器は洗ってあったのか、俺自身が作って片付けるよりも断然効率が良い。
「それが終わったら部屋の準備に入ろうか」
「え? はい。では急いで済ませますね」
言ってスピードを上げるミク。なんとはなしに一抹の不安が……
「いや、焦る必要は――」
「待っててください。今すぐに――はえ!?」
つるん、という擬音がまさに鳴った気がした。ミクの持っていたコップが、文字通り水を得た魚のように手から飛び跳ねる。
「はわわわわっ!?」
慌ててミクが飛び跳ねたコップを抱きとめようとするも、ママレモンが塗られたコップは彼女の胸の中をウナギのようにすり抜け――がしゃーん
「ひゃわぁっ!?」
やっちゃったか。こういういやな予感は当たらなくてもいいのになぁ……
「す、すみません……」
「気にしなくて良いって」
とりあえずしょんぼりと立ち尽くすミクに、怪我をしないようにじっとしててもらい、俺が周りの破片を拾う。そのまま掃除機を持ってきて細かい破片を吸い、終了。
「怪我はないか?」
「……は、はい…………すみません」
気にしなくて良いって、ともう一度言って外傷がないかを確認。うむ、なさそうだ。って、Vocaloidは怪我するのだろうか?
「まぁいいから。んじゃ、洗い物を終わらせて、ミクの積荷を解いちゃおう」
「……はい」
なんというか、感情の浮き沈みが激しいなぁ。とりあえずちゃちゃっと終わらせた後に、ミクにこれから住んでもらう部屋を紹介する。
「んじゃ、先にこれをやって落ち着けるようにしておこうか。何か手伝えることはあるかい?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。それでは急いでやっちゃいますね」
「焦らなくていいから。納得いくようにやるといい」
「はい。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるミクを後にし、俺は結果として彼女を仕上げるためにどうしたらいいかを考えるために、トレーニングルームから資料を手に取り、自室へと足を運んでいた。
♪ ♪ ♪
ミクのデータなどを閲覧し、プランを練っていたら気づけば午後の十時過ぎ。思ったより時間が過ぎるのが早いものだ。
俺はなんとはなしに風呂場へと向かう。
「さて、後はシャワーを浴びて、もう少し考えて、っと」
思ったよりはプランが固まってきているため、後は実際の進捗状況と伸び率とを計算しながら進んでいけば、俺が最初に思っていた期間よりも早めに終わるだろ――
なんてことを考えながら風呂場の扉を開けた刹那。
「はや……………………?」
裸のミクと目が合った。同時に時が止まる――わけもなく。どうやら風呂からあがろうとしたところ、考え事をしていて周りを見ていなかった俺と遭遇って感じだ。俺、ミクの裸を見て行動済みにって違うからっ!
「ひゃぁあああああ!!」
「ご、ごめんっ!」
唐突なことに弱い左左脳型である俺は、ミクの悲鳴を聞いてやっと身体の自由を手に入れる。
「まさか入ってるとは思わなくて……」
「……い、いえ。ミクこそ、お先に入ってしまってごめんなさいです」
冷静になって脱衣所に置かれたミクの衣服に、先程まで行っていただろう行為を思い出せば察せただろうに。抜けていた自分自身に苛立ちが隠せない。それにVocaloidが料理ができた時点で、風呂が入れないなんてわけがないだろうに。
「本当にごめん」
「い、いえ。その、ミクの方が悪いんですから、謝らないでください」
「そうは言ってもだなぁ……」
「ミクが良いって言うんですから、気にしないでください」
「……了解」
とりあえず俺は風呂場から離れるため、ミクにゆっくりと入るといい、と声をかけると「待ってください」と声がかかる。
「あの……その……ミクの身体、変じゃありませんでしたか?」
「……はい?」
「はやややや!? ごめんなさい! 今のは忘れてください!!」
ざぷーんと派手に湯船につかる音が響く。俺はというと、質問に答えるわけでもなく、自室に戻ってはベッドにダイブした。
「まったく……なんだかなぁ」
うずめた枕が心地よい冷たさを持っていた。
♪ ♪ ♪
思わず目が覚める。今は何時だ、と確認をとると、時刻は午前4時ともう朝方の時間だった。どうやらベッドにダイブしてそのまま眠ってしまったらしい。だらしない話である。
少し冷え込む空気に身震いしながら、渇きを訴える喉を潤すためにキッチンへと向かう。
「ん?」
ぼんやりとした視線がこの時間あるまじき違和感に気づく。それは明かりの漏れるトレーニングルーム。
電気を消し忘れたのかな、と思い頭をかきながら扉を開けた先――
「すぴ~……」
トレーニングルームのオーケストラピアノの椅子に寄りかかるように眠ったミクがいた。
まさか、と思い起動された電子機器の記録を見れば、彼女は午前3時ほどまで自主勉強していたのがわかる。
いったい何時から? と言う疑問はレコーダーが応えてくれた。記録時間は4時間23分19秒。
つまり、最低でも前日の午後11時からは一人ではじめていたことになる。俺が寝ている間――1人で……
「みゅ~……」
時折聞こえる寝言(?)に思わず笑みが漏れる。というか、寝るんだな、とも思った。
俺は寝癖をついた頭をかくと、ミクを起こさないようにゆっくりと抱きかかえる。
普通の少女と変わらない重さに驚きながら、部屋へと送る。思った以上にファンシーな部屋に苦笑しながら、ベッドに寝かせ、戻る手で俺はそのままトレーニングルームへと脚を運んだ。
再生するのはレコーダーに記録されたミクの声。
『え、えーっと、ではまずこれですね。あーあーあー。いきます! ~~~~~♪』
聞こえてきたのはアップテンポの曲。Aメロを歌い上げBメロへ。そしてテンポが加速するサビへと入り、
『~~~っ!?』
どうやら舌を噛んだらしい。
『いひゃいぃ…………』
歌うロボットが舌を噛むとはこれいかに。と、思わず笑ってしまう。だが流れいくレコーダーの彼女の歌声と、呟きを聞きながらさらに思う。
ミクならば大丈夫だと。
だからこそ俺自身も気合をさらに入れる必要があること。今日一日で大変濃い日常だったが、これから先。俺はやっていけるような気がした。ミクとなら。
数時間後――起きている俺に驚いたミクに朝食を作ってもらい、気合十分でレッスンを開始した。
この時まで、俺のプランはあくまでゆっくりと着実なものであるべきだと思い練り上げていた。だが、それは果たせなくなる。
一週間後に訪れた、一通の通知によって…………
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とうの。
ご意見・ご感想
お久しぶりです、とうの。です
2話から5話まで一気読みさせて頂きました^^
ミクと創が仲良くなっていく様子が微笑ましく、また、ミクの方の心情がまだ描かれていないので妄想も膨らみました(笑
そして音痴なミク、というのが意外で、だんだん歌が上手くなっていくミクがとても可愛かったですv代わりに料理が上手いというのは…ボーカロイドというよりお世話ロボットみたいですね
続きを楽しみにしております!
2012/06/17 15:54:14
hazre
とうのさん。お読みいただきありがとうございます。
ミクが音痴なのは、神調教じゃないと正直よく言葉が聞こえなかったからでしてw
なので、調教師である主人公にがんばってもらおうかとw
続きもなるべく早く載せます。引き続き宜しくお願いします
2012/06/17 18:50:55