夜になるのを待って、わたしたちは祭壇へ向かった。
その道中、さまざまな建物を通り抜けて行ったが、どこも静かなものだった。
いいえ、静かすぎた。
活気がある町は、夜も活気があるはず。
それなのにこの町は、人っ子一人もいない。
いいえ、昆虫や動物も見かけない。
生きているのに、死んでいる。そうとしか思えなかった。
通りを抜けてわたしたちは祭壇にたどり着いた。
そこには、ボロボロの服をまとって静かに瞑想をしているおじさんが居た。
たぶん、ショウタくんのお父さんだ。
「お父さん!」
「ショウタ、もう夜だ。ここでなにをしている」
「おとうさん、もうやめようよ。僕は立ち直った。だからもうこんなことやめようよ」
ショウタのお父さんが目をゆっくりと開ける。
「……その女は誰だ」
「召喚士だよおとうさん。僕が頼んだんだ」
「その禍々しい女、ショウタに近づくんじゃない!」
ひどい言われよう。でも、この杖じゃあ、言われても仕方ないかもしれない。
「召喚士め、この町になにしに来た!」
「お父さん!」
「この町はわたしとショウタとヤヨイの町であるぞ」
「「「え」」」
そのおじさんの横には、ショウタのお母さんと思えるような女性が、立っていた。
それはうっすらとしているが、ところどころ、実体が出来始めている。
これは、受肉!?
教科書で呼んだ。召喚士として禁忌の行為。
まさかこのおじさんは、ショウタのお母さんを受肉させるために、町のみんなを犠牲にしようとしているの?!
「いけない! それは禁忌」
「だからどうした。ヤヨイのためなら、これくらい」
すると、杖を持っている手が震えて、杖から轟音とともに、ナイアルラトホテップが顕現する。
「な、なんだこの禍々しい神獣は?!」
空気が震えていく。
「や、ヤヨイ!」
ナイアルラトホテップが現れると同時に、彼女の未完成の受肉がすこしずつ崩れていく。
「貴様なにをした!」
「お母さんが、よみがえるの?」
「ちょっと、ショウタ、落ちついて!」
メイがショウタを激しくゆさぶる。
「我は混沌の神、ナイアルラトホテップよ。低俗な獣たちと一緒にするでない!」
彼が一喝すると、おじさんが怯んだ。
「ぼくは」
「ショウタ!」
「見たところ、受肉の儀式だ。それが完成するのには、あともう少し子供の命が必要だろう。そこで問う。少年よ、代償を払うか?」
「ぼくは……あの神獣を倒してくれ!」
そうだよね!
「イアよ。行くぞ」
わたしは頭をフル回転させて、おばあさまに習った召喚の儀式を始める。
「なにおう、こしゃくなああ。小娘の命だけでも十分だわ」
おじさんも始めた。
詠唱はわたしのほうが上ね。
わたしは魔力を全開させて、杖を浮かべる。
「いただくぞ、少年よ」
「あう」
「しょ、ショウタ、大丈夫?」
周囲が魔力を伴った風に変わっていく。
それを一身に杖に注ぎ込んだ。
あっちのほうがはやい!?
いえ、こっちの魔力吸収量はケタ違い。
ナイアルラトホテップは、どこまでバカ食いするのよ!
「出よ! ケルベロス!」
それはあまりにも圧倒的な大きさを持っていて、祭壇の2周り分の大きさを持っていた。
「顕現」
対してナイアルラトホテップは、あまりにも小さい。
「ふはははは。あまりにも小さい。小娘、未熟だな」
「裂いて良いか?」
わたしは頷いた。
かたちがあるとは言いがたいナイアルラトホテップは、大きな腕を出して、爪を出す。
それを横一線した。
その勢いはケルベロスを通り過ぎて、遠くの大きな建物をばらばらにしていく。
「「「」」」
ケルベロスは悲鳴をあげて、顔をグシャグシャにして、消えてしまった。
わたしもその強さに、開いた口がふさがらなかった。
「さあ仕事は済ませたぞ、少年よ、その女と別れをしなさい」
有無を言わさぬその声に、ここに居る者全員は息を呑んだ。
ショウタは黙って頷いて、その薄くなっているお母さんを抱きしめる。
そのお母さんはにっこりと笑って、露に消えていった。
「ま、まって……まってくれ」
ナイアルラトホテップは、膝をついて呆然自失のおじさんの胸を一本の爪で一刺しした。
「がはっ」
「お父さん!」
「大丈夫だ。殺してない。代償を頂いただけだ」
おじさんの胸から爪を取り出すとそこには、赤いルビーみたいなモノが乗っかっていた。
それをナイアルラトホテップは口みたいなところへ入れていく。
ボリッボリッと嫌な音が周囲に響いた。
「あぁ美味い。久しぶりの食事だ」
町を覆っていた力が、消えていった。
「では戻ろうか」
用は済んだとばかりに彼は杖に消えていった。
祭壇に取り残されるわたしたち。
それから数時間。
活気がもどった町を通り抜けて、出口にわたしとショウタとメイがたどり着く。あとおじさんも。
「このたびはお世話になりました」
あの狂気を孕んだ目がどこへやら、おじさんは、今は落ち着いていて、優しい目になっている。
「ほんとにこれで解決になったの」
「あとはわたしたち、若い力があれば大丈夫よ」
とメイちゃんが、細腕をめくって言った。
「君はこれからどうするのかい?」
その神とやらとどうするのか、知りたいらしい。
「……都へ向かいます」
「そうか」
「お姉ちゃん、またね」
わたしは彼らに別れを告げて、歩いた。
わたしはまだ、正式の召喚士になることを諦めてない。
でも、ナイアルラトホテップが言っていた、召喚士の存在意義が気になっている。
「グミちゃん、わたしどうすれば良いのかな」
あの時魔が差さなければ、こんなことになっていなかったのかもしれない。
後悔はしてない、はず。
だけど、ナイアルラトホテップの言う真実が、過酷なモノだったら。
これが運命だったら。
そこだけは恨んじゃうよ、とグミちゃんに呟かざるを得なかった。 END
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