――これは、名もない時代の集落の名もない幼い少年についての、誰も知らないおとぎ話である。




≪六兆年と一夜物語【自己解釈】≫



 その少年は生まれついた時から牢獄にいた。母の顔、父の顔すらも覚えていないだろう。
 この集落では『鬼の子』は蔑まれる。否、それ以上の罰を受けることになる。
 ただ、彼が鬼の子供であるのか、それは定かではない。
 彼は、死ぬことはなかった。たとえ身に余る罰を受けようとも、死ぬことはなかった。それからの所以だろう。
 牢獄は集落の中心にある。牢獄といっても牧場に近く、広いスペースで出来ており、中から外の風景は見ることができる。
 悲しいことなんて少年には特になかった。夕焼け小焼けと子供が手が引かれていくのを、眺める以外は。


 僕は、知らない。何も知らない。
 叱られた後の優しさも。
 雨上がりの手の温もりが、本当は寒いことだって。
 僕は、死なない。何で死なない?
 夢のひとつも見れない、だって眠れないんだから、のに。

 
 誰も知らないおとぎ話は夕焼けの中にゆっくりと吸い込まれて消えていった。




 そして、牢獄を少なくとも興味を持つ子供だっている。。
 少女も、そのひとりだ。吐き出すように毎日行われる暴力。それの常にある蔑みの目。人間にすら与えられない、冷酷な目。
 そんな毎日のとある日に、少女はいつしか少年の手の届くとこに立っていた。
「君の名前って…なんていうの?」
 話しかけるのをダメなのは、わかっていたはずなのに、けど、彼女は知りたかった。胸の中からこみ上げて来る気持ちを抑えることなんてできなかった。
 少年は首を横に振り、口を開けた。いったい何かと思うと。


 少年は、舌も、名前も無かった。人間じゃない、という理由で、だ。


「…、」
「あ、ごめんなさい…」

 少女はそう言って短く謝った。

「…じゃあさ、一緒に帰ろうよ?
 大丈夫、今なら大人もいないよ」

 そう言って少女は鍵のかかっていない扉を開け、少年を外へ連れ出した。


 僕は、知らない。何も知らない。
 君はもう子供じゃないことも。
 ただ、慣れない他人の手のぬくもりは、本当のことなんだ。
 君は、やめない。なんで、やめない?
 見つかれば殺されてしまうことは解っているはずなのに。


 ――雨上がりに忌み子が二人、夕焼けの中に吸い込まれて消えていった。






 日が暮れて、夜が明けて。
 遊び疲れた少年と少女は捕まり、再びあの牢獄へと捕らえられた。
「……こんな、世界なんて」
 少年はつぶやくように、続けた。
「こんな世界、僕と君以外居なくなっちゃえばいいのにな」



 そのとき。
 集落に神鳴りが響いた。
 堕ちた。
 そして、
 集落は火に包まれた。
 地獄絵図は一晩続いた。
 僕と君以外の全人類の知らない声が聞こえて、煩すぎて耳鳴りが聞こえてくる。
 全人類は抗う間もなく手を引かれて、夕焼けの中に吸い込まれて消えていった。



 僕は知らない。何も、知らない。
 これからのことも、君の名前だって。
 だけど、今は、今はこれでいいんだと思う。自分を蔑む人間なんて、もう居ないんだから。
 ただ、本当にそう思うんだ。
 気づくとあの知らない声の耳鳴りは、あの時みたいに夕焼けの中に吸い込まれて消えていった。








 ――そんな、誰も知らない、昔話。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

六兆年と一夜物語【自己解釈】

閲覧数:23,538

投稿日:2012/04/15 16:37:29

文字数:1,424文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました