いつもどおり鳴ったアラームは、いつもより30分遅い6時30分ジャスト。その上に表示された日付に、レンはもうそろそろか、とぼんやりと考えた。
果たして、それはやってきた。
午前9時。机の上でマナーモードにしておいた携帯が震え出す。かけてきた相手の名前を見て、やっぱり、と密かに思うと、シャーペンを手に持ったまま携帯を開く。
「もしもし」
『レン!今日って空いてる?』
いつもどおりの明るい声は、しかし今日はいつもより早口だった。
「ん、特に用事ないけど……リン?」
次の言葉を確信しつつ、レンはさりげなく水を向ける。
『お願い、宿題手伝って!』
「……さすがに、俺に頼むのはどうかと思わないでもないけど」
ぼそっと呟くレンに、リンは一瞬言葉に詰まり、だって、と小さく反論を始めた。
「レン、教え方上手いんだもん」
「そうか?……ていうか、そうじゃなくて。そもそも学校も教科書も進度も違うのに、なんでよりによって同い年の俺に、っていう……わ、やっぱリンのほうがだいぶ進んでるな。もうこんなとこやってるのか。…ふうん、なるほど……」
とりあえずノートを見せてほしいと言われて素直に応じたはいいが、レンはリンから借りたそれをざっと見た後、いつの間にか熟読モードに突入している。しきりに頷いたり、自分の教科書を取り出してなにやら細かく書き込みまでし始めた。
「……レン、あのね?」
「んー?」
「教えてもらいたいとこがあるんだけど……」
「うん」
「この問題の……レン?」
「…うん」
「レン、聞いてる……?」
「………うん」
いくら話しかけても生返事しか返ってこない。それでも無理を言っている自覚があるので最初のうちは我慢していたリンだったが、とうとうそれも限界に達したようだった。ひとつため息をつくと、大きく息を吸う。
「レン、ってば!!!」
「わ……っ、とリン……っ!?」
ずい、と身を乗り出して顔を覗きこまれ、至近距離から不機嫌な視線を受けて、レンがあせったように声を上げた。
「……レン………?」
恨めしそうに見上げられ、今度は失態だった自覚のあるレンが言葉に詰まる。
「……宿題、見てくれるんじゃなかったの……?」
「ご、ごめん。……で、どこがわからないって?」
「うん、この大問5の――」
問題集を広げたリンが指差した箇所を見て、レンは思わず声を上げる。
「ちょっ、ちょっと待って。まだ俺2次関数入ったばっかで、そこまでやってない――」
「はい、教科書とノート」
レンの言葉を遮って、リンが自分の教科書とノートを差し出す。
「いや、それ見てやれば解けるんじゃん?」
「えー、読んでもよくわかんないんだもん」
正論を一刀両断され、レンは仕方なく教科書とノートを広げつつ、自分の習ったところまでの知識を総動員して問題とにらめっこする。
「……こう、か?いや、違うな。……あ、そうか。こうで、こう……じゃない、こっちか。成程。で、そこから……」
ぶつぶつと何やら呟きながら、メモ帳に数式を書き付けていく。時折混じる恨み言めいたものの断片は聞こえなかったことにして、リンはにこにことその姿を見て楽しんでいた。
やっぱり、レンのとこに来てよかった。
だって、ここまであからさまに努力する姿を見せてくれるのは、自分に対してだけだから。
「……うん、よし、と。……で、何がどうだって?」
「えっと、この式の値域なんだけど、求め方はどうなるの?」
「えっと、まずこの式は整理してy=の形にしないと。それで、これを一度f(x)=と置き換えて――」
リンは説明を聞きながらしきりにメモを取っている。少しずつ入れるポーズで説明にそって問題を解いていけているので、とりあえずはわかっているらしい。
リンも、頭が悪いわけじゃないんだよな。今だって、ちゃんと少しとっかかりをあげただけでしっかりと理解できているようだし、説明の終わらぬうちに自力で解いていく。全く見たことのない問題が極端に不得手なだけだ。
これが歌なら、そんなことはないのだが。のみこみの速さは言うまでもなく、何よりセンスがものすごくいい。歌のイメージや歌い方を作り上げていく手腕は、ほぼ天才的といってもいいくらい――。
「――ん、解けた!レン、合ってる?」
「――ああ、うん。たぶんね」
「やったっ!ありがと、レン!――あとね――」
「まだあるんだ……。宿題、終わるの?」
すかさず次の問題へと移行しようとするリンに、呆れたようにレンが声をかける。それが面白くなかったのか、リンはちょっと拗ねたように反論した。
「そんな残ってないもん!わかんないとこだけ真っ白のままなだけ。……そいえば、レンは?」
「もうあらかた終わってる」
「……さすが」
いや、もう8月も終わるというのに残っているほうが問題だと思う。
浮かんだ正論はのどの奥に押し留め、もうひとつの理由と本音もついでとばかりに思考の海にリリースした。
だって、早めに終わらないと、こうやってリンが来たときに教えてやれないじゃないか。
「――終わったぁっ!」
リンの嬉しそうな声が上がったのは、お昼前。午前中を丸々使って終えた宿題の内容は、主要5教科すべてに及んだ。といっても、教科書から答えを探せる理科と社会は少なかったが。
「じゃ、どうする?この後」
やや疲れ気味に聞いたのはレンだ。電話ではお昼過ぎまで、という話だったから、予定より早く終わったことになる。どれだけ勉強に付き合わされる予定だったのか、今となっては怖くて聞けない。
「あ……どうしよう。絶対お昼前には終わらないと思ってたから、お母さんにもお昼いらないって言って来ちゃったし……うーん……」
帰り道の途中でご飯にするか、お昼がまだなのに賭けて家へ連絡するか。
本気で悩んでいる風情のリンに、レンは思いきったように提案した。
「ならさ、どっか食べに行かない?」
予想外の言葉に、リンが驚いたように動きを止めた。
「あ、なんなら奢るし」
「う、ううん!それは大丈夫だから」
慌てて首を振ったリンに、レンはどこかほっとしたように笑った。
「じゃ、オッケーってことだね。何時に帰る予定?」
どうしてそんなことを、と思いながらリンが答える。
「3時だけど……いいよ、この近くで。確か何かお店あったよね?」
「あ、そうじゃなくて……」
レンが一瞬言いよどんで俯く。ゆっくりと一呼吸してから顔を上げて、少しだけ視線を逸らせて続けた。
「……その、時間までどこか遊びに行ってもいいかな、って」
その言葉に、リンは再び驚いたように固まって、
「うん!」
満面の笑顔になった。
「ね、じゃあどこ行くの?」
いかにも楽しそうな笑顔につられて、レンもちょっと笑った。
夏最後のお出かけは、波乱のち大はしゃぎの予感。
夏の課題とSOS
はじめまして。cettiaです。
「夏の課題とSOS」楽しんでいただけたら幸いです。
あまり本編の内容とは関係がありませんが、一応ボーカロイドの皆さんに血縁関係はありません。よき仕事仲間かつ友人、ととらえていただければいいと思います。
あまり勝手がよくわかっていないので、少し読みにくいかもしれませんがご容赦ください。
もしよろしければ、ご意見・ご感想等をお寄せください。
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
追伸:前のバージョンでおまけの会話文です。
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