「さてと、グレーテルを料理するために、オーブンの準備をしなくちゃね。オーブンやーい!」
 がくぽさんが呼ぶと、大きなオーブン(というよりパン焼き窯)が舞台袖からすーっと滑ってきた。準備万全みたいで、既に煙が出ている。がくぽさんは杖をオーブンの横に置いた。
「あの女の子はあのままで充分美味しそうだからね、早速料理に取り掛かるとしよう。あの子をこのオーブンの前に立たせて、中を覗き込んだところをどーんと押して、そしたら扉をバターンと閉めちまうのさ」
 全部聞こえてますよ……。地声が大きいという自覚がこの魔女にはないみたい。がくぽさんは踊りながら「あたしは最高の料理人で菓子職人」と歌い始めた。歌の途中で手を伸ばすと、どこからともなくホウキが飛んできて、がくぽさんの手の中に収まったのにはびっくり。
「あたしのホウキは最高さ。どこにだって飛んでいける」
 魔女賛歌みたいな歌を歌いながら、ホウキ片手に踊るがくぽさん。開き直ったのか結構ノッてる。セットの陰に一瞬引っ込んだかと思うと、次の瞬間、ホウキにまたがったがくぽさんが空を飛んでいた。うわーっ、うわーっ、これはさすがにすごい。上からワイヤーで吊ってるんだろうけど、それでもすごい。思わず家から飛び出して、飛んでいる魔女を見上げてしまうあたし。あ、もちろん、魔女が戻ってくる前に家の中に戻ったけどね。
 ホウキでひとしきり飛んだ後、がくぽさんが戻ってきた。レンに指を見せるように言っている。ここは原作と一緒で、レンは小枝を差し出す。
「おやおや、骨ばかりじゃないか。骸骨かいお前は」
 魔女は目が悪いという設定らしいけど、空飛ぶ時に危ないんじゃないのかな? 木とかに激突したらどうするんだろう。って、あたしが心配することじゃないけど。
「グレーテル、あんたの兄さんに食べさせるために、アーモンドチョコレートを持っといで!」
 あたしは家の中に用意してあった籠を持って、外に飛び出した。本当にアーモンドチョコレートが入ってるわ、この籠。籠をがくぽさんに渡す。がくぽさんがレンの方へと向かったので、あたしはおきっぱなしになっていた杖を、こっそり手に取った。
「ホーカスポーカス、ニワトコの茂み」
 杖をレンの入っている檻へと向ける。
「魔法よ解けろ! 鍵よ開け!」
「なんか言ったかい?」
 がくぽさんがこっちにやってきた。杖を片手で背中に隠して、あたしはそらっとぼける。
「何かお手伝いしましょうか、と言ったんです」
「ああ、今のとこは特にないよ。これでも食べてなさい」
 がくぽさんは、あたしの手の上にアーモンドチョコレートを置いた。とりあえず口に入れる。
 がくぽさんがオーブンの方を見ている間に、あたしはレンの入っている檻に駆け寄った。檻の影に杖を隠す。レンが檻の戸をバタバタさせて、鍵が外れているのを見せてくれた。
「グレーテル、気をつけろよ。あいつお前を焼き殺す気だ」
「わかってるよ、お兄ちゃん」
 なんだかちょっとわくわくしてきた。舞台はこれからクライマックス。
「グレーテル、オーブンの中を見ておくれ! そろそろクッキーが焼きあがるころだからね。あたしゃ目が悪くてね。扉を大きく開けて、中を覗き込めばいいから」
 そう言って、がくぽさんはあたしをオーブンの前に押しやった。後ろからはレンが「気をつけろよ」と声をかけている。あたしは扉の前で首をかしげた。
「ねえ、これどうやって開けるの?」
「何間の抜けたこと言ってるんだい。取っ手を回せば開くに決まってるだろうに」
 あたしは取っ手にちょっと触って、また首をかしげてみせた。
「あたしバカだからわかんなーい。説明するんじゃなくて、目の前でやってみせてよ」
「ああもう、しょうがない子だねえ」
 がくぽさんはオーブンの前に立った。レンが檻から出てくる。手と手を取って、うなずきあうあたしたち。
「こうやって取っ手をつかんで回して」
 抜き足差し足忍び足、で、あたしたちはがくぽさんの背後に忍び寄る。
「扉を開けたら頭を中に……」
 いっせーのせっ! あたしたちは二人がかりでがくぽさんの背中を力いっぱい押して、オーブンの中に突き落とすと扉を閉めた。
「どーんと押して、バターンと閉める! わーいやったあ!」
 高らかに鳴り響くファンファーレ。あたしたちは飛び上がって、「悪い魔女をやっつけた! もう何も怖がることはない!」と、魔女を退治した喜びを歌う。
 原作では、魔女をオーブンに押し込むのはグレーテル一人の役目だ。でも、このオペラでは二人で行う。なんでかって? それはきっと、このオペラを作った人が兄妹だから。妹のアーデルハイドが脚本を書いて、兄のエンゲルベルトが曲を作った。だから、一番目立つこのシーンを、二人の共同作業に変えたんだと思う。
 音楽にあわせてあたしたちが喜びのダンスを踊っていると、突然派手な音がして、オーブンが壊れた。そして一瞬舞台が真っ暗になる。
「お兄ちゃん、あれ見て!」
 舞台が明るくなると、魔女の家の周りの人形クッキーの柵は、立ち並ぶ子供たちに変わっていた。全部が食べられたわけではなかったみたい。
「……魔法が解けたみたいだ」
 子供たちはぴくりともせずにじっと立っている。
「でもみんな動かないし、目も開けないよ。ねえ、どうしたら助けてあげられるの?」
 レンが地面に落ちていた魔女の杖を拾った。それを子供たちへと向ける。
「ホーカスポーカス、ニワトコの茂み。魔法よ解けろ、動きだせ!」
 杖を一振りすると、子供たちの目がいっせいに開いた。そのまま駆け寄ってきてあたしたちを取り囲み、手をつないでくるくる回る。
「ありがとう! ありがとう! 助けてくれてありがとう!」
 子供たちの大合唱が響き渡る。それに混じって聞こえてくる別の声。
「ヘンゼル! グレーテル!」
「どこにいるの? いたら返事して!」
 舞台に飛び込んできたのは、カイ兄とメイ姉だ。あたしたちをみつけて、駆け寄ってくる。
「こんなところにいたのか!」
「良かった、無事だったのね!」
 あたしたちは「お父さん! お母さん!」と叫んで、二人に飛びついた。そのまま四人でぎゅっと抱きしめあう。そこへ、子供たちが何かを運んできた。見ると、魔女の形をした巨大なクッキー。魔法のオーブンに突き落とされて、自分がクッキーになっちゃったのね。
 ……うーん、で、そのクッキー、食べるの? いくら見た目が美味しそうなクッキーとはいえ、原材料が魔女だと思うと、さすがにちょっと食べる気無くすんだけど……。そんなことを考えているあたしの前で、子供たちはクッキーを細かく割って分け合い始めた。
「悪いことは続かない。悪さばかりしていた魔女が、最後は自分がクッキーになってしまったようにね。神様はいつだって見ていて、正しき者には救いの手を差し伸べるのだから」
 家族を代表してか、微妙にピントのズレた歌を歌うカイ兄。まあでも、ハッピーエンドの作品だからきっとこれでいいのよね。原作と違って、お父さんとお母さんはマトモな親で、ちゃんと探しに来てくれる。宝物はなかったけど、捕まっていた大勢の子供たちを助けだした。エンゲルベルトとアーデルハイドの二人は、きっとみんなの笑顔が一番の幸せだって考えていたのね。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ボーカロイドでオペラ【ヘンゼルとグレーテル】舞台編 第三幕(後編)

 第三幕です。今回は大団円のラストなので、終了後のおまけはなしです。

 魔女役の人は実際には、すごいノリノリでハイテンションに演じていることが多いんですが、がくぽなのでこんな感じに。魔女はいかにも魔女らしい(とんがり帽子に黒ローブのおばあさん)場合もあれば、ちょっとエキセントリックなだけの普通の女性の場合もあります。演出で空を飛ぶのはあまりありませんが(ノリノリで踊るだけのことが多い)、1982年度のメトロポリタンの舞台では飛んでいました。さすがに本人を飛ばしていたわけではなかったでしょうが。
 終盤のシーンですが、2008年度のメトロポリタンでは、「オーブンの扉が透明なため、中から魔女が『出してくれ』と扉を叩いているのが見える」「最後に出てくるお菓子になった魔女が、どう見てもお菓子じゃなくて魔女の丸焼き」と、見てるこっちがドンビキしそうな演出でした。こういう作品にあんまり奇をてらった演出をされてもねえ……。

『ヘンゼルとグレーテル』という作品に関しては、「魔女を焼き殺す」という結末が「残酷だ」と言う人がいつもいます。ですが、私がこの作品を書くために動画やらDVDやらを見ていて気づいたんですが、実際には、二人が魔女を突き落とすシーンで、子供たちはわーいわーいと大喜びするんですね。小さな子供には「子供が機転を利かせて魔女相手をやっつける」という、そこが楽しみなんです。ひねた大人が、あれこれ理屈をつけて、子供の楽しみを奪っちゃっていいんでしょうか?

 ところで、グミのイメージにあうオペラって、何かありますかねえ……。オペラネタは二つ書いて満足したので、次の作品は別のものにする予定なんですが、あのままってのも可哀そうな気がするんですよね。

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閲覧数:455

投稿日:2011/05/30 19:15:00

文字数:2,999文字

カテゴリ:小説

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