【ケータイがないと不安になる、例えるならそんなカンジ】



瞬く間に月日は駆け巡る。
入学したのは一年前なのに、つい昨日のことように思う。
そんな錯覚を起こしてしまうのは春の陽気に当てられているせいなのだろうなと思う。


僕、雪降かいとはこの四月に無事高校二年生へ進級し、気持ちも新たに張り切っているところです。


着慣れた制服に身を包み、鏡の前でくるりと一周する。ふわりと髪とスカートがなびく。
うん、いつも通り我ながら似合っている。


僕の通う紫吹ヶ丘高校は制服に関する規定がとても緩いことで有名だ。
もちろん女子は指定のブレザーにスカート、男子も指定のブレザーにズボンというところは他と変わらない。しかしセーターやベスト、カーディガンの色は自由だし、リボンやネクタイの色まで自由。靴もスニーカー、ローファーどちらでもいいし、カバンも何でもあり。


学校の考えとしては「生徒たちの意思を尊重したい」ということらしく、これは創立以来変わっていないことらしい。
そんな校風と自宅から歩いて十分という近さに惹かれてこの学校を選んだ。
若干不純な理由も含まれているけど、そこは見逃していただきたい。


ざっと支度を済ませ、学校用のリュックサックとお気に入りの青いマフラーを持ち、自分の部屋をあとにする。
 

階段を下り、リビングに入って「おはよう。」と挨拶をする。
それに対し返事が返ってくることはなく、リビングに僕の声だけが少し反響した。
今この家にいるのは僕だけ。誰もいないと分かっていても挨拶をしてしまうのは“挨拶は家族同士でもきちんとすること”という教育方針で育ってきたため、朝、リビングに入ると反射的にしてしまうのだ。


ソファーに荷物を置き、キッチンに立つ。
山になって置かれている果物の中からリンゴとミカンを取り、冷蔵庫からニンジンなどの野菜も取り出す。
それらを適当な大きさにカットし、小さめのミキサーにかける。
ものの数分で美味しい野菜ジュースの完成。
朝はあまり食事をとる気になれないため、手作りの野菜ジュースを作って飲むようにしている。
これがまた美味しくて、美容にもいいときたもんだ。お得感マックス、一石二鳥ってやつですね。


野菜ジュース片手にテレビの電源をつけると巷で人気のお天気お姉さんが今日の天気を読み上げているところだった。


「今日は一日晴れかぁ。洗濯物干していっても平気そうだな。」


コップの中のジュースを一気に飲み干し、洗濯機に向かう。
夜のうちに洗い終えた洗濯物を急いで取り出し丁寧に干していく。
もともと仕事で家を空けることの多かった両親に代わって家事をしていたのでだいぶ慣れている。
ただ、いつになっても苦手なこともある。それは料理。
両親のいない日は兄が毎回食事を準備してくれていた。
それに甘えていたため、お菓子以外料理は全くと言っていいほど出来ない。


―兄がいなくなった今となっては自分で作るのは必須なのだけれど。


三年前の早朝に兄は家を出ていった。
それからというもの音信不通、所在はつかめずじまい。
何故出て行ったのか、何処に行ったのかは両親も友達も分からなかった。
僕にもその理由は分からなかった。


あの朝、僕は出て行く兄の姿を見た。
あの時僕が引き止めていたら兄は出ていくことをやめてくれていただろうか?
僕が何処へ行くのかと聞いていたら行き先くらい言ってくれただろうか?
否、きっと僕が何を言っても兄が振り向くことはなかっただろう。


兄が最後に言った「ばいばい。」の言葉。
それは兄の決意の表れだったように思う。


まぁ、兄がいなくなった今ではその真意を知ることもできずにいるわけでして。
父と母の仕事が探偵ということで当初は自分たちで色々調べていたようだが、結果が出たのか出ていないのか教えてくれないまま突然探偵を辞め、世界旅行へ行くと言って出て行ってしまった。
僕は納得がいかないので(あと新婚気分で僕を放ったらかして旅行行ったのにイラッとしたので)一ヶ月前、勝手に両親の元事務所を改造し、新・雪降探偵事務所を開業しました。


…とは言ったものの学業の傍らの探偵というのは大変なもので、時間がなくてとても困っています。今だって時間が足りな…


「って八時二十五分?!遅刻する!」


洗面所の時計を見ると長針は“5”を指しており、一気に顔が青ざめる。
八時四十分までに登校していないと遅刻とみなされてしまう。さすがに新学期一発目で遅刻はマズイ。
 

干し終わった洗濯物を急いで庭の物干し竿にかけ、ソファーに置いておいた荷物をひっつかみ玄関へ向かう。ローファーを履いて腕時計を確認すると長針は“6”を指していた。
思わず口元がひきつる。


マフラーを大雑把に巻き、リュックを背負う。


「いってきます。」


こんな時でも挨拶だけは忘れない。両親の教育の賜物だ。
 

玄関の鍵をしっかり掛けて全力疾走で学校へと向かう。
今日は始業式なので教科書などの重いものはリュックに入っていない。
それが唯一の救いかもしれない。


十字路を右に曲がり、次の角も右へ。あとは見通しのいい直線だ。
校門が見え、ほっとする。走りつつ時計を確認すると八時三十七分。


新記録が出ました、隊長、七分です。ラストスパート、かいと行きます!


「おい、かいと。」

「え?」


ラストスパートを駆けようと足に力を入れた瞬間、聞き覚えのある声に呼び止められる。
振り返ると引きつった笑顔の緑の髪の少年と、同じ緑の髪をした少女が立っていた。


「美空緒と美久ちゃん!」

「おはようございます、かいとさん!」


美久ちゃんが元気よく挨拶する。僕も「おはよう」と挨拶を返す。
男の子の方は葱村美空緒といって僕の同級生。
去年同じクラスで、色々話していたらとても仲良くなりました。


女の子の方は美空緒の妹で美久ちゃん。
この春からめでたく紫吹ヶ丘高校に通うことになったため僕の可愛い後輩でもあります。
二人の実家は地方なので、駅の近くのアパートを借り、そこで二人暮らしをしています。(美久ちゃんとは引越しの手伝いをしに行った時に知り合い、仲良くなりました。)
 

挨拶もそこそこに僕は時計を見る。時間はすでに八時四十分を回っていた。


「うぅ…新学期初日から遅刻だなんて…。」

「は?何言ってんだお前。」
 

美空緒は不思議そうな顔をして僕を見る。
そんな美空緒を見て今度は僕が不思議な顔をする。
その様子を見ていた美久ちゃんがぽんっと手を叩いた。


「もしかしてかいとさん、いつもと同じ登校時間だと勘違いしてるんじゃないですか?」

「ふぇ?」

「あー、それでか。今日は始業式してからホームルームだろ。だから九時までに体育館に行きゃいいんだよ。」
 

……あ、そういえばそうだった。
朝起きてご飯を食べている時まではそのことを覚えていたのに、洗濯物を干している間にすっかり忘れてしまっていた。


「あちゃー…やっちゃった。」

「かいとさん可愛い!」
 

落ち込み気味の僕に美久ちゃんが抱きついてくる。
嬉しんだか悲しいんだか分からずに乾いた笑いが口から漏れる。


「可愛いってお前…そいつはおとk」

「オラぁ、お前ら早くしねぇと遅刻するぞ!」
 

美空緒の声を遮るようにして門の前に立つ体育教師が叫んだ。


「げ、今日の当番トニーかよ。」


 明らかに嫌そうな顔をする美空緒。かくいう僕も若干苦笑いになる。


「とにー?」
 

彼の存在をよくわかっていない美久ちゃんが首をかしげる。


「あの人は体育の都仁尾先生。通称トニー。」

「へー!」
 

面白いと言わんばかりに彼女は目を輝かせる。
新入生だし色んなことに興味を持つのはいいことだが、先生たちに目をつけられるのはあまりよろしくない。


「取り敢えず早歩きしよっか。」
「だな。」
 

美空緒も後で何か言われるのは面倒だと思ったのか僕の意見に賛成し、みんなでやや早歩きすることにした。新入生だろうか、数人の男女がトニーの怒鳴り声に驚いて横を走っていく。
一ヶ月もすれば先生が何を言おうと動じずに、遅刻ギリギリでも悠々と門をくぐるようになるんだろうな、と思うと少し可笑しくなった。
あ、でも美久ちゃんにはそうなってほしくないなぁ。


なんてことを考えていたらいつの間にか校門にたどり着いた。
トニーは相変わらず仁王立ちで門を通る生徒たちをじっと見ている。


「おはようございます。」


僕が挨拶をいうのと同時くらいに美空緒も軽く会釈する。
その様子を見てトニーは満足したのか頷きながら挨拶を返してきた。
それを見ていた美久ちゃんがキラキラと目を輝かせながら先生を見つめ、大きく息を吸い、口を開いた。


「おはようございます、ニート先生!」

 
彼女の口から放たれたセリフに僕、美空緒、そして周囲にいた二・三年生は愕然とした。
元気いっぱいに挨拶をするのはいいことだと思いますが大事なところを盛大に間違えてますよ?!


美久ちゃんは間違っていることを知ってか知らずかニコニコしている。
美空緒は無表情だけど目が「やべぇ…」と言っているように見える。
そして名前…というかニックネームを間違われた先生はというと、眉はピクピクと動き、口元は引きつっている。


早く逃げないとマズイ…という空気が流れている中、八時五十分を告げるチャイムが高らかに学校に響いた。逃げるなら今だ!


「それじゃあ僕たち行きます!」


 僕の言葉を合図に三人で一斉に走り出す。


「あっ、待てお前らァァ!」


 トニーの怒鳴り声を背に僕たちは下駄箱へ向かった。
そこにたどり着くまでの間に目の前を走る兄妹は「お前何言ってんだよ!」「何が?挨拶しただけだよ!」「そこじゃねぇぇぇ!」といった兄妹喧嘩をしている。面白いなぁ、この二人は。


下駄箱に着いたので上履きに履き替える。
美久ちゃんは入学式の日にクラスが決まっていたので“1―1”と書かれた下駄箱へ靴をしまえるが、僕と美空緒はまだクラスが決まっていないので下足は取り敢えず適当に入れておく。

 
なんだかんだ時間も押していたので急いで体育館へ向かうとすでに大勢の生徒で溢れかえっていた。
一年生はもちろん、他学年もこれからクラス替えの結果がわかるのでそわそわしているように見える。
かくいう僕もちょっとドキドキしている。
友達はそれなりにいるほうだけど、やっぱり一番仲のいい美空緒と同じクラスになりたいな。


僕と美空緒は二年生の列へ、美久ちゃんは一年生の列へ向かった。
列の最後尾へつき、始業式の開始を待つ。
少しすると生徒会役員が始業式開始の挨拶をする。
それが終わると次は生徒会長の挨拶。
生徒会長が壇上に立つと周囲の男子からはうっとりとした溜息や、会長を褒め称える声が囁かれる。


今年度の生徒会長は酒田芽衣子という人で、紫吹ヶ丘高校創立以来初めての女子生徒会長だとか。
学年が違うし、生徒会役員でもないからあまり関わったことはないけど、噂はよく耳にする。
とても優しくて頼りになる人らしい。
今のスピーチを聞いても彼女の真面目な性格がよく分かる。
メモ書きなどを見ずにすらすらと言葉を連ねていく。


「すっげ…あんだけの量の話を暗記してんのかよ。」


美空緒が小声で話しかけてくる。それに対して僕も小声で返す。


「一回も下とか見てないってことはそうだと思うよ。すごいね、尊敬しちゃう。」

「なー。…げっ、次校長の話だ。」


いつの間にか生徒会長の話が終わり、少し禿げかかった頭をした校長先生が壇上で話をし始めた。
さてと、今日は何分で話が終わるかな。
僕は心の中で数字を数え始めた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

女装探偵かいと【ケータイがないと不安になる、例えるならそんなカンジ。】①

※このお話はKAITOが普通に女装している話です。苦手な方は回れ右をして逃げてください。


読みにくくて、あと文才なくてすみません

閲覧数:194

投稿日:2013/01/27 22:23:48

文字数:4,877文字

カテゴリ:小説

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