悪食娘コンチータ 第三章 暴食の末路(パート1)
王立学校講師兼一般内務官であるグリス=アキテーヌの元には、彼が好むと好まざるとを問わず、様々な人間が自然の内に訪れる。裁判制度や警察制度がまだ確立されていないこの時代において、民衆からの不満の解消や治安維持、それに揉め事、権利義務の主張などを申し出る機関は一つしか存在していなかった。即ち、グリスの属する内務省である。正確に言えば、黄の国における省庁は大別して二つしか存在していない。内政全般をつかさどる内務省に、軍事と外交をつかさどる軍務省、この二つである。それでは一体、内政とは何か。即ち、人を育てること。民衆を統率すること。収穫高を上げること。治安を維持すること。数え上げればきりが無い。治安業務に関しては、実行力を伴うために一部軍部との共同が図られてはいるものの、基本的な動作は内務省に一任されており、文官では対処できない状況や、日々の巡回警備だけを軍務省が担当している、ということが実情であった。
さて、そのような忙しい日々を送るグリスの元に、一人の田舎娘が訪れたのは九月も後半を迎えた頃合であった。さて、こうしてグリスの元に上奏を行う民衆の数は少なくは無かったが、王都の民衆の喧嘩沙汰とも違う、果たして一体、いかにも田舎から出てきたばかりらしいこの少女が何を目的としているものかと、ちょっとした興味を抱きながら、グリスは緊張に身を固めている少女に向かってこう訊ねた。
「初めまして、お嬢様。私が担当のグリス=アキテーヌです。」
王宮の一角、民衆との応対用に作られた質素な部屋で対面してゆったりと腰かけながら、極力、高圧的な態度を取らないように気をつけながら話したつもりであったが、その少女はどうやら酷く緊張している様子で、ただその小柄な身を固くするばかり。はて、困ったな、と思いながら、グリスは言葉を続けた。
「まずは、貴女のお名前をお伺いしても宜しいですか、お嬢様。」
良く見ると、化粧っ気のない田舎娘ながらなかなかに良い顔立ちをしているな、とグリスは問いかけながら考えた。王都で見る貴族のように、華美を通り越してやりすぎとも思える装飾をしていない上に、すっきりとした輪郭と、愛らしい瞳は見るべきところがある。丁寧な化粧を施せばそれこそすぐに見違えるのではないだろうか。
「ヴ、ヴァンヌ、と申します、その、グリスさま。」
漸く、緊張した喉から搾り出すような声で、ヴァンヌはそう言った。
「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ、ヴァンヌさん。」
「でも、私、こんな都会に来るの、初めてですし、その。」
そうしておろおろとする様子は、高慢な貴族ばかり見慣れているグリスにとっては多少なりとも新鮮な反応であった。
「確かに、初めて訪れる人間は皆圧倒されるそうですね。でも、結局は住む場所が違うだけで、同じ人間。少し、肩の力を抜いても構いません。」
「はい、ありがとうございます。」
「ところで、ヴァンヌさんのご出身はどちらでしょう?」
本題に入る前に、とグリスはヴァンヌに向けてそう訊ねた。地元の話は緊張をほぐし易い。グリスが政務を続けるうちに手に入れた知識であった。
「その、コンチータ地方です。」
その答えに、グリスはほう、と相槌を打った。
「コンチータ地方と言えば、自然の溢れる、豊かな場所だそうですね。」
「いえ、私の村はコンチータ地方の中でもミルドガルド山脈に近い場所で、土地が褪せていて、お蕎麦くらいしか育たない場所でしたわ。」
「ほう、そのような場所が。これは私の知識不足でした。」
「いいえ、こちらこそ。」
そこまで言って、ヴァンヌは何かを恥じるように視線を下に落としてしまった。余りの田舎出身であることに自らを恥じているのかも知れない。確かに、服装も流行からは大きく外れた、作業着に毛の生えた程度の装束でしかなかったけれど。
「では、普段は農作業に勤しんでいらっしゃるのでしょうか。」
「いえ、村では私まで養いきれなくて、それで、その、コンチータの街まで出稼ぎに。」
「いつごろでしょうか。」
「今月の頭まで、それで、私、運良くコンチータ様のお屋敷に勤めることになりまして。」
その言葉に、グリスはぴくり、と眉を動かした。
「バニカ夫人のところで?」
グリスの言葉に、ヴァンヌはこくり、と頷いた。そして、奇妙な偶然もあるものだ、と考えながら言葉を続ける。
「バニカ夫人のご様子はいかがでした?」
「その、お元気そう、でした、はい。」
そう言いながら、言葉の端々に不安の色が見え隠れしている。グリスはその口調からそれを判断すると、少し身体を前のめりにしながら、ヴァンヌに訊ねた。
「それで、バニカ夫人のところでお勤めされていた貴女が、どうしてここに?」
「その、貴族様を蔑むようなことを言うと、その。」
「気になさらなくて構いません。不当な処置は国家の法律で禁止されておりますから。」
正確に言うと、グリスの言葉は虚偽に当たることであった。実際、不当な権力行使を禁止することは確かに明文化されているものの、実態として権力を掌握する貴族連中が民衆に向かってその法律を遵守しているわけが無い。だが少なくとも、グリスは自らだけでもその法律を遵守しようと決意していることは間違いではないのだが。そしてその言葉は、今目の前にいるヴァンヌの口を開くだけの効果があったらしい。漸くヴァンヌは決意した様子で、その重たい唇をゆっくりと開いた。
「私、見てしまったんです。」
一度話し出すと、後は緊張することも無く、ヴァンヌはしっかりとした口調でそう言った。そのまま、言葉を続ける。
「コンチータ様の館に、死体が隠されてたんです。」
「死体?」
怪訝な表情をしながら、グリスはそう言った。その言葉にヴァンヌは頷き、こう答える。
「館の厨房にあるワイン樽の中に、男の人の死体が。」
「それは一体、どういうことでしょうか。」
状況が理解できない。グリスはそう考えながら、努めて落ち着いた声で、ヴァンヌにそう訊ねた。その問いに、ヴァンヌもわからない、という様子で首を振りながら答える。
「コンチータ様の召使に、レヴィンという方がいらっしゃるの。その人が、私が死体を見つけたことを見て、こう言ったんです。『裏切り者は、そうなります。』って。それで、私、怖くなって、館から逃げ出して・・。」
ヴァンヌはそう言って、恐怖を思い出したのか、とたんに震えだした身体を自らで抱き締めた。
一体、バニカ夫人に何があった。それに、レヴィンとは何者なのか。
グリスは、ヴァンヌが落ち着くまでをじっくりと待ちながら、しかめた瞳のままでそんなことを考えた。どうにも嫌な予感ばかりが、グリスの心理を包み込もうとしていた。
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