『リン……。僕、離れたくないよ……』
『もう、何を弱気なこと言ってるの!あたしたちは双子なのよ!絶対また会えるに決まってるんだから!だから、レンもそれまでに泣き虫と弱虫を治しておくこと!いいわね!』
『うん……わかった』
『じゃあ、またね!』
『うん……またね』
「おーい、レン。今日って創立記念日かなんかかぁ?」
間の抜けた父さんの声が、壁とドアを隔てた向こうから聞こえてくる。おそらく居間でソファに横になりながら話しているのだろうが、こんな朝から父さんがいるなんて珍しい。僕は寝ぼけた頭でそんなことをぼんやりと考えた。僕の家は所謂父子家庭というやつで、僕が小学校に上がる年に母さんと別れてから、この街へ移り住んできてもう十年以上。父さんは僕のせいなのか再婚もしないで、ずっとこの二人だけの生活を続けている。
それでも僕は不自由を感じたことなんてほとんどない。最初の頃は流石に寂しくて泣いたり、父さんを詰ったりしたこともあったけど、今ではどれだけの苦労をかけて父さんがここまで育ててくれたのかがわかるから、全く頭があがらない。少しでも役に立ちたいと、最近では家事を自分でするようになったほどだ。
「父さんこそ……こんな時間に帰ってるなんて……何かあったの?」
師走も近い冬の朝。なかなかベッドから出るふんぎりがつかず、布団にくるまりながら応対する。夜勤が常の父さんは、朝僕が学校へ出かけた後に帰ってくるというサイクルで家計を支えてくれていた。ちなみに仕事に出るのが僕の帰宅と入れ代わりだから、父さんと一日会えないことも珍しくない。仕事で何かあったのだろうか、とぬくぬくしつつ思い巡らせてみるものの、自分でも今一つ緊迫感がない状態だ。せめて布団から出るきっかけがあれば――と考えたところで、それは父さんからもたらされた。
「いや、俺は仕事が早く終わったんで上がってきたんだけどな。と言っても、もう八時近いぞ。お前、今日休みだったか?」
「……え?でも、まだ外――」
耳が現実についていかず、つい言い訳を探して瞳がさまよう。その際に捉えた窓の向こうは、カーテンに遮られているとはいえまだ薄暗い。いくら冬の朝方だからといって、ここまで光が差し込まないというのはおかしい……そう意味もなく納得させようとしていた、その矢先。父さんの少し弾んだような声が幻想を無残に切り裂いた。
「そういえば、今朝初雪を観測したらしいな。ほら、今天気予報の人が言ってる。どうりで冷え込むわけだ。それにしても、最近の天気予報士ってのは可愛いなぁ。アナウンサーより可愛い子も多いぞ」
暢気に話している言葉を最後まで聞かず、僕はがばっと起き上がりカーテンを引き開けた。目に飛び込んできた一面の銀世界。そして現在進行形で振り続ける初雪――遅刻確定。
「……どうせ遅れるんだったら、ちゃんと朝ごはん食べていこ」
「少しは焦るとかしたらどうなんだ」
地獄耳の父さんから今度は呆れたような声が返ってきたが、それには答えず制服へと着替える。
「朝飯、食パンと目玉焼きくらいならすぐできるが、どうする?」
次いで飛んだ何気ない一声。それに今度は僕も考えを巡らせた。仕事から帰ってきたばかりで疲れている父さんに用意してもらうのは、やはり気が引けた。しかしまだ寝ぼけているらしい頭と億劫がる心は正直だ。ようやく目覚めかけてきた理性が口へと到達する前に、僕は自然と情けない声を上げていた。
「……お願い」
(続く)
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ゆるりー
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