9.ミク
ごめん、と彼は言った。いいの、と私は首を振った。
そして、彼は静かに口を開いた。
「もう、わかっていると思うけど……ごめんね。僕は、君の主人を呪うためにこの世界に来た」
私は、静かに微笑んで首を振る。
「うん。……知っていたよ。最初から」
それでも、ミクオは私を好きになってくれた。私もミクオが好きだ。
その気持ちは、手をつなぐだけですぐに解る。
私たちは、人の姿をしているけれども、人ではないから。
「なんだか……気持ちが筒抜けって、意外と、不便だね」
ミクオも、照れたように笑う。
「悲しいことや辛いことは、隠しておきたいのにな」
手をつなぎ、抱き合うとすべてが通じ合ってしまう。相手を思いやるためには実に不便だと私はミクオに出会ってから、気づいた。
「人間って、……いいね」
そうつぶやいたミクオに、私はあることを思い出した。
「ねえ、ミクオ。前に他のボカロが唄っていたんだけど、この世は、原子でできているんだって。なんだか、とってもちっちゃい、つぶつぶ」
「つぶつぶ……」
ミクオが自分の手のひらを見つめている。
「原子にはいろいろ種類があるけど、その原子もさらに分解できるの。
陽子、中性子、そして、電子……」
「粒を作るつぶ、か」
ミクオは私もじっと見つめる。
「そんなにしたって見えないって。とっても小さいみたいだから。
でもね、その数の集まり具合で、原子の種類が決まるみたいよ? だからね」
私は、ミクオの手を取る。
「……いつか私もミクオもその粒の海に溶けて、人の一部に、なれるかも」
とたんに、ミクオが笑いだした。
「その発想はなかった!」
私もうなずく。
「でしょ! 私たち、いつか、人に!」
ミクオが、いつか私が教えたアニメの台詞をなぞって叫んだ。久しぶりに、ふたりして我を忘れるほどに笑った。
「だめだ。意識だけの存在なのに、我を忘れたら死んでしまう!」
「バカなこといってないの!」
ひとしきり笑いながら、私は目の端を拭う。おかしくて涙が出てきた。
「ねえ、本当に人になったらどうする?」
「幸せな歌ばかり歌おうか?」
夢みたいなことを言うミクオに、私は笑う。
「あはは。そんな人にはたぶんなかなかなれないよ。リア充、っていうんだよ」
「なに! りあじゅう? 人は幸せになると獣になるのか!」
ミクオの勘違いは、非リア充の人々にたくさん触れてきた私を、ひたすらに笑わせた。
笑いながらも私は思う。
たぶん、人に生まれ変われたとしても、人間はそんなに単純じゃない。
彼の生まれた時代の人は、千年後の誰かの子孫を呪うために彼を作り、ここまで送った。
私のマスターは、私に辛い歌ばかりを歌わせる。
それは、すべて人の所業だ。人はいつだって、汚くて醜くて痛くて悲しい。
「……それでも、抱き合ってみたいかな?」
私の手がミクオを抱き込み、彼の手が私を抱きしめる。
……そして、終りがやってきた。
起動音が聞こえた。それは『虫』を駆除する動作の開始音。
私とミクオの『バグ』に、マスターが気づいたのだ。
【短編】『ヒカリ』で二次小説! 『君は僕/私にとって唯一つの光』9.ミク
素敵元歌はこちら↓
Yの人様『ヒカリ』
http://piapro.jp/t/CHY5
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