-DOOR-
ゆっくりと進み出た前に、巨大な扉があった。
三人は結局、あの手紙の通り地図に書かれた住所の場所までやってきて、今その門をノックしようとしていた。
「…いいですか?リンさん、レン」
「…うん」
「ああ」
リン――髪が長いほうといわれていたが、ややこしいので『ラン』と呼ぶことになっている――ランは息をのんで、ノックした。こんこん、こんこん。しばらく待って、中から不思議な格好をした少女が三人を出迎えた。
「ああ、いらっしゃい。…はいって」
通された部屋は三人別々で、それぞれのことが気になりながらもそれを拒むのもいけないので、通された部屋に大人しくはいっていった。
まず、リンが通された部屋はある程度の装飾もあり調度品もおかれた、整った部屋だった。次にレンが通された部屋は壁紙も何もすべて虫などがデザインされた、どうにも悪趣味な部屋。最後のランは花で飾り付けられた、趣味のいい部屋だった。
少女はお茶を入れに出て行ったので、三人はそれぞれ椅子に座って少女が来て、他の二人とあわせてくれるのを待っていた。
三つの部屋にある大きめの窓から光が差し込んできたが、リンの部屋の調度品に反射し、レンの部屋の虫たちの羽部分に光が当たってきらめき、ランの部屋のわけの分からないごたごたしたものに光は当たり、妙な空気を作り出した。
まず、少女がお茶を出したのはリンだった。
「はじめまして、リンちゃんですよね?僕…あ、いや、私はメグ。気楽に呼んでください」
「は、はぁ…。それで、何の用で?」
「まあ、そう焦らず。ゆっくりしてください。僕は他のお二人の様子を見てきます」
一応敬語を使っているがメグは自分のことを『僕』といい、子供っぽい性格なのだろうかしこまった言い方をするのが少し煩(わずら)わしそうにも見えた。メグが出て行ってから、リンは小さく息を吐いた。どうも彼女の服から、鉄が錆びたような臭いがして普通に息をしているのは、つらかったのだ。
次はランの部屋。
悪趣味な部屋に入ることをためらわず、お茶を運んできたメグはリンのときと同じように挨拶をした。
「はじめまして、ランさん。ぼ…私はメグといいます。気楽に呼んでください」
「あの、他の二人は?」
「他のお二人は、別の部屋で丁重におもてなしをしています。…では、少しお待ちください」
そういうとメグは悪趣味な部屋を出て、最後にレンが居る虫の部屋へと足を踏み入れた。
「はじめまして、レンさん。ぼ…くはメグです。気楽に呼んでください」
自分の呼び方を変えなかったのは、前の二人のようにするのが面倒で、あきらめた結果だろう。
「何で俺らを呼んだんですか。他の二人は。…にしても随分と虫が多いですね。用がないなら、他の二人と帰りたいんですけど」
矢継ぎ早に質問ばかりを口にし、途中にただの悪口としか言いようのない言葉を言ったが、メグはそれを気にする様子もなくちょっと子供っぽい笑いを浮かべると、部屋を出て行った。
出された紅茶を口へと運ぶと、甘く爽やかな香りが鼻を刺激する。うまいのだ。
素直に紅茶を楽しんでいたのは、三人ほぼ同時でまるで三つ子が意思の疎通を図ったようだった。
いきなり、ティーカップを落としたのはレンだった。まだ残っていた紅茶がフローリングへとこぼれた。
「…な…。体が…」
体がしびれ、神経や筋肉が痙攣を起こしているのだろうか。目を開けているのもつらく、声を出すので精一杯、椅子からずり落ちないように肘掛に手を置いてしがみついていた。だいぶ狭くなった視界に、鮮やかな橙色の不思議な服がドアを開いて入ってくるのが見えた。勿論、服が勝手に動いてドアを開いたのではなく、誰かがその服を着てドアを開いたのだ。その人物はレンに近づいてきて奥の棚から何かをとりだしたような音が鳴ったかと思うと、首筋に激痛が走り一気にすべての感覚がシャットダウンされた。
ずっと、扉の前で待っていたのだ。
そろそろ、というころあいで中にはいってみれば思惑通り辛そうに椅子にしがみついていたのだから、面白くて仕方がなかった。
奥の木製の棚から灰色のスタンガンを取り出して、電源を入れると青く細い電流が本体についた二本の角の間に走った。それを首筋に当てるだけで、相手の少年――レンといっただろうか――は小さなうめき声を上げて、椅子から崩れ落ちた。
しばらくしてリンにイライラが募り始めたころ、やっとメグが部屋へ入ってきて、にっこりと笑った。
「アリガトウございました。もう、お帰りになって結構ですよ」
その後ろから、ランがひょっこり顔を出してリンへと駆け寄った。
「それでは、玄関はあちら…」
「レンは?」
「こちらでようが…」
「なら、レンを待っているわ」
「長くなるので…」
「ラン、レンの様子を見に行きましょう。確か、レンの通された部屋は…」
ずかずかと部屋を出るとレンが入ったはずの部屋を探し、なんだか苔の臭いがしてくる部屋の前に立った。おろおろと困っているメグを尻目にその部屋の扉を開くと、まさに『驚くべき光景』がリンとランの瞳に、鮮やかに写った。
壁を覆いつくそうかという大量のコケ、家具に絡みつくなにかの植物のツタもそうだったが、一番彼女らの目を引いたのは部屋中に生えたような巨大な植物の幹とも大差のない、何かのツタだった。そのツタは何を支えにそうなったのかは分からないが、本当に部屋の天井まで届くほど延びていて、その中でも一番太いツタに絡まるようにぐったりとしたレンが居た。
「レン!!」
よその家へ行くなら少しくらいおしゃれでもしていけ、とメイコにいわれてしぶしぶ着ていた新しいワイシャツもいくつかボタンがはずれ、ズボンも所々切れていた。
気を失っているらしく、反応もしないレンに何度も呼びかけるリンの横でランが少し不安そうに、メグのほうへと顔を向けていた。
「あの…これは…」
「…残念だなぁ、ばれちゃったんだもんね。…あはは、本当に残念。見なかったことにして、帰ったら?別に追いかけないけど」
「レンに何をしたの?レンを返して」
「それは、無理。だって僕らの計画に彼は必要不可欠なんだ。帰らないなら、君らも彼と同じことになるよ」
そういってポケットから灰色のスタンガンを取り出すと、その電源をきっちり『ON』にしておいた。
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