夏の花、と言えば、まず向日葵が挙げられるだろう。
それは、太陽を見つめる一途な花。
まあ、個人的で悪いんだけど…私は太陽を見つめると言われる向日葵を見ていると、段々哀しい気分になってくる。
向日葵諸君、早く気付け。
太陽は君のものにはならないよ。
「ラ・ペル・ダム・サン・メルシ」
「何それ」
「非情の麗人、って意味らしいね。フランスあたりの言葉らしいけど」
「…ふーん、何リン、良い外国作家見つけた?教えてよ」
「教えたところでレンは読まないでしょ。それに言っとくけど、この言葉は既に家にある本に載ってたからね」
「マジ?」
伸ばしている髪をちょっと掻き上げてレンが微笑する。
今のは、多分女性限定で使われる言葉だろう。ヨーロッパの大陸側っていうのは割と主語の性別に対して細かい注意を配るから。
ただ、この女たらしの美少女めいた外見を見ていると適用にさほど問題を感じない。…それは大問題だと思うんだけどね。
「で?」
「は?」
「それを引用したリンの本意はどこにあるのかな、って話だけど」
顔は笑ってる癖に目が笑ってない。
「俺が非情の麗人って事?」
「…否定はしてあげないからね」
こうして話をしている間にも、クラスのあちこちから熱っぽい視線が注がれてくる。
その大半はレンに恋する乙女達の視線で…あー、なんだか頭が痛くなってきた。
どこでどう間違って、あの純真だった少年が女を弄ぶ悪い男になったんだろう。そう、昔は私の後ろに隠れて涙目になる位に内気で優しい子だったっていうのに。
「リーン」
「あだっ」
シャープペンシルに付いている消しゴムで思いっきり額を突かれ、馬鹿みたいな声が出てしまう。
不意打ちとは卑怯な。視線に怒りを乗せて睨み付けると、今度は掌で両目を塞がれた。いつの間にか随分がっしりしてきた掌が何だか憎らしい。
「何すんの」
「だってリン、今すっごく俺に失礼な事考えてなかった?」
私はすぐに返事が出来ず、黙り込む。
真実の指摘でも失礼な事に分析され得るんだろうか。でも世の中には本当の事であっても言わない方がいいことっていうのもあるわけで。
「…レンの女癖の悪さについては考えてたけど」
「ほらまたそうやって俺の評価下げてるし。大体、女癖が悪いって、何処が?」
目隠しをしていた手が取り払われる。
机を挟んで座っているレンは呆れた顔で私を見ていた。
「言っとくけど、私は二ヶ月前のあの事件忘れてないからね」
今度はレンが黙り込む番だった。
そう、あれは二ヶ月前、レンが「仲良くしていた」女の子四人が家に怒鳴り込んで来た。「誰が本命なの!?」って。
物凄い剣幕で、二階に引っ込んでいた私も怖くて顔を出すなんて到底出来なかった。本当、両親の帰りが遅い日で良かったと思う。娘と息子が何の問題も無い優等生だと信じているあの両親があんな場面に出くわしたら卒倒しちゃうんじゃないかな。
結局一時間位してから押しかけ組が帰っていく音がしたから恐る恐る階段を降りていったら、見送りしていたレンがいつもと全然変わらない笑顔で「夕飯何?」って聞いて来たあの時は―――本気でぶん殴りたくなった。
結局彼女達はレンの上手い口車に乗せられて大人しく解散したらしいけど…なんていうか、それでいいのかな。
まあ本人達がそれでいいんだって言うなら、私の懸念なんて余計なお世話に過ぎないんだけど。
「俺は皆と仲良くしたいだけなんだけどなぁ」
「その信念は間違っちゃいないわよ。ただやり方が酷いだけ」
「なんでさ」
レンくーん、やっほー。教室の外からかかる可愛い声にレンが笑顔で手を振り返す。
…いや、そんなとこにまで目くじら立てやしないけどね。
何となく不満を感じつつ、購買で買った紙パックのジュースを啜る。そのまま何となく机の汚れを眺めていたら、目の前に座る人物にじいっと凝視された。なんで視線って見なくても分かっちゃうんだろう。謎だ。
嫌だけど顔を上げてみれば、予想通りにやにやと悪戯っぽい顔をしているレンと目が合った。
「…何よ」
「妬いた?」
「その頭にはそういう発想しか無い訳?」
「ははっ、すみませんお姉様」
ふらっと空を滑るような動きで、レンの手が私のお弁当のプチトマトを摘む。
…おのれ。私がプチトマト好きだっていうのを知っているでしょうに。
べたついていたのか(隣はポテトサラダだった)摘んだ指を舐める仕種は、たしかに私から見ても色気がある。
ただ、私はこの困った弟との付き合いで人は顔だけじゃないっていうのを良く良く理解してしまった。
世の中には誰にどれだけ愛されようと、何の罪悪感もなく愛を返さないまま受け流してしまう奴も存在するのだ。そういうのがいいって子もいるんだろうけど、普通に穏やかな幸せを夢見る私は、恋人ならともかく伴侶には絶対にレンみたいな人は選びたくない。私的には恋人にするにしても絶対にさっさと破局を迎えてしまうだろうと思う。
だって、恋人になったところで、彼は絶対に「私」を見てくれないんだから。
「レンさあ」
「ん?」
「本気じゃないならホイホイ気を持たせるような事するのやめたら?勿論冷たくしろって事じゃなくて」
「なんで?」
なんでってお前。
「恋する女の子の方が、見ていて可愛いじゃん」
そのごく当たり前のような言葉に、私は溜息をつくしかなかった。
「誰が本命なの!?」も何も、レンには本命なんて概念が存在しない。
分かっているんだろうか。
いくら向日葵が太陽に焦がれたって、向日葵が太陽を捉えることなんて出来ない。
太陽が向日葵を気にかけることもない。
「レン、最悪」
やがて枯れていく向日葵達を思って、私は吐き出すように口にした。
そんな私を面白がるようにレンは笑う。
どこまでも綺麗で見る者を引きつけるくせに、そこには情が存在しない。
その笑顔は、太陽に本当に良く似ていた。
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