咄嗟の事とは言え、うっかり機械の顔をもろに見せたと気付いたキカイトは慌てて顔を隠したが遅かった。
「私の歌は歌えないかな?」
「え?…」
それはお忍びでやって来た領主だった。
領主は優しい顔で微笑んでいた。主人を抱え、ベンチに腰掛けていたキカイトの目線に合わせるためこの領主はなんと地面に膝を着いていた。そればかりか、機械の顔を隠していた前髪を掻き上げて存在しない目を見ながら話しかけている。
「あなたは、怖くないのですか?…」
「怖い?こんなに優しい歌声を聞いて何故怖れる必要がある」
若いながらも器の大きな領主のようだ。この醜い機械を怖れる事なく対等に扱っている。
領主はキカイトを屋敷へ招いた。
地位も名誉も何も無いただの機械が領主と言うこの地で最も偉い人にお願いされて断る理由もない。きっと主人もそう思うだろう。キカイトの腕の中で歌声を聞きながら眠りについた主人を見てキカイトはそう思った。
キカイトは主人を大切に抱きかかえたまま屋敷へ赴いた。
領主の屋敷では多くの人型ロボット達が働いていた。量産型なのか、メイドも皆同じ顔をしていた。
「まずは君の主人だけど、少し預からせてもらうよ」
「!?」
キカイトは大事な主人を奪われまいと主人を抱く腕に力を入れた。
「ん…」
「マ、マスター」
痛そうに少し顔を歪ませる主人を見てキカイトは狼狽えた。
「どうしたの?キカイト…あれ?ここは…?お祭り、終わっちゃったの?…」
少し寂しそうな、けれど痛みについては触れない表情で主人は弱々しく微笑んだ。
「お目覚めかな?眠り姫。ようこそ、私はこの地方を治める領主。ここは私の屋敷だよ」
「領主、様…?何で…」
微笑む領主に狼狽えるキカイトの主人。貧困街の貧しい市民がまさか中央の領主に知らぬ間に招かれるなど誰が考えつくだろう。まだ夢の中かと思い、確かめるため指先を小さく噛んだ。そんなに力もないはずだが、指先には赤い筋が浮かんだ。
「マスター」
「大丈夫かい?誰か、手当を」
主人を抱えるキカイトには主人の手当ができない。下ろすにしても領主やメイド達がずらっと並ぶ広い廊下だ。不用意に下ろすわけにもいかない。主人は自分の足で立つ事も困難なほど弱っていた。
メイドの一人が簡単な応急手当をする。手当が終わると領主は主人を放そうとしないキカイトごと客間へ案内した。
キカイトの腕の中で主人は緊張していた。だだっ広い部屋、豪華な内装、明るい照明、どれも主人には馴染みがない。
「まぁ、そう硬くならずに。極度の緊張はストレスになって体に障るよ?さぁ」
領主が気さくに笑っても主人は強張った表情のまま力無くキカイトにしがみついている。
領主の合図でメイドが数人やって来て主人を連れて行こうとした。
「さぁ、こちらへ。お部屋の準備が整いました」
キカイトは同じ顔をした複数のメイド達から主人を守ろうと抱え込んだ。
「別に取って食べるわけじゃない。心配しなくても君の主人に危害を加えるつもりはないよ」
「マスターのお世話は僕がします」
苦笑する領主を不信の目で見るキカイト。
「そう怖い顔をしないでくれよ。君も苦労が絶えない事だろう。少し休んだらどうだい?」
「…マスター?」
自分を掴む主人の手が緩んだのを感じるとキカイトは少し諦めるような格好でメイド達に己の主人を託した。
「まぁ、一時間ってところかな?不安そうな顔をしないで。私は親アンドロイド派だよ?悪いようにはしないさ。ところで…」
キカイトの主人―――
キカイトの腕の中から連れ出された主人はメイド達に取り囲まれて大浴場に居た。
みすぼらしく小汚い娘だったキカイトの主人はやはり豪華な館には合わない。貧困街の住人はご飯もろくにありつけず、風呂など殆ど入らない。水は貴重だ、濁った汚水でさえ飲み水扱いしていた。貧困街の暮らしは富裕層から見れば地獄絵図、考えられない事ばかりである。
不自由な体の娘を二人のメイドが支えている。一人のメイドが体を洗い、一人のメイドが湯をかける。そして浴槽の中に入れると不自由な体の娘が溺れてしまわないように体を支えた。
貧困街の娘であるキカイトの主人は湯船など入った事さえない。風呂に当たる行為など精々汚水で浸した冷たく汚いボロ雑巾で体を拭く程度だ。
泥や汗や、日々の溜った汚れが洗い落とされてサッパリとした主人は綺麗に着飾られ領主の予告通り一時間程でキカイトの腕の中に戻された。
「キカイト…」
「マスター、とても綺麗ですよ」
見つめ合う二人。ほんの一時間の別れがこの日は何故か長かった。湯で暖まったせいか、着飾った己の姿に恥じらいを覚えたのか、それとも一時間ぶりの再会に感動してなのか、主人はほんのり頬を赤く染めてキカイトを見ていた。
「いやぁ、実に美しい。気に入って貰えたかな?」
領主はソファから立ち上がり、手を叩きながらキカイトに近付いて言った。主人に言ったのではない、キカイトに言ったのだ。
主人はキカイトと同じく黄色い、淡い色調のドレスを身に纏っていた。女の子らしいふんわりとしたかわいらしいドレスだ。少女の面影を残す主人に良く似合った。
主人を見る優しい顔つきから一転、キカイトが領主に向けたのはやはり不信感を持った鋭い目だった。
「ふふ、そう睨まないで。私はただ君のような献身的なアンドロイドに少しでも豊かな生活を送って貰いたいと願っているだけだ。それが不満かな?」
恩着せがましい言い方の領主。領主は不敵な笑みを浮かべている。優しそうだが偽善を帯びていた。
「僕はマスターと共に居られるならそれだけで幸せです。僕はそれ以上何も望みません」
キカイトの左目は鋭く領主を捉えている。
「キカイト…ありがとう。でも、せっかく良くして下さった領主様にそんな言い方をしては失礼にあたるよ」
マスターは弱々しい笑顔を見せた。キカイトは敵意の刃を懐に収め、愛おしい主人をあやすように抱き直すと柔らかい笑顔を向けた。
笑い合う二人。微笑ましい光景は永遠の宝物。貧しくとも乗り越えてきた二人だから、これからも同じように生きていけると信じていた。
「!?」
「マスター?マスター!!」
キカイトの腕の中、主人は突然意識を失った。
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01101100 01101111 01110110
(That went...メリー・アンバースデー

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