高度五万フィートを飛行する空中巡航護衛艦ネブラに侵入して数分。
神経を張り巡らし、硬く銃を握りしめ、一歩一歩探るような足取りで、私は格納庫から機首側へと向かう通路に足を踏み入れた。
通路は思っていたより狭くはない。普通の軍艦の様な狭さを想像していたけど、それに比べたら地上の施設と変わらないみたいだ。
改めてゴーグルに内蔵された、レーダーやソナー、その他各種センサーの動作を確認して、私の周囲に何か不審なものは無いか確かめた。
そして視界にネブラの見取り図を表示させ、更に自分の現在位置を表示させた。
まだまだ機首までは遠い。例え何事もなくても時間は掛かりそうだ。
その時、ゴーグルの無線機が通信をランスからの受信した。
「ランスか、どうした?」
<<FA-1、早速だがいいニュースと悪いニュースがある>>
何か引っかかる言い方だ。私がまともに人と会話できるようになってもう何年も経つが、人間の言葉の使い方にはまだ慣れていない。こういう率直に物事を言わない言い方は苦手だ。
「両方いっぺんに頼む。」
<<まずはいいニュースだ。ネブラの乗員の安否が確認された>>
「ホントか! それで……無事なのか?!」
<<ネブラの航路真下の洋上で、救難ポッドが発信する救難信号を防衛海軍が受信した。救難ポッドは三つ。無線機で乗員全ての生存が確認された。今護衛艦の救難ヘリが救助に向かっている>>
「そうか……良かった……悪いニュースは?」
<<今お前が居るネブラが、たった今ついに規定の航路から外れた!>>
「なんだって……何処に向かおうとしてるんだ?」
<<分からん。今は丁度EEZ(排他的経済水域)と太平洋の中間辺りだが、明らかに日本側に進路を変えた>>
「着陸する気か?」
<<高度を一切変更していないところを見るとなんとも言えないが、可能性はある。ネブラが着陸できるような滑走路は、国内では限られているが>>
「誰かがこの機内で、機体を操っていることは確かか……。」
<<そうだ。もはや事故を疑う余地はなくなった。進路変更と同時に、各データリンク系統も遮断され、IFFの応答も無い。今現在は人工衛生と後続の電子戦機によって機体を補足し、監視を維持しているが、次には何が起こるか分からん。急げ!>>
「分かった!」
私は銃口を下ろすとゴーグル内の見取り図を頼りに通路を走り出した。今私が居るところは、三層に別れた機内の内の下層。これから居住区がある中層に上り、そこから機首にある総合管制室に向かう。
私は無機質な金属の通路を駆け出して中層へと登る階段へと向かっていった。
ゴーグル内の水平器では、わずかに機体が傾いていることを示していた。
予感はしてたつもりだけど、やはり何事もなく終わりってのは無いだろうな……。
私は青白い蛍光灯が照らす薄暗い通路を、神経を張り巡らしながら駆けていき、中層への入口となる階段前へとたどり着いた。
階段のある場所は一つの部屋として開けていて、四つの踊り場を備えた鉄の階段が、約十メートル以上の高さまで伸びている。
上から下まで見渡しが良すぎる……。
その時、ゴーグルの中に内蔵されたレーダーから、何らかの熱源反応があることを示す電子音が成りだした。
人間大の大きさの高熱源体が多数。ほんの僅かな間だったが、私とゴーグルのCPUは確かにその存在を確認していた。
私は銃を構えて足を止め、階段のある開けた空間の前に右手で銃口を突き出し、もう片手でナイフを抜いて銃のグリップと一緒に握りしめた。
「ランス! 聞こえるか。」
<<ああ、何らかの反応があるな。注意しろ……!>>
「一体誰が? 外部からは侵入できないはずじゃ?」
<<全くもってその通りだが、さて……いや待て!>>
ランスが思い出したように声を上げた。
<<先程通信があった、救難ポッドのクルーによると、その機体にはストラトスフィアへと輸送する予定だった物資も数多く積載されて、運用試験の最終段階として単体で大気圏を離脱後、軌道上で待機するストラトスフィアへと合流する流れだったらしい>>
「それが?」
<<その物資の中に、最新鋭の局地戦闘用アンドロイド『ガンフォックス』が含まれていた。クルー達は、そのガンフォックスが何らかの理由で自律起動し、ネブラの全クルーを拘束した後ポッドに押し込め、射出したらしい>>
「ガンフォックス……クリプトン製の人型高機動無人機か。勝手に動くということがあるのか?」
<<ガンフォックスだけでなく、日本を含む軍用無人機の制御には、Piaシステムのようなデータリンクシステムによって制御されていて、それを操作できる権限を持たされたソフトウェアや端末からのみ、各種命令や操作、管理が可能となる。自ら勝手に起動してそんな行動を取ることはないだろう>>
「ということは、犯人は無人機の制御システムに介入できる能力を持っている?」
<<考えたくはないが、そういうことになるな……>>
ランスが言ったその時、ゴーグル内に再び反応があった。今度はすぐ近くだった。
<<どうしたFA-1!>>
「話は後だ!」
私は無線を強引に切ると、銃を構え、階段の踊場や頭上など、この空間の隅々まで視線を巡らしながら、ゆっくりと歩き……。
「ッ……!」
次の瞬間、私は反射的に身を翻していた。自分の背後数センチで、鋭く空気を切り裂かれていく感覚がはっきりと感じ取れた。
私は床に前転して即座に起き上がり、その背後の存在に向けて素早く銃口を向けた。が、すでにそこには何もなく、私の頭上で金属音が二回、壁を蹴るように鳴り響いた瞬間、私の目の前に、獣の様な脚で俊敏に跳躍し、長い両腕に備えたブレードを振りかざす、異形のアンドロイドの姿が飛び込んできた。
「くぅッ!!」
私は自分めがけて振り下ろされた刃をナイフで受け止めた。大きな火花が目の前で舞い飛び、同時に身を翻して距離を取りサブマシンガンを掃射した。
相手はまた高く跳躍してその弾丸を全て回避すると私の前方にある階段の踊場へと軽やかに舞い降りた。
この姿、そして、この動き……私は覚えている。これが、ガンフォックス……!
<<FA-1……そいつは最新鋭機だ、油断するな!!>>
「本当に私を狙っているのか?!」
ガンフォックスの右腕が私に向かって突き出された瞬間、私は銃口の存在を察知して即座に通路へ戻るように側転した。同時にガンフォックスの腕部に装着されたマシンガンから無数の弾丸が放たれ、私が元居た場所に無数の弾痕を作った。
<<ミク……!>>
「心配しないで博貴。すぐに何とかする。」
私は射線が届かない場所に身を隠すと、深呼吸し、装備を確認した。ナイフとサブマシンガンでも行動不能ぐらいには出来るはずだ。
「FA-1……交戦を開始する!」
私は覚悟を決めた。元の平和な生活は遠のいてしまったけど、今はただ、ここを生き残りたいんだ……!
THE END OF FATALITY第七話「異形の獣」
過去の作品を読まないと分からない用語ばかりです
【ガンフォックス】
正式名称「SAL-55A"GUN FOX"」。体長198cm、重量87kg
主に施設や室内への突入作戦や警備を主目的とした、クリプトン製の戦闘用アンドロイドである。
CNT筋繊維を多用し軽量に仕上げられた本体と、新型のAIにより、その他の戦闘用アンドロイドとは一線を画する戦闘能力を備えている。
ボディの各所を覆う装甲は軽量化のために関節部分などの脆弱な部分を保護できる最低限に留められているが、装甲は前方に向かって鋭利に尖っており、正面から飛来する銃弾や破片を滑らせて運動エネルギーを削ぐ効果を持たされている。その特徴的な外見はステルス戦闘機を彷彿とさせる。
脚部は閉所を機敏に動くようにする為にイヌ科の動物の後ろ足を参考にしており、その為これまでの人間型や多脚型のアンドロイドには見られない特異な外見を有する。
非常に高性能な光ニューロAIの搭載により、人間さながらの完成度の高いファジー理論を備えており、これまでの戦闘用アンドロイドとは比較にならないほど複雑な行動に対応でき、かつ柔軟な思考能力を持つ。
駆動系の一部に用いられているCNT筋繊維は、実はFA-1(雑音ミク)に使用されている物と同じであり、かつてクリプトンの施設で行われた、FA-1の各訓練、実験データを元に発展されたものであり、超高コストにより量産は絶対に不可能と言われたFA-1のDNAを持つ唯一の量産型アンドロイドでもある。
一方で武装は機動力を損なわないように、最大まで搭載しても一般的な歩兵と変わらない搭載量が想定されている。その上突入や警備、護衛をもつ主任務とする特性上、サブマシンガンとナイフだけという構成が主となるが、その機動性も相まって最小構成でも人間にとっては大きな脅威であり、重武装を施せば戦闘車両や攻撃ヘリコプターへの対応も可能と言われている。
制御や指示は権限を持つ端末や設備などで行われるが、一部の指揮官仕様には独自の判断でガンフォックスを統制する権限を持つ機体も存在する。
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