「はつ恋の色 -下- 」 【がくリン】
唄と三味線の稽古が終わり、ありがとうございました、と四人は一様に頭を下げる。
「はい、お疲れ様でした」
いもうとたちの礼を受け、ルカはにっこりと笑う。リンはこの姉が、大好きだった。弟のレンと共に、地方巡りの旅劇団から甘栗屋に引き取られ、花街のことなど何もわからずにいた自分に、やさしく、時には厳しく何でも分け隔てなく教えてくれた。もちろんルカは常時座敷に引っ張り凧で、他の姉たちに比べたら一緒にいる時間は短かったが、リンにとっては憧れの姐妓だった。
だから彼の人を目の前にして、その瞬間恋に堕ちてしまったのだけれど、それと同時に仕方ないか、とも思っている。よく芝居や物語であるように、張り合おうという気すら起こらない。リンにとってはふたりとも、揃って雲の上の人なのだ。
「お師匠さま。・・・・ちょっとだけ、いいですか?」
三味線を包みに仕舞う皆の横で、リンはルカに声をかけた。
「どうしてもうまく弾けないところがあって・・・・・・。その、居残りさせてもらっても、いいですか?」
おずおずと切り出したリンに、もちろん、とルカは笑顔で返す。
「それとリン、“いいですか”より“よろしいでしょうか”の方が、よりいい娘に見えますよ」
あ、はい、とリンは背筋をしゃんとさせる。ルカはそういったことも、きちんと教えてくれる。
居残りは小一時間ほど、続いた。ふたりきりで向かい合う座敷は静かで、リンはよく集中できた。
「さぁ、今日はもうこの辺で。とても上手になりましたよ、リン」
気づけば秋の夕陽が、座敷を紅く染めていた。ありがとうございます、と畳に手を着き頭を下げ、リンは座敷より下がった。
「・・・・あ、やだ」
玄関を出て数歩行ったところで蹴躓き、リンは眉根を寄せる。左足の指の間で、嫌な感触がした。見れば案の定、下駄の鼻緒が抜けてしまっていた。
もう一度、上がりかまちを貸してもらおう。鼻緒の伸びてしまった下駄を持ち、リンは片足でぴょんぴょんと飛び石を伝った。
「―――リン殿。いかがされた」
かつん、ころんと鳴る下駄の音に、庭木の陰から声をかけた者がいた。次いで現れたその姿に、リンはあ、と片足立ちのまま固まってしまう。
(見られちゃった・・・・・・!)
また、お転婆しているところを。下駄を片手に真っ赤になるリンに構わず近づくと、おや、これは酷い、と神威はその手元を覗き込んだ。
「裏から引っ張れば、すぐ直せそうだ。どれ、貸しなさい」
大きな手が、すっと差し出される。呼吸の仕方も忘れてしまったリンは、何も云えないままその手に下駄を手渡した。リンのまだ小さな下駄が、男の手の上に乗る。引っくり返し鼻緒を確認したところで、これは失礼した、と神威は微笑んだ。
「その姿勢では辛かろう。ほら」
云うと彼は、リンの足元に片膝を着いた。え、と瞬きをするリンにぽんぽん、と神威は己の肩を指し示す。
「掴まっていなさい。その方が、楽だろうから」
下から見上げられ、リンの心臓がどくんと音をたてた。浮世離れした顔立ちに夕陽が影を落とし、彫刻のように整った顔立ちを更に際立たせる。そのきれいな瞳が、こっちを見ている。名を呼んでいる。いつも遠くで見るだけだった、彼の人が。
頭の芯が、ぼぉっと痺れる。蚊の鳴くような声ではい、とだけようやく云うと、リンは彼の肩に手を置いた。
俯き、彼の長い指が器用に鼻緒を直していく。男の肩はしっかりとしていて、自分の細くて頼りないものとはまるで違う。そのまま繋がる、広い背中。肩に触れる手のひらから、どきんどきんと高鳴る鼓動が伝わってしまうのではないかと、リンは気が気でなかった。
「・・・・よし。これでいいだろう」
直された下駄が、リンの足元に置かれる。足を入れるのに手で押さえようと、リンが身をかがめるより早く、神威の手が履きやすいようにと下駄に添えられた。
(・・・・・・あ)
伸ばしかけていた手が、宙で止まる。俯き手を添える彼に、深い意味はないのだろう。しかしリンの目にはそれは、充分すぎるほどに映った。
ふるえそうになるつま先を、そっと鼻緒の間に滑り込ませる。足袋に汚れなどついていないだろうかと、リンは必死で目を凝らした。大丈夫、これはまだ、新しい方だ。押し込んだ足袋に包まれた爪先がわずかに神威の指先に触れた途端、そこから身体中の血液が逆流したような感覚に陥った。
「・・・・ありがとうございました」
からからに渇いた喉でようやく礼を告げると、たいしたことではない、と神威は微笑み、立ち上がった。すっと手先が、肩から離れる。行き場を失った手を隠すようにぺこんと頭を下げ、その・・・・、とリンは視線を泳がせた。
「それでは、ええっと・・・・・・、また」
まともに目も合わせられずにそう云うと、リンは慌てて踵を返した。小走りで門をくぐるリンの背に、気をつけて帰りなさい、と神威の声がぶつかる。門を出たところで振り返り、リンはもう一度頭を下げた。
「・・・・・・はぁ」
二軒先の垣根を曲ったところで、やっと一息つく。彼の肩に置いていた手のひらは、まだじんじんとして、熱い。全力疾走をした後のように急く息を落ち着かせようと、痺れる手のひらを胸に当てた。
「リン」
突然背後から呼ばれ、リンはきゃあと飛び上がる。突如跳ね上がった姉を、レンは不審感丸出しの表情で眺めた。
「・・・・なんだよ。飛び上がったりなんかして」
眉根を寄せる弟に、リンはなんでもない、と慌てて手を振る。なおも不思議そうな顔をやめないレンの隣に並び、あれ、とその傍らの三味線袋を見遣った。
「待っててくれてたの?」
レンの格好は、稽古を終えてきたときのままだ。一時間も?と重ねて問う姉に、ああ、まあ、とレンは歯切れの悪い返事をした。
「暗くなんの、早くなってきたし」
云われ、疾に夕陽などどこにもないことに気づく。暗くなる前の、薄い宵闇の時間。周囲には薄紫が、水で溶いたように漂っていた。
(―――あの人の着物と、同じ)
ふわりと香る、やさしい薄紫色。そのきれいな色の中に浸かっているようで、リンは幸せになる。
そっと、己の手のひらを見遣る。この手の上に、このきれいな色をすくい上げ、留めておけないだろうか。文机の奥の千代紙を貼った小箱の中に仕舞い入れ、いつでも好きなときに取り出して眺められるような、そんな。
空気が薄紫色に染まるのは、ほんのわずかな間だけだ。やがてすぐに料亭の軒先に提灯が灯り、辺りは夜に侵食されてしまう。それまでの少しの時間を慈しむように、リンはそっと、その色に染まった空気で肺を満たした。
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